第一話 奴隷市場で売られていた死にかけの若い男(上)
いつもは通らない道を通ったり、いつもは行かない店を覗いたりするのは、そこに“運命”があって、貴方を導いているからだと、以前双子の弟のリンデイルが言っていた。
どこかキザなその言い回しが、私は嫌いではなかった。
だから、その日、その時、私がいつも通るはずのない道を通って、たまたま開いていた奴隷市場を覗いたのも、きっと彼が言う“運命の導き”があったのだろうと思う。
そして、私が奴隷市場の片隅で、『特売』の札がついていた彼の入った檻を見つけたのも、それは“運命の導き”だったのだ。
檻の中、虫の息で倒れていた彼は、激安だった。
たった銀貨五枚。それが彼の値段だった。
銀貨五枚というと、二週間分の食事代ほどだった。
おそらく、彼のその値段は、生きている彼の価値ではなく、もはや肉の重さの価値だったのではないかと思う。実際、彼を檻から連れ出した時、彼は虫の息で辛うじて生きている有様だった。
奴隷商人は、若い娘の私が、この瀕死の肉の塊を買うと言った時、当然驚いていた。
「お嬢さん、本気ですか。ソレは死にかけですよ。餌にでもするつもりですか」
「……」
私は腰の袋から銀貨五枚を、奴隷商人の前のテーブルの上に落とした。
彼には隷属紋も刻まれていたので、更に銀貨三枚を追加して、私の名を刻ませた。
その間にも、彼はヒューヒューと苦しそうに息をしていた。気を付けないと、すぐに死んでしまうのではないかと思った。
強化魔法で腕の強化をして、彼の身体を肩に担ぐ。
奴隷商人は、華奢な私が死にかけとは言え、男の身体をやすやすと担ぎ上げていることに驚いていた。だが、私の恰好が……薄手の金属の鎧を身に付け、腰には長剣を佩き、ズボンにブーツといういでたちに納得したのだった。
「冒険者か」
私は振り返りもせずに、死にかけの男を担いで歩いていく。
その死にかけの男は、かつて私と婚約をし、その後、破棄をした王子のはずだった。