表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷市場に、私を婚約破棄した王太子が売っていたので買ってきました。[全年齢版]  作者: 曙はるか
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/30

第十話 奴隷の思い - 朝のしくじり -

 目が覚めた時、一瞬どこにいるのか理解できなかった。

 柔らかな寝具の感触に、動揺すら覚える。

 奴隷の自分が、こんな手足を伸ばして柔らかな布団の中で眠れるはずがない。

 慌てて起き上がる。


 寝台から下りた方が良いかと思って下りると、足がもつれて絨毯の上に倒れた。

 それに、部屋の中にいたらしい女の声がした。

 

「あらあら、怪我したんじゃないの? 大丈夫、セス」


 それに、私は声のした方向に顔を向ける。

 その声は、自分を購入した女主人のものではなかった。

 誰だろうと、緊張して身を強張らせると、その女はこう言った。


「私は貴方のご主人様に仕えている、使用人の奴隷です。宜しくね、セス。昨日も会ったのだけど、覚えているかしら。私はリザンヌといいます」


 他にも奴隷を使役しているのかと思うと、驚く思いだった。

 よほど、あの女主人は羽振りが良いらしい。


「貴方のご主人様は他の奴隷を連れて、仕事に行きました。あなたと一緒にここに来た時のマンセルやクランプも、奴隷です。それはもう知っていた?」


「いいえ」


 私は首を振る。


「じゃあ、知っておくべきね。ご主人様はこの屋敷で私達奴隷と一緒に暮らしています。貴方もその仲間入りしたということです。ご主人様は素晴らしい人です。私達には一切、鞭を使いません」


「…………」


「私達はご主人様に誠実にお仕えしなければなりません。セス、貴方は目が見えないなら、その分だけ勘を働かせて、そして誰よりも先に動くようにしなさい。ご主人様はお優しいから、貴方を存分に休ませて、貴方の身体が良くなることを待つおつもりでしょう。でも、捨てられたくないのなら、ちゃんとした方がいいですよ」


 それは、彼女なりの忠告だったのだと思う。

 奴隷の身で、主人の寝台で一緒に横になり、朝は主人よりも遅くまで眠りこけている。

 とんだ怠慢だ。

 

「……はい。わかりました。ご助言ありがとうございます」


 そう言うと、リザンヌは口調を和らげた。


「苛めるつもりはないわ。貴方とは仲良くやっていきたいの。目に、布を被せて欲しいという話だけど、私がかけてよいかしら」


「はい、お願いします」


 床に座る私の後ろに、リザンヌは回って、前髪を上げ、布を目の部分に被せて後ろで結んだ。


「瞼は綺麗にポーションで治したから、別に隠すことはないと思うのだけど」


「目をいつも覆っていたので、その方が安心するんです」


「綺麗な顔をしているのに、勿体ないわね」


 リザンヌは私の手を取った。


「では仕事を教えてあげるから、一階に行きましょう」


 そう言った。






 リザンヌは、私の右手を引く。そして私は左手で壁に触れていく。


「そろそろ、階段ですか」


 私の問いかけに、リザンヌは少し驚いていた。


「そうよ。よくわかったわね」


「歩幅で、覚えてました」


「そう」


 目が見えないのだから、当然だった。

 階段など、最も気を付けなければならない場所だろう。

 階段の段数も数えていた。


 滑らかな手すりを伝わりながら、私は階段を降り切った。

 一階に辿りつくと、開いた窓から風が入り、甘い花の匂いがした。


「良い香りがする」


「花を植えているの。エイヴは、庭は私の好きにしていいと言ってくれたから、綺麗な花をたくさん植えているのよ」


 エイヴ


 奴隷の身でありながら、リザンヌもマンセルもクランプも、主人のことをそう呼び捨てにしていた。

 普通なら、あり得ない。

 だが、鞭も使わない良い主人だという。自分に言わせれば、奇妙な主人だった。


「朝食の支度は出来ているから、食べてくれる? それを食べたら、仕事を教えてあげる」


「はい」


 リザンヌは食堂らしき部屋に、私を案内してくれた。

 椅子を引いて、私に座るように言う。

 内心、私は感動していた。


 椅子に座って食事を取るなど久しぶりだった。

 床に、皿が投げて置かれ、その手で冷え切った残飯を口に入れる日々だった。

 与えられるだけでも良い。何も渡されず、すきっ腹を抱えていたことも多い。


 目が抉られず、まだ容色を保っていたときはそんな仕打ちはなかった。

 身体を痛めたら、あっという間に下の下まで堕ちていった。


 カトラリーが用意される。ひんやりとした金属製のそれに、内心私は驚いていた。

 奴隷にこんな立派なカトラリーを使わせるのか。


 私はパンを手に取り、シチューの皿につけて食べる。

 肉らしきものがあり、ナイフとフォークを使用して食べようとするが、やはり目が見えないのでうまくいかない。

 リザンヌが「ごめんね。どこまで貴方ができるか見たかったから、今回は普通に用意したけれど、次回は配慮するわ」と言っていた。

 私はそうしなくていいと言った。


 こうして普通に食べてみたかった。

 時間はかかったが、食べ終わった。


 だが、時間がかかり過ぎるのはよくないだろう。もっと早く食べられるようにしなくてはならないと思った。

 ぐずぐずと足を引っ張る奴隷だと思われたくなかった。


 そう、私は、この屋敷の者達に早く自分を認めてもらいたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ