競争
世界を終わらせる。その決意をユウから聞き、シュウはなんとも言えない気持ちになる。
吸血鬼と戦うのが嫌なわけでも、好きなわけでもない。ただ……ミクから託された願いを、人任せにするのは違うと思った。
「早い者勝ち、でどう?」
「お前が世界を終わらせると? どうやって?」
「それはこれから考える」
「俺はもう手を打っている」
「そうだろうね。でも、ここで君にその役を譲るのは違うよ」
シュウが微笑むと、ユウはなんだか苦い表情をした。自分と同じ顔だから、なんだか変な感じがする。苦虫を噛み潰したよう、と形容できる顔だ。
「お前は……本当に、頑固だな」
呆れたような深い溜め息。どこか懐かしさを噛みしめているような、その声はきっとシュウを通して五十嵐終を眺めているのだろう。
もう同一視されることは気にしないことにした。少なくとも、セナ、カイ、ユウは終とシュウは別人と理解しているようだから。別人と理解できても、体が追いつかないことはあるだろう。呪はその象徴ではないだろうか。
──終を忘れられないから、シュウを身代わりにするの。
そういう声を感じた。女性の声に聞こえるのは、きっと歌姫族という一族が女性ばかりで、女性が銀の茨の蔦の管理を行っていたからなのだろう。彼女らの声が残留思念として強く残っているのだ。
それに、懐かしさを感じているのは、お互い様だ。
「頑固なのは君の方でしょ」
ユウを見て、シュウはくすくすと笑う。ユウを毛嫌いするサヤには悪いが、ユウには親しみを覚えていた。吸血鬼に与しているとか、自分と同じ顔とか、そういうのを抜きにして、かつては親友だったような気がしてしまう。
きっとサヤには怒られるだろう。けれどどうしてか、それが嫌じゃないのだ。
「……そうか?」
「何か考えがあるなら、ちゃんと話せばいいじゃない。どうして一人で突っ走るのさ?」
「いや、一人でじゃない。カイにもお前にも話した」
「肝心な部分は話さないじゃん。どうやって世界を終わらせるのか、とかさ」
「吸血鬼を全滅させる」
ユウの確固たる意思の声にシュウは息を飲んだ。何よりその言葉の内容に。
吸血鬼を全滅させる。それは確かに、この世界の目的とも言えるかもしれない。吸血鬼がいるから、この世界を隔離しなければならなかったのだから。吸血鬼という存在が消えれば、この世界の隔離状態は解除される。
しかし、どうやって? それを考えると、胸の奥がざわざわとして、嫌な汗がじわじわと湧いてくる。そこまで踏みいってはいけない、と警告するように。
「それが、この世界の終わる条件なの?」
「少なくとも、メアは許すだろう」
メア。この世界を造った人間。
「だろうってことは、メアさんに直接聞いたわけじゃないんだね」
「メアがどこにいるかも知らないし、第一、メアはこの世界が終わることを望んでいないだろう」
世界の終焉を望んでいるのはあくまでミクであり、メアではない。ミクとメアが同じ考えとは限らない。
ただ、ユウの様子や語調からするに、ユウはメアに会って確認する気はないらしい。それなら、とシュウは考えた。
「僕はメアさんを探す。メアさんの望みと、世界を終わらせる条件の擦り合わせをする。終わるのなら、誰かの望む形にしたい」
「お前の、じゃ駄目か?」
「え?」
ユウの返答に、シュウは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。理解が追いついて尚、何故、という疑問が頭の中で渦巻く。
シュウの望む形で世界を終わらせる。それがユウの提示した案。だがシュウはこの世界に迎えられただけの外の世界から来た人間だ。この世界の造形に携わったわけでもない。
それがどうして、何を望もうか。
「お前にだって、望みはあるはずだ。勝手にこちら側に招かれて、記憶もないのに世界を終わらせろ、なんて、こちら側の横暴に振り回されている。勝手気ままに振る舞う相手に勝手気ままに振る舞ってはいけない法なんかない。お前の思うままをこの世界に示すのも、託されたんだ、権利としてあるだろう」
言われてみると、好き勝手に使われている気がしないでもないが、シュウはシュウで、こんな悲しい世界が終わるのなら、終わればいいと願う。
ユウはおそらく、まだまだシュウの思考の及ばない深淵を知っているのだろう。だから、ユウに抗おうとするシュウになぞかけのようなことをするのだろう。何かを誤魔化すために。
それはそれでいい、とシュウは考えている。
大切なのは大切なことがどこにあるのか、確認することだ。
ミクも他人には思えないし、メアやセナのことも他人とは思えない。それは五十嵐終の記憶か何かに引っ張られているのだろう。それでも他人と思えないのなら、それ以外に従うべき心がシュウにはないのだから、従おう。そう思うのだ。
「誰よりも他人じゃないのは自分だろう?」
「それはそうだよ。でも、それじゃあ、君のしてることは何?」
ユウが言葉に詰まる。
ユウは他人に思えないというのなら、まずは自分を大切にしろ、と言いたいのだろう。けれど、その論理をユウには言われたくない。それならば、ユウが吸血鬼に自分の血を飲ませているあの行為は何なのか?
「君が自分を大切にしていないのに、君に『自分を大切にしろ』なんて言われたくないよ。言うんならあんなことやめて」
「それはできない」
「そういうと思った」
シュウはかちゃり、と左手の銃を持ち上げた。
「だったら、僕は僕のやり方でやる。それを止める権利は君にはない。君のやり方を止めないから……やっぱり早い者勝ちにしよう」
否やはなかった。
『さーてさてさて男の子くんたちー? お話し合いは済んだかしらー?』
どこからともなくセナの声がした。心なしかカイの表情が嫌そうに歪んだ気がする。
「どーせ見てて知ってるくせによ」
『あらー、お姉さんを信じなさい。プライバシーに配慮して、サヤちゃんには言ってないから』
それはガチ目に助かる、とカイが瞑目する。サヤは石頭なので、カイがユウに手を貸しているというだけで敵対することだろう。別に敵対したところでサヤにカイは殺せないが、死んで終わりじゃないからこそ、七面倒くさいのだ。
セナが朗々と告げる。
『そろそろシュウを返してもらわないと、サヤちゃんを止めるのにも限界よ。早くしてね』
止めていてくれたのか、とシュウは感動してしまった。やはり、世界を終わらせる云々にはセナも思うところがあるのだろうか。
それとも、ユウの正体を知っているのだろうか。
ともあれ、方針は決まった。
ユウにはユウの作戦がある。シュウはまだ作戦を立てるところにすら辿り着いていないが、それでも宛てのない旅になりそうだったものの道筋がようやく見えてきた。
「じゃあ、今度会うときは、敵じゃないことを祈るよ」
「……どうだか」
素直じゃないユウにそっと微笑んで、シュウは立ち上がる。それを合図に現れた円状の紋章を踏み、どこかへと跳んだ。
「これでよかったのか? オマエは」
「ああ。……障害は多少あった方が、やり甲斐があるというものだろう」
ユウの言葉に、カイは肩を竦める。
「嫌なヤツ」




