第四話 騎士の思い - 驚愕 -
一週間後、かつての主君の娘、エヴェリーナを迎えに行った私は驚愕していた。
エヴェリーナは自身の配下を異種族の奴隷で固めている。獣人マンセルとクランプ、エルフのリザンヌのことは、私も知っていた。
だが、馬車に座っている黄金の巻き毛の青年を見た時、私は文字通り驚愕して動けなかった。
「……………セオルグ……か?」
王家の青い血をそのまま伝える繊細な美貌。蒼い美しい瞳に、すらりとした肢体。
それを認めた瞬間、怒りに血が沸騰した。
私の手がすかさず腰の剣に伸び、鞘から剣を抜こうとしたところで、マンセルがその手を押さえた。
「やめろ、エイヴの奴隷だ。アレは」
その言葉に、私は口を開いた。
「………ど……奴隷?」
よく見ると、彼の首元には隷属の首輪がはめられていた。
御者台のエヴェリーナは何故か笑みを浮かべていた。
「そう、彼は私の奴隷なの。私の所有物だから、傷つけたりしたら、私は怒るわよ」
「王太子を……奴隷になさっているんですか?」
「そうよ。貴方のにっくき王太子殿下は私の奴隷なの。いい? そのことを理解しておくべきね」
「何故、何故、さっさとその首を掻き切ってやらないのです。貴女がやらないと言うのなら、私がやってやる」
「それでおしまいでいいの? バルドゥル」
彼女は、その唇を弧の字に釣り上げて、笑みを浮かべながら言った。
「それでおしまいなら、一瞬よね。バルドゥル。私はこの男を苦しめるために、この男の目を抉り、逃げ出さないように足の腱を切ってやったわ」
その言葉に、私は馬車に乗る男の姿を見つめた。
見れば、彼の左目には眼帯が付けられていた。
手許には杖もある。
目を抉り、足の腱を切ったというのか。
エヴェリーナ様が?
そのことにも愕然とする思いだった。
私の知る幼い頃の彼女は、心の優しいひどく大人しい少女だった。
「その背中にも鞭を打ったわ。彼は私の奴隷なの。罰するのは私に権利があるわ。貴方はそう思わない?」
そう問われ、私は震える声でうなずいた。
「仰せのままに、お嬢様」
だけど、私は八年前に、彼女が変わったことを知っていた。
重いものなど持ったことのない、その華奢な手は、魔法で強化され獣を引き千切る。
何十何百、何千という魔物を屠り、その赤い髪は返り血で真っ赤に染まった。
緑の瞳には狂気が浮かんでいた。
真っ赤な赤い髪と、その恐ろしい強さを目にした者達は、畏怖と尊敬と、恐怖を込めて彼女のことを“赤の姫君”と呼んでいた。
彼女は弟が死ぬまで、戦闘の訓練を受けたこともない深窓の姫君だった。
それを変えてしまったのは、私のせいだった。
 




