吸血鬼たち
シュウとカイは屋敷から離れた。シュウが殺意を抑えられなかったからだ。
カイにずるずると引きずられて、元いた廃墟へと戻ってきていた。カイの冷たい手がシュウの額に軽く触れる。熱があるな、と確認した。
シュウはベッドに座らされると、項垂れる。
「カイ……ごめん」
「謝る必要はない。オマエが善人ってことがわかって、オレはよかったよ」
「善人……」
「オマエが悪人なら、オレはオマエを見殺しにしたし。そもそも、オレはユウの指示で動いてるだけだ。オマエの行動がそれなりに人間味のある真っ当なものであれば、オマエを責めたりはしない」
シュウの心が善なるものであるから、あの光景を見て、怒りを覚えるのだ。殺気を放ちすぎると、吸血鬼に気取られる可能性があったから離れただけ、とカイは説明した。
ユウはユウで考えがあってシュウにあの光景を見せたのだろうし、カイもカイで、シュウという人間を見極めるために試した。故にシュウが悔いることは何もない、とカイは淡々と説明する。
「少々刺激が強かったようだから、少し横になれ。ユウのヤツもすぐには戻って来られないだろうし」
ユウとカイは繋がっているようだ。薄々察してはいたが。それよりもシュウは、ユウがすぐに戻って来られない、という言葉に顔を歪めた。
あの吸血鬼に血を吸われているのだ。もしかしたら、他の吸血鬼も、ユウの血を吸っているのかもしれない。普通の人間と違い、呪を扱うことのできるユウに失血死はない。ただ、死んだら呪を使うことができなくなるから、死なない程度に弄ばれるのだろう。
そのことに身を焦がすような嫌悪感を覚える。ユウが自分そっくりの見た目をしているからだろうか。けれど同情というには独り善がりな憎悪に近かった。
カイが水の入ったコップを差し出す。
「水飲んで落ち着け。無理かもしれんが」
「ありがとう、ございます」
コップを受け取り、水を口に含むが、そんなにたくさんは飲めなかった。身も心もいっぱいいっぱいだ。
そんなシュウをカイはただ見つめていた。特に何も言わない。責め立てることも、慰めることもしない。カイは植物のようにそこにただ存在した。
頭を冷やせるほど水は冷たくなかったが、コップの中頃までゆっくりと飲んでいけば、気もいくらか落ち着いてきた。落ち着いてくれば、今できること、すべきことがわかってくる。
シュウはカイを見た。
「ユウの指示で動いてるって言っていたけど、どういうことですか?」
「ユウの本心は知らん。が、オレはあれを裏切りだとは思っていない。黒曜のサヤなんかは怒り狂うだろうが、アイツのことを何も詮索しないのを条件に、オレはアイツに協力している。元々、一人旅が性に合ってるんだ。誰にもしられてはならないことを請け負うのには慣れている。
シュウがサヤに絆される前に、ユウの実情を見せてやれ、というのがユウからの指示だ」
「ユウは、どうしてあんなこと」
「さあな」
カイは軽く肩を竦める。あまりユウの行動に興味がないようだった。だからこそ、ユウもカイを協力者として受け入れているのだろう。
サヤに絆される、というのはよくわからないが、ユウにとってサヤが面倒な存在なのはわかる。サヤは頑固だ。吸血されているユウを見たところで「吸血鬼に媚を売っているだけ」と言いそうである。
吸血鬼に血を与えることで生き永らえているという側面だけを見れば、媚を売っていると受け取れるが、わざわざユウがシュウに見せたということは、それが本意じゃないということだと推測できる。
「オマエは、どうしてそんなこと、とは聞かないんだな」
「えっ?」
「自分がされたことより他人がされていることを気にするのは相変わらずだな、と思った」
「シュウさんの話ですか?」
五十嵐終。シュウと同じ名前、同じ容姿、同じ呪を扱うかつての英雄。一人だけ、この世界から解き放たれた魂の人物。
カイは小さく頷く。
「シュウは自分のことはいつも二の次だった。妹を連れていたからかな。誰かを守ることを念頭に置いているのに、その誰かに自分を含められないヤツだった」
「妹?」
シュウはどきりとした。自分と同じ名前の人物に妹がいたとは。シュウはセナやカイの口から語られるシュウを自分と同一人物だとは思わないが、やはり身内がいたとなると気になってくる。
そんなシュウの反応にカイが示したのは呆れだった。あの馬鹿、話してなかったのか、と額に指を当てて頭を解すように揉む。
「ミクだよ。五十嵐未来。絶唱姫って言えばわかる?」
「えっ、ミクがシュウの妹?」
「こんなクッソ重要なこと話してないとかあのアホは何してたんだ。ったく、人間感覚のヤツの考えることはわからん……」
まるで自分が人間でないかのような言い種だが、カイにはそれが当たり前なのだろう、とシュウは理解した。
何故ならシュウはずっと見られている。カイの右目、禍ツ眸に。カイがどれだけ目を逸らしていても、禍ツ眸がこちらを見ているのをひしひしと感じる。三大呪と呼ばれるだけあって、存在感が凄まじい。
「シュウの死はほぼほぼミクのせいだ。シュウは突然変異種として覚醒したミクに襲われて死んだ」
その言葉に混乱する。突然変異種というのは吸血鬼の種別名称なのだろうが、言葉の羅列が信じられないもの続きで頭が追いつかない。
吸血鬼によってシュウが殺されたのは知っていたが、殺したのがミク? 吸血鬼に覚醒したということは、ミクは人間から吸血鬼になったということ?
「俄には信じがたいよな」
カイの言葉に頷くしかなかった。カイは一つずつ説明していく。
「吸血鬼には種別が存在する。まあ、灰眸種にも存在するし、この世の大抵の生き物には種別が存在するからそれ自体は何ら不思議ではない。
八人しかいないとされる金瞳種。理性が強く吸血衝動をコントロールできる銀種。理性がなく、吸血衝動のままに生き物を貪る一般種。そして、人間の血に吸血鬼の血が混じることで人間だったはずが吸血鬼として覚醒する突然変異種。吸血鬼は主にこの四種に分けられる」
「人間から吸血鬼にって例はミクだけじゃないってこと?」
「ああ。もっとも、人間と吸血鬼の混血児が必ずしも吸血鬼として覚醒するわけではないし、血が混じることで覚醒するってメカニズムはオレが解明するまでわかっていなかった。オレがミクという実物を『目にする』までは」
それは、なんと絶望的な光景だろうか。
人間だったはずの妹が、突如吸血鬼として覚醒して、訳もわからぬまま、妹の手によって殺される兄。
なんて惨めな最期だろう。吸血鬼を滅ぼすために戦っていたはずなのに、妹が吸血鬼になって、それにただ殺されるなんて。
──ミクは何を思って歌い続けているのだろう。兄を手にかけた後にできた、この世界で。




