第九話 エルフの少女の問いかけ
エルフの少女リザンヌは、私が部屋から出て居間に戻ってくるのを待っていた。
優美な眉を寄せて、私を見つめている。
「アレは誰? いったいどこでどうして連れてきたの?」
私は彼女の前の椅子に座り、足を組んだ。
すでにマンセルもクランプも自室に入り、眠りについているようだ。
でも、二人は獣人だ。耳は非常に敏い。
だから、テーブルの上に“静寂の魔道具”を置いて、部屋の音が漏れないようにした。
そうまでして警戒する私に、また一層、リザンヌは眉間の皺を深くした。
「奴隷市場で安く売っていたから、買ってきた。相応の魔力持ちだ。ポーションを作らせればいい。売っても金になり、元手は取れるでしょう」
「………………」
「名前はセスという。随分と虐待を受けていた奴隷だから、そう思って扱って欲しい。私がいない間は、リザンヌに世話を頼むわ」
リザンヌは深くため息をついた。
「わかったわ。もう、決めちゃった感じなのね」
「そう」
「……彼、随分と綺麗な男だわ。そして、エイヴ、貴女と同じ貴族の匂いがする」
その言葉に、私はリザンヌを睨みつけた。リザンヌは少しだけ笑った。
「わかっているわよ。他の人には言わないわ」
リザンヌは勘の良いエルフだった。
その少女のような外見と裏腹に、長く生きるエルフ族だった。
彼女は気が付いているかもしれない。
だが、たとえ気が付いていようとそのことを彼女は口にしないだろう。
彼女は私の味方で、私の家族で、私の奴隷だったから。
セスが眠る寝台の横に滑り込み、私は息を吐いた。
すでにセスは眠りこけている。
目の周りの傷をポーションで癒したから、瞼を閉じている限り、その眼窩のひどい有様は見えない。
頬はまだこけて、痩せ細ってはいるけれど、綺麗な顔立ちがよくわかる。
「セオルグ」
彼の本当の名を呼んでみた。
その名を呼ぶのも、八年ぶりだった。
そう呼ぶと、子供の頃のセオルグはまだ優しくエヴェリーナと私の名を呼んでくれた。
そして大人になった彼は、私の名を呼ばず、ただ冷ややかに見つめるのみだった。
今はもう、私の名をきっと忘れている。
でもたぶん、それでいいのだと思う。
「おやすみ、セス」
翌朝、私は眠っているセスをそのままにして、マンセルとクランプを連れて冒険者ギルドに足を運ぶことにした。
先刻の街での、依頼を完遂した報酬を受け取らなければならなかった。
セスは疲れているから、起きるまで眠らせたままでいいと言うと、リザンヌはもちろんのこと、マンセルもクランプは何故かため息をついて言った。
「あんまり甘やかさない方がいいぜ。奴隷なんだから」
貴方達も奴隷なんだと思うのだけど。
そう言うと、三人は声を上げて笑っていた。
「俺達はいいんだよ。奴隷というよりも、仲間だろ」
「そうそう、エイヴの仲間だ。あんたの背中を守るのは俺達の仕事」
「ご主人様のお帰りになる屋敷を整え、食事を用意するのは私の仕事」
マンセルもクランプも、そしてリザンヌも自身の仕事をどこか誇らしげに言っていく。
彼らも皆、奴隷市場で売られていた奴隷達だった。
八年かけて、彼らの信頼を勝ち得ていた。
なんとなく気恥ずかしくなって黙り込んでいる私の肩を、マンセルはぽんと叩いて、「行こう」と言った。
だから私達は、街に向かって歩き始めた。




