第七話 奴隷の思い - 新しい主人 -
新しい主人になったのは、若い女のようだった。
その女は、自分とは別に二人の若い男を使役していた。
偉そうに命令するその口調に、内心私は怯えていた。
いつぞやの女主人は、私の美貌を愛でながらも、気軽に鞭を振るっていた。
この背中に走る痛みを忘れられなかった。
だから、夜になった時に、いつぞやの女主人のように、身体を使って尽くさなければならないかと思って声をかけたところ、彼女はそれを拒絶した。
それはそれは冷ややかに。
その言葉に、私の心が傷ついたことを知った。
私を購入した女は、今までの主人と違ってひどく丁寧に扱ってくれた。
ポーションを惜しみなく使い、身体の傷を癒してくれた。
そして無理に働かせることもなく、宿でも休ませ、馬車でもそっとしておいてくれた。
時々、彼女の視線を肌で感じる。
それに、私は喜びを覚えていた。
彼女は私を必要としている。
だけど、一方で焦燥もある。
一緒にいる若い男達は、私について口々に「役立たず」「連れていっても仕方ない」「奴隷商人に突っ返せ」と言った。
私はその言葉にまた怯えた。
もう二度と、あの奴隷市場の檻の中には戻りたくない。
ただの肉塊として放置されたあの、腐臭の中には戻りたくなかった。
そのためには何でもするつもりだった。
若い女主人は、着いた屋敷にいた者にこう説明していた。
「セスには魔力があるの。それも結構たくさんあるわ。人族にしては多いから、それでポーションを作らせたり、魔道具に魔力を入れたりさせて頂戴」
その言葉を不思議に思った。
彼女はどうして、私が魔力を持つことを知っているのだろうと。
不思議な女だった。
そして彼女は、私の手を引いて、自室に連れていくと行った。
足を引きずりながらヨタヨタと歩く私を気遣って、ゆっくりと歩いていく。
そうしながらも説明してくれた。
「部屋は二階にある。階段があるから気を付けて」
「はい」
「杖があった方が便利かしらね。階段の手すりはそこよ」
私は手で壁に触れ、壁を這わせ、階段の滑らかな木製の手すりに辿り着く。
もう片方の手は、彼女が握ってくれている。
「しばらくの間は、私の部屋で過ごしてもらうけれど、ゆくゆくは下の階に貴方の部屋を作ってあげる。それまでは階段を上がるのも仕方がないと思って頂戴」
「はい」
階段を上りきった時、私は荒く息をついていた。
体力が落ちていた。片足の腱を切られていたため、足も引きずって歩いているのだ。
階段を上りきった後で、彼女は私の息が落ち着くのを少し待ち、それから手をまた引いて歩きだした。
「一番奥の部屋になるから」
「はい」
まだ歩くのか。内心、その事実にうんざりしていたが、それを顔に出さない。
私は足を引きずりながら、歩いて行った。
奥の部屋の扉を彼女が開けた音がした。
窓が開いているのだろう。風が正面から吹いてきて、私の髪を揺らした。
女主人は、私の髪を綺麗に櫛けずり、後ろで紐で一つに結んでくれていた。
彼女は、私の髪に触れる時はとても優しかった。
きっと、私の髪を気に入っているのだと思う。
かつて、私は王太子と呼ばれていた時、私の髪は黄金色に燦然と輝き、多くの者達の賞賛を受けていた。
美しい、素晴らしい王太子と。
その華やかな過去のことを思い出して、私は内心、苦い気持ちになった。
美しい、素晴らしい王太子だったのは、もはや遠い過去のことだった。
ここでは気付かれてはいけない。
そのことに気付かれれば、きっと彼らは私の首を刎ねようとするだろう。
それだけのことを、私はしていた。