第七話 奴隷の思い - 寵愛 -
宿に入る度に、主君であった御方の娘が、奴隷の美しい男を寝床に連れ込んでいる。
それに同行の騎士達も眉を寄せて非難の視線をエヴェリーナに向けていたが、彼女は全くそれを気にしていなかった。
私に対しても軽蔑の眼差しを騎士達は向けるが、私に直接非難をぶつけるものはいない。
私がエヴェリーナの寵愛する奴隷だからだ。
驚いたことに、エヴェリーナは騎士達に一目置かれていた。
こんな華奢な娘なのに、それは不思議なことだった。
だが、その理由がわかったのは国境を越えてしばらく経った時だった。
すでに国は隣国に吸収されて国境というものはないはずだったが、北方地域は違う。
そこはあまりにも魔族達に穢されていたため、正常な土地との区別をつけるために国境がそのまま残されていたのだ。
国境沿いの砦を抜け、馬車を進めた後に、エルフのリザンヌが異変を感じたように眉を寄せ、杖を握り締めていた。
「エイヴ、来たわよ」
「わかったわ。じゃあ、先の砦で合流しましょう」
エヴェリーナが馬車の扉を開けると、馬に乗り、馬車と並走する騎士が手を差し出す。
バルドゥルだった。
彼はエヴェリーナの手をとり、そのまま馬車から引き出すと同時に腰を掴んで自分の鞍の前に乗せた。
危険な動作だったが、一瞬だった。
私は内心、他の男がエヴェリーナに触れることが嫌だった。
だが、あの様子だと緊急事態なのだろう。
そのまま彼女は振り返りもせずに、バルドゥルと共に先に行ってしまった。
私に、リザンヌは説明した。
「魔獣が出た気配がしたの。だから、騎士達が討伐に出たの」
「エヴェリーナも討伐に参加するのか? 女なのに?」
「彼女の場合、性別はまったく関係ないわ。魔力が多いので、全身に強化魔法をかけられる。そしてそれを持続して戦い続けられるから、とても強いのよ。きっと貴方も戦っている彼女を見たら驚くわ」
「…………そんなに魔力が多いのか?」
「そうよ」
全身に強化魔法をかけるのは誰でもすることだった。
魔力のある騎士なら誰でもできる。だが、それを持続して戦い続けることは不可能だ。
途中で魔力が尽き、強化も途切れて倒れてしまうのが常だ。
「エイヴは強いから、呼ばれたのよ。この先の聖女様の浄化作業にはエイヴの存在が必要なのでしょう。この地の穢れがひどいから、魔獣の出現も頻繁になっている」
「…………」
信じられない思いだった。
エヴェリーナが、とても強い?
騎士達と遜色なく戦える?
私は寝台の中で、柔らかく抱きとめてくれる彼女しか知らなかった。
砦に到着した時、すでに騎士やエヴェリーナ達は先に着いていたようだった。
彼女が騎士達と言葉を交わしている様子を見て、私は愕然とした。
彼女が血まみれだったのだ。
「怪我をしたのか?」
私が慌てて彼女に詰め寄ると、赤い髪すら血に滴るほど濡れていた彼女は、首を振る。
「怪我はしていないわ。返り血よ」
「湯で洗い流せ。匂うぞ」
騎士の一人の言葉に、彼女はくんと自分の腕の匂いを嗅いで顔をしかめた。
「本当だ。じゃあ、先に湯を借りるわね。セス、ついてきなさい」
「…………はい」
私はこの目の前の女が、魔獣に傷つけられたのではないかと心配で仕方なかった。
こんな全身血まみれなのだ。きっと傷の一つでもあって血を流している。
砦の浴室に着くと、私はすぐに彼女の鎧を脱がせ、その素肌に貼りついた服も急いで脱がせる。
「……怪我はしていないって」
「こんなに血がついているのだぞ」
「みんな返り血よ。私、剣よりも手で倒す方が得意なのよね。だから、いつも血塗れになるの。心配しなくていいわよ。本当に怪我はしていないから」
彼女は甘い微笑みを浮かべて言った。
「心配してくれてありがとう」
「…………」
その言葉に、私は耳が熱くなったのを感じた。きっと赤く染まっている。
「その、……貴方が怪我したりすると、私が困るからな」
「はいはい。体を洗うのを手伝ってくれる?」
その誘いを断る馬鹿はいないと思った。




