うちのフェレットはアホである
家紋 武範さま『知略企画』参加作品です。
うちのフェレットはアホである。絶対的にアホなのではない。先代の子と比較するとアホだとしか言えないのである。
さてフェレットの数え方は『1本、2本〜』である。フェレットはイタチなので、身体が細長い。細長いものを数える時の日本語として、これが正しい。
もちろん動物を数える時には『匹』や『頭』が正しいので、一般的にはフェレットもそっちで数えられる。しかし、イタチ愛好家の中だけでは、フェレットは『本』で数えるのが常識だ。
今の子は2本目である。
1本目の子がもし可愛くなかったら、この子は今、ここにいない。
私は一人暮らしの寂しさに、最初の子を迎えた。大家さんが『ケージに入れて飼える動物ならいい』と言ってくれたので。色々とネットで調べて、フェレットが私の希望する条件に最も合致するペットだと知って、お迎えした。実際にはほぼケージには入れず、放し飼いになってしまったが。
セーブルカラーというタヌキ柄の男の子。
お迎えした初日から彼は肝が座っていた。部屋に放すと一応の探検をして回り、すぐに私のベッドに枕を発見するとそこで熟睡した。人間が大好きで、警戒心など微塵もない子だった。
彼はとても頭がよくて、何度も私をびっくりさせた。
引き戸なら普通に開けられる。居間と台所を仕切る引き戸(結構重い)を私が閉めて仕事に行こうとすると、戸の隙間に4本の足の爪を突っ込んで、あっという間に開ける。私が引き戸を閉めてすぐに振り向くとまるで人間が開くようにスパーン!と、大きな引き戸が開いて、小さなタヌキ柄のイタチが追いかけて来るのを見た。
高い所に気になるものを見つけて、ジャンプしても登れない時は、踏み台になるものを引っ張って来て、登った。
引き出しは後ろから押せば開くタイプのものなら開けられた。
彼の大好きなチューブ入りのおやつがあって、それを三段のタンスの上に置いたレターケースの、下から3番目の引き出しに入れてあった。彼はそれをいつも見て、覚えていたようだ。
ある日、私が仕事から帰ると、三段のタンスのたもとにキッチンから引っ張って来たらしき段ボール箱があり、それを踏み台に登ったらしく、レターケースの下から3番目の引き出しだけが綺麗に開けられていた。
中を覗くとおやつがない。探し回って、ようやくキッチンのワゴンの下に、穴だらけにされたおやつのビニールチューブを見つけた。牙で穴を開けて、中のおやつを堪能しまくったようだ。
百均で蓋にロックのかけられる薬箱を買って来て、その中におやつをしまうことにした。彼はリュックや紙箱の蓋も開けられるので、これも開けられるかな? と不安に思いながら、彼の前にぽんと置いてみた。彼は薬箱にも果敢に挑戦した。下から上へ力をかければロックが開く。しかし遂にその仕組みを理解出来なかったようだ。ジッパーを探したり、上から下へ何度もガリガリしたが、どうしても開かないので、彼は初めて『諦める』ということをした。
天才と美人は薄命なものだ。彼はわずか1歳半にして、あの世へ行ってしまった。死因はリンパ腫。人間でいえばリンパ性白血病だと獣医さんが言った。余命を宣告された1週間後、彼は私の腕の中で息を引き取った。
ペットロスが激しかった。人間の息子を亡くしたような感覚だった。彼は表情豊かで、会話も出来、一緒に布団で眠ってくれた。
悲しみをどうすることも出来なかった。慰めが欲しかった。彼を亡くしてわずか1週間で今の子を迎えた。タヌキ柄だった1本目の子とは違い、2本目は真っ白なスターリングシルバーという色の、男の子だ。
彼は私にとって、最初の子の代わりだった。
あれから1年半以上経っているというのに、最初の子のことを思い出すといまだに泣いてしまう。お迎えした時も、涙で目が曇っていたのか、私は2本目の子が放ってすぐに何をしたかなど覚えていない。ただ、最初の子のように枕で眠ってはくれなかった。覚えているのはそれだけである。
2本目の子はアホであるとしか言いようがなかった。1本目の子が出来たことが、すべて出来ない。
引き戸なんて当然のように開けられない。引き出しの中に気になるものの匂いを見つけても、後ろから押せば開くだなんて気づきもしない。高い所に気になるものがあったら、ただじーっと見てる。
前の子は3種類のものしか決して食べなかった。今の子はなんでも食べる。まるで味などわからないアホの子ように。
前の子は散歩に連れて行くと広い外の世界を探検したがって、ぐいぐいとリードを引っ張って先を歩いた。今の子は怖がって私の膝にすぐ登って来て固まり、調子が出て来てもすぐに茂みの中に入り込んで地面に穴を掘り出す。
違う。
あんたなんかフェレットじゃない。
フェレットって、もっと賢い動物で、びくびくしてなくて、表情があって、夜は一緒に眠ってくれて……
私は彼に、あの子のようでいてくれることを望んでいた。
何を考えてるのかもわからない。いつもくねくねしてて、表情がアホ面で固まっている。
飼い主との距離感も前の子と全然違う。前の子は徹底したツンデレ。撫でても抱っこしても「ああっ! 触るなー!」と言いながら逃げるくせに、朝目を覚ましたら私の腕の中で丸くなってすやすや眠っている。
今の子はツンデレのふりしたデレデレ。しつこいぐらい、くっついて来る。触ると逃げるくせに、触るのをやめると「もっとしろ」みたいに戻って来る。そのくせ前の子みたいに私が帰ると必ず出迎えてくれるなんてことはせず、どーでもいいように眠っている。そして夜も一緒には寝てくれない。
そんなアホの子が、ある日私が仕事から帰ると、あの薬箱を開けていた。
別に引き出しに戻してもよかったけど、せっかく前の子対策に買ってあった百均の薬箱。おやつはその中に入れたままにしてあった。
ど、どうやって開けたんだ? アホなのに?
試しに彼の目の前でおやつをもう一度中に入れ、蓋を閉めてみた。
ゴロンとお腹を上にして、ひっくり返った。
前足を一生懸命に動かして、下から上へ、ロックの部分を攻撃した。ガリガリガリガリ……
ぱちんっ
ロックが開いても、彼はまるで気づいていないように攻撃を止めなかった。ようやくもう開いていることに気づくと、「やったぁー」と彼は言いながら起き上がり、中身にありつく。
動きが止まる。大好きなおやつのチューブを前にして。1本目の子ならとっくにチューブを穴だらけにして中のおやつを堪能している頃だ。
あれ?
ぼく……何がしたかったんだっけ?
そんな声が聞こえた。彼は首をひねりながら、開きっぱなしの薬箱とその中のおやつに背を向けた。
やはり、アホである。
でも、彼は彼で、前の子とは違ったのだ。そんな当たり前のことに、私はようやく気がついた。
前の子が出来たことはすべて出来ないが、前の子が決して開けられなかった薬箱を、この子は開けたのだ。おやつをゲットしておきながら何をしたかったのか忘れるアホであろうとも。
その時からだったように思う。私は彼を1本目の子の代わりとしてではなく、彼自身として愛し始めた。彼のことがようやく大好きになり始めた。お迎えしてから約1年ほども経った頃のことであった。
彼と、前の子は、別の個性だったのだと、ようやく私は気がついたのだ。すると彼のことを、前の子と同じぐらい、愛せるようになった。
アホでもいいじゃない。この子はこういう、愛すべきアホさを持った、最高に可愛い子なのだ。
それから約半年ほどの間に、彼との間に忘れられない思い出がたくさん増えた。
今、彼を亡くしたら、私はヤバいことになると思う。