終われない
「セナさん!!」
轟音に呑まれたセナの名を叫ぶ。シュウの脳裏にセナの苦笑する姿が思い浮かんだ。
「相変わらず、他人行儀なのね」
おそらくだが。
隔離世界メアが成り立つ前、メアとセナとミクとシュウとあと二人は六人で戦っていた。それは確かなのだろうが、英雄の全員が全員、関わりが深かったわけではないのだ。
メアとシュウは恋仲というようなことをセナは言っていたけれど、他はどうだったのだろうか。そもそも、残り二人の名前も聞いていない。
英雄と呼ばれる六人の絆は薄氷の上に立つような危うさだったのかもしれない。
「シュウ様、私がやります」
サヤが抱えていたシュウを降ろし、刀を構える。黒い刀身が赤い月に照らされて、妖しく輝く。
サヤはもう、セナを潰した吸血鬼たちを葬る方向へと思考を変えていた。サヤにとって日常だからだろうか。それとも、それほどにサヤは吸血鬼を憎んでいるからだろうか。
吸血鬼はデカブツが一体、小さいのが三体ほど。小さいのたちは建物がぐしゃりと潰れたのを見てけたけたと笑っている。
「大丈夫」
思っていたより、冷静な声が出て、シュウは自分で驚いたが、手の中によく馴染む銀色の拳銃を確認して、かしゃりと持ち上げた。
「僕も戦う」
正直、セナの話していた「シュウ」の生まれ変わりかどうかなど、シュウ自身にはどうでもよかった。ミクに頼まれた「世界を終わらせて」という願いも、世界を終わらせるのがどのようなことかも、シュウにはどうだっていい。
何を叶えるにしろ、まず、生きなくては。幸い、戦うための武器はあるのだから。
銃を構えるシュウを見て、サヤが笑みを閃かせる。
「頼もしいです、シュウ様。デカブツは私が引き受けます」
「わかった」
サヤがふわりとその場から消えた。瞬間移動とか、そういうものではない。サヤは夜闇に溶け込む黒いカラスの姿になったのだ。人間より小さくなった個体を簡単には捉えられない。
何より、吸血鬼たちの標的は人間であるシュウだ。
「オイシソウ、オイシソウ」
「ゴチソウ、ゴチソウ」
「……うん」
パン、パン、と二つの銃声が鳴る。それは小さい子どもの吸血鬼の胸を貫いていた。──一人いない。
が。
「ギシャアアアアアア!!」
「……ふっ」
シュウを左利きと読んでの右側からの襲撃。その小さい体で地に這いつくばって移動することにより、視界から外れる。ただ獲物を貪り食らうだけの生き物ではない。彼らは狩人だ。
しかし、それはシュウとて同じ。
拳銃を鈍器のように、裏拳と共に吸血鬼の顔面に叩きつける。子どもの吸血鬼が開けていた口にそれが入り込み、突き抜ける。
皮膚が破ける嫌な感触。何かがそこからぼたぼたと落ちる。
「何も、拳銃は撃つだけが使い方じゃないからね」
「あご……っ」
シュウの子守唄のような優しい声音も、赤い月に照らされた真っ赤な光景の前には残酷に響いた。
セナは拳銃そのものが呪だ、と語った。つまり、銃弾を撃たなくとも、それは吸血鬼に傷を与えうる武器となる。
まさか、皮膚を貫いて向こう側まで穴を開けるとは思わなかったが。
「アコ、アコオオオオオオオオッ!!」
デカブツが何かを喚き、シュウに突進してくる。
だが、デカブツはシュウの眼前で真っ二つに割れた。
「黒翔一刀。二輪草」
サヤの静かな声が告げる。真っ二つに割れたデカブツの体が左右に倒れる。
吸血鬼が死体であるサヤより生きている人間のシュウを狙うのは自明の理。故に、視線は自然とシュウに向く。それを利用した。
シュウを囮とし、夜陰に紛れてサヤが強烈な一撃で仕留める。シュウがサヤの想像を超えて動けることを知り、作戦とした。
夜空から一羽のカラスのように、すと、と地面に降り立つサヤ。刀についた血を払うと、刀はぼんやりとどこかへ消えた。
「ありがとう、サヤ。やっぱり強いね」
「いえ、それほどでも。シュウ様こそ、見事でございました」
シュウは息の合った連携に違和感を覚えていた。シュウはこの世界で目覚めて間もない。サヤと出会ってから、この連携で戦うのはこれが初めてですらある。けれど、呼吸をするように自然に、サヤと連携することができた。吸血鬼だなんて、シュウのいた世界ではおとぎ話の存在で、おとぎ話の存在となんて戦ったことがないはずなのに。
既視感を覚えていた。こちらに向かってくるデカブツの吸血鬼。それを黒い刀で一刀両断する味方。違和感を覚えていた。その味方は。
『黒翔一刀。二輪草』
サヤのような幼気な容姿の女の子ではない。シュウと同じくらいの年頃の少年の声をしていたはずだ。脳がそう訴えかけている。
何の根拠があって? とシュウは疑問に思う。何故そんなことを考えてしまうのだろうか。自分は五十嵐シュウではあるけれど、セナたちのシュウではないはずだ。
生まれ変わり? 輪廻転生? 運命? どれもしっくりこない。馬鹿馬鹿しい、だなんて、言わないけれど。
『あたしたちを終わらせてほしい』
セナはそう言った。この世界の存在を受け入れられない唯一の灰眸種。巻き込まれるべくして巻き込まれた被害者。セナが終わらせてほしい「あたしたち」というのは、何だろうか。
セナ、メア、ミク、シュウ……六人の英雄? それとも、この世界に存在する全ての灰眸種? 元々は騎士団の仲間だった、亡骸たちを、正しく弔えというのだろうか。ただ英雄と同じ顔、同じ力を持つだけのシュウが?
疑問は尽きない。けれど、どの疑問も泡のように浮かんでは消えていく。考えても、意味がないのだ。シュウは苦笑した。
心よりも本能よりも、奥の奥。魂に刻み込まれて叫んでいる。
この世界を、終わらせなくてはならない。
デカブツの吸血鬼は「アコ」と叫んでいた。吾子。我が子ということだ。つまり、吸血鬼にも家族がいる。人殺しの化け物も、明日を生きるために人の血を吸う。それを人間が殺すから、殺し殺され、殺し合いの連鎖ばかりが循環して、終わらない。その事実が、この世界を終われなくしている。
悲しく、憐れで、あまりにも滑稽なことだった。ぐるぐるぐるぐる、ハツカネズミのように繰り返し、繰り返し。
これを、止めなければならない。こんなもの、ずっと繰り返していてはいけない。そのことにきちんと気づいていたのは、巻き込まれたために唯一世界を客観視することのできた、セナだけだったのだ。それを汲めるのは、シュウの生まれ変わりだけれど、まっさらに生まれ変わって、吸血鬼への怨嗟を持たない「シュウ」だけだったのだ。
シュウしかいなかったのだ。