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血塗れの騎士 Bloody Knight  作者: 九JACK
葬送の歌
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目覚めの走奏曲

吸血鬼ものです。グロテスク描写多いです。

タイトルは「血塗れの騎士(ブラッディナイト)」です。

よろしくお願いいたします。

 歌が聞こえていた。


『永い眠りから覚め私は来たの』


 何かを弔うような歌。目覚めへと誘う歌。


『当て所なく空見上げ私は行くよ』


 寂しさと、愛おしさと、慈しみと、悲しみと。それらが綯交ぜになった祈るような少女の歌声を知っていた。


『人は皆、生き、死に、そこへ逝くの』


 誰の声だっけ、とうっすら目を開けた。


『あどけないあなたは何処へと行くの?』


 問いかけるような歌を空へ、或いは世界へ向けて歌っている少女は月光を紡いだような銀灰色の髪をしていた。けれどその先に佇む月は銀色なんかじゃない。赤い、緋い、血の色をしていた。

 赤い光を受けているはずなのに、反射で煌めく色は緑、という不思議な銀灰がさらりと揺れて振り向く。

 切なげに歪められた銀灰色の眼差し。白い唇が小さく紡いだのは、歌ではない祈り。それは確かに名前を紡いだ。


「この世界を終わらせて、シュウ」


 はっと起き上がると、家具の少ない質素な部屋、ぼろぼろのソファの上で、少年は目を覚ました。

 頭がくらりとして、ずきずきと痛む。せっかくソファから起き上がったのに、体はソファへと逆戻りだ。

 意識が明瞭になってくると、痛いのが頭だけではないことがわかる。右肩、左腕、左脇腹、右太腿。倦怠感は全身にあるが、特に痛むのはその四ヶ所だった。額を押さえるために当てた右手を見ると、手首から腕にかけて、包帯が巻きつけられていた。包帯は血で汚れていて、ぼろぼろだ。

 誰かが巻いてくれたのだろうか、と思っていると、女の子の声がした。

「急に起き上がらない方がいいですよ、人間さん」

「え、……え?」

 この部屋に女の子らしき姿はない。百歩譲って人形から声が出ているとしても、この部屋にはぬいぐるみすらない。あるのは長年放置されたのであろうソファと漆の塗られた立派な衣装箪笥、埃を被ったガラスの机くらいなものだ。机に留まって、一羽のカラスがいるが、見れば天井にそこそこ大きな穴が空いている。そこから入ってきたのだろう。

 廃屋だというのはそれで充分にわかった。だが、女の子の声に該当するものが見当たらない。

「……誰?」

「おっと失礼いたしました」

 その声と共に、カラスの姿がふっと揺らぐ。揺らいだと思えば、次の瞬間には、目の前に黒い服を身に纏った少女が立っていた。

「こちらの姿の方がお話ししやすいですよね」

「……何が起こったの?」

 少年が聞くと、少女は灰色の瞳をきょとんとした。どうして知らないの、とでも言いたげに。

「私は灰眸種、更に言うなら黒曜族のものです」

「はいぼーしゅ……? こくよう……?」

「人間さん、もしかして、この世界の方じゃないのですか?」

 この世界? と少年は自分の過ごしていた世界のことを思い出そうとする。けれど、それは靄がかって、掴みどころがない。

 かろうじて思い出せたのは自分の名前だけだ。ただ、自分の知る世界には「灰眸種」などという生き物は存在しなかった。別な世界に気軽に行けるような概念もなかったはずだ。

「人間さん……とお呼びするのも無礼でしょうか。お名前をお伺いしても?」

「僕は……シュウ」

 少年──シュウが名乗ると、少女は丁寧に礼を執り、自らも名乗る。

「私は灰眸種、黒曜族のサヤと申します」

 濃い灰色の目、黒く艶やかな髪。黒い提灯袖のワンピース状の上着の下にもワンピースかスカートを身につけているサヤと名乗った彼女は全身をこれでもかというほど黒装束で覆っていた。黒くないのはオレンジ色のヘッドドレスくらいなものだ。

 サヤは理知的な眼差しでシュウに説明する。

「ここは吸血鬼世界メア。この世界に存在するのは基本的に吸血鬼と灰眸種だけです。人間もいますが、ごくわずかですね」

「……吸血鬼?」

 それは耳慣れた単語だった。自分がいた世界だと、人間の生き血を啜る恐ろしい生き物だった……ような気がする。

「はい。吸血鬼は生きとし生けるものの血を吸うことで生き永らえる存在。我々灰眸種とは敵対関係にあります」

「その、灰眸種って?」

 シュウが尋ねると、サヤは大きな目をゆっくりと瞬かせた。すると少女の体が消え、シュウの前には一羽のカラスが。

「灰眸種とは人間の魂が動物の死骸に取り憑き、人間と取り憑いた動物、二つの姿を持ったものたちのことを指します。黒曜族は私のようにカラスなど、黒い動物の肉体を持つものを指します」

「魂が死骸に……? 取り憑いて二つの姿を持つって、そんな簡単にできることなの?」

「この世界には遥か昔から(しゅ)という力が存在します。人間の多くは呪の力に頼り、吸血鬼に立ち向かいました。灰眸種の多くはそうして吸血鬼に立ち向かった果てに殺された人間がなったものなので、吸血鬼と敵対関係にあるのです」

 情報が多いが、シュウはゆっくり噛み砕いていく。「呪」という力についてはさっぱりだが、サヤがそういう不思議な力によって、人間の姿とカラスの姿に変化できるというのはわかった。

 吸血鬼が血を吸って生きる生き物で、サヤたち灰眸種の元となった人間の多くは吸血鬼によって殺された。他者によって望んでもいないのに命を絶たれたのなら、それは憎みもするだろう。敵対関係にあるのも納得がいく。

 サヤの正体については納得がいった。では次は自分の今の状況だ。生憎と記憶が判然としないため、何故体が痛むのかについて、聞く必要がある。

「あの、僕はどうしてここに?」

「しぃ、来ました」

 サヤは眼光に鋭さを宿し、シュウを背に庇うようにして、部屋の扉を見た。

 唾を一つ飲み込み、耳を澄ませば、きしり、きしり、と床を軋ませて近づいてくる足音がする。静かな夜の下、その足音は不気味なものだった。

「あぁーけぇ、てー」

 無邪気な子どものような声がする。サヤは動かない。

 子どもの声が大きくなっていく。

「あぁーけぇてー、あああーけえーてえ、あーけーてー、あ! け! て!」

 サヤがすっと腰に手をやった次の瞬間、扉が開くことを待つことなく、ばん、と扉をぶち壊して、男の子が入ってくる。

 幼い男の子の姿をしている。異様なのは真っ赤な目。尖った爪に滴る赤い液体。品のいい白いシャツも真っ赤に染まっていた。この独特な生臭さは記憶を失っていてもわかる。──血の臭いだ。

「いたぁー。にんゲんだぁー」

 シュウの姿に嬉しそうにする男の子だが、サヤを見て表情を曇らせる。

「小汚い灰眸種もいっしょだ。灰眸種はばっちいからなあ……」

「あなたたちの方が、よほどばっちいですよ」

 サヤの声が聞こえたときには、サヤの姿はシュウの前にはなかった。瞬き一つにも満たない間で、サヤは男の子の背後に立っていた。その手には黒く冴える刀が一つ。血を滴らせ、悦ぶように輝く。

「へ、ぎゃ?」

 男の子の体には幾重もの赤い筋ができ、そこから冗談みたいに血が噴き出した。理解の及ばない男の子の頭はもう回ることはないだろう。ぽてっと床に落ちた上で、真っ二つに割れ、脳漿を撒き散らしていた。

 男の子から欠けた犬歯が落ちる。シュウはぞっとした。これが、吸血鬼……

 サヤは可愛らしい見た目に反して、かなり強いようだ。吸血鬼をほぼ一方的に痛めつけ、殺す。吸血鬼と灰眸種は敵対していると言っていたが、力の差がまざまざと感じられる。

「シュウさま。決して私が強いのではありませんよ。その吸血鬼が生まれたての赤子のようなものだったからこそ、こうして圧倒できたのです。それに私の持つ刀の呪『黒翔』は三大呪と呼ばれるほど強力な呪ですからね」

 ぬら、と刀身を垂れていく血をサヤが拭き取ることはない。刀身を流れていく血はやがてすぅっと黒い鋼の中に消えていった。

 血を吸う刀。これが呪。シュウは目を見張った。

 次の瞬間、轟く銃声。驚くのはサヤの番だった。

「シュウ、さま……?」

「背後には気をつけた方がいい。敵は一人とも限らないのだし」

 シュウが抜き放ったのは、銀色の拳銃。その銃弾が撃ち抜いたのは、サヤの背後からぬっと現れた吸血鬼の脳天だった。

 何故、咄嗟に銃なんて撃てたのか。それはシュウにもわからない。

 わからないまま、シュウの意識は再び遠退いていった。

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