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血塗れの騎士 Bloody Knight  作者: 九JACK
哀切の歌
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歌姫族と呪

「三大呪は人間が持つには大きすぎる呪だ。過ぎた力は身を滅ぼす。使いこなせている気でも、ただの人間のままなら、振り回されているだけというのと変わらない」

 カイの言葉にシュウは息を飲む。

 ただの人間のままなら、とカイは言った。三大呪の一つである禍ツ眸を宿すカイ自身も、禍ツ眸によって体の仕組みを変えられ、人間が生きるより遥かに長いときを生きられる体となったからこそ、禍ツ眸を扱えている。

 それは三大呪の一つである銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーを扱えるシュウだって例外ではないだろう。その事実にシュウは背筋を這いずるような悪寒を覚えた。

 自分の名前しか覚えていない記憶喪失。吸血鬼に狙われるから、自分は人間だ、と思い込んでいた。だが、人間に近いだけで、呪に適応した何かだとしたら……自分が自分であることを信じられないような薄氷の上に立つ恐怖を覚える。

 それを見たカイが、シュウの頭をぽんぽんと撫でる。あやすみたいに。

「安心しろ。オマエは間違いなく人間だ。五十嵐終は違ったって話をしている」

「でも、僕だって、銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーに適応しています。シュウさんと同じで」

「まあ、魂の形が同じだと、魄の形も同じにはなるよ。だからオマエは普通の人間より多少丈夫な人間だ。それくらいの認識でいい」

 それより、かつてのシュウの話だ、とカイは話題を戻す。

「シュウは歌姫族じゃない。ミクとシュウに血縁関係はない。それでも同じ五十嵐の姓を名乗り、兄妹と名乗っていた。それは偽りじゃない。それは銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーの由来まで遡るが……三大呪っていうのは、原初の呪でもある。呪は人の願いの塊だ。未来を夢見て生まれた呪が銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィー。だから銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーは拳銃の形をしている。技術や文明、文化が進歩した先にある武器が銃だった」

 それはなんとなく理解できた。大まかな世界の文明の進歩を体は覚えているのかもしれない。拳銃以外の飛び道具は様々存在するが、拳銃という小型で手軽なものはかなり技術が栄えてから生まれたものだ。

 対比として挙げるなら、サヤの黒翔だろうか。刀は拳銃よりずっと昔からある。ある程度技術の進歩があっての完成形だとしても、拳銃ができるまでの時間には届かない。

 未来。それは人々が漠然と恐怖しつつも、同時に希望を見出だす言葉であり、概念だ。それが渦巻いて、銃という形を取った。拳銃という器に宿った。

 シュウは無意識に使っていたが、この拳銃から放たれるのは銃弾ではなく、呪だ。それが銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーの本質なのだろう。何よりも先に進むという。

「ただ、道具は使うヤツがいなきゃ意味がない。武器だって道具だしな。まあ、それの極論が目に埋め込んだ禍ツ眸だったんだが、銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーはそういうわけにもいかなかった。拳銃に収まってしまったから、持って戦うヤツがいないといけなかった。けれど、銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィー自体が強力すぎて、触れた人間の命を吸い取っていたんだよな。で、命を吸い取るほど強くなっていくから、手に負えないってワケ。

 それを一時的に無効化したのが歌姫族の呪ってワケ。歌姫の呪は強力でね。銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーの力をある程度抑え込むことができた。まあ、それでも銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーのが強い」

「それじゃあ、長くは封じ込められないっていうこと?」

 カイが頷く。物分かりが早いと助かるね、と呟いた。どこか自嘲めいた笑みがカイの顔に閃く。

 三大呪が強いことは知っていたが、それと張り合えるほど歌姫の呪が強いのは驚きだった。シュウにとって、ミクの歌というのは、どこか懐かしくて、ただ綺麗なものだったから。

「抑え込んでいるうちに対策を練らなきゃならなかった。ただ時間がない。歌姫族も一人で抑えてるわけじゃなかったし。そこで、人々はわりとぶっ飛んだことを考えた。

 呪を受け止めるための人間を造ればいいってな」

 シュウは目を見開いた。

「それって……人造人間?」

「そそ。呪を人間の目玉に埋め込むようなヤツらだぞ? 倫理観なんて求める方が無理な話よ」

 カイはからからと笑うが、その笑っている人物の目玉に埋め込まれているのだから笑えない。

 ただ、未来への恐怖から、殺戮の呪を生み出すような人々だ。倫理観が欠如していてもおかしくない、というよりは、命の価値が定まっておらず、軽いものだったのだろう。

「呪に基づいて、器を作るってのは悪くない考えだ。呪の気に入る形なら、呪は壊さないだろうしな。問題は、呪の気に入る形を知らないってことだが」

 それはそうである。呪から器を作るというのはかなり無理がある。水を器もなくその場に留まらせるということだからだ。形のないものの好む形などわかるだろうか。何かのとんち話のようだ。

「だが、そんな呪の好む形を歌姫族は抑え込む過程で感じ取っていた。抑えるっていう行為と元々歌という形のない呪を操ることから、呪が好む器を認識することに長けていたんだろうな、歌姫族は」

 そこから歌姫族が器となる人間の輪郭を造り、その中に銃に収まりきらない呪を誘導した。そうして、一人の人間が出来上がる。

 白銀の双銃がそのまま人間の姿を得たかのような真っ白い人間。時折光を反射すると銀色に煌めく髪と瞳。──それが五十嵐終という人物だった。

「そ、んな……それじゃあ、それは人間とすら言えないじゃないか……」

「そ。五十嵐終は銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーとワンセットの呪そのものとなった。けど人々はそれを人間と呼んだよ」

 呪からできた人の形をした生き物。人の形をしているだけで、五十嵐終という生命体は人間とは異なる生き物だった。

 銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーという原型が壊れない限り、死ぬことはない。そして、銀の茨の蔦シルバーブレイムアイヴィーは三大呪に数えられる破壊不能の呪だ。実質、不老不死である。

「まあ、シュウをシュウという形に保っていたのは歌姫族だ。歌姫族は不死身じゃない。引き継ぎを重ねていくごとに、どこかしらシュウには綻びが生じていたよ。だから、オレが知っている五十嵐終は、だいぶ人間らしかった」

 記憶も歌姫が変わるごとに消されていたらしい。歌姫族に引き継がれるとき、新たな引き継ぎ主は終の妹として育つのだという。

「ほとんど不死身のシュウが、死んだのは、他でもない、ミクに殺されたからだ。吸血鬼になったことでミクの呪が解けたというのもあるが、ミクが、歌姫族の作った器を手ずから壊したんだ」

 シュウは、何を思ったらいいのか、わからなくなっていた。

 自分の前世という人は人ですらなく、形すら仮初めで、人間と呼べるかどうか怪しかった、なんて、簡単に受け入れられる事実ではない。

「そこから、メアが滅茶苦茶やって、世界が滅茶苦茶になったのも、道理だな。器に収まることで均衡を保っていた呪のバランスが崩れたんだから」

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