国家魔法士がブラックだったので退職してスローライフ始めましたが、田舎って大変なんですね。
1.
「今日も一日がんばるぞ!」
私”フィリエ・ラインヘル”は1か月前まで魔法士でした。
過去形ということでお気づきだと思いますが、1か月ほど前に退職しました。
24時間勤務を2年続けていたある日、ふと「これはブラック労働だ」と気づいてしまったのです。
気づいたときには上司に一言
「辞めます」
と吐き捨てた後、この田舎に引っ越していました。
今思えば、魔法士として働き始める際にその上司から、
「24時間働けますか?」
と言われて何も考えずに
「はい!」
と答えた私も相当狂っていたのだと思います。
そんなこんなで現在は周りを畑や田んぼに覆われた田舎オブ田舎でマイペースなスローライフを送っています。
大都市生まれ大都市育ちの私にとってこのザ・イナカは困惑することも多かったですが、少し慣れてきたところです。
しかし、慣れない田舎ということでやはり困ることもあります。
「今日の畑は無事でしょうか……」
退職し田舎に引っ越し、まず始めたのは農業。
農業を始めたのはスローライフ=農業のような短絡的な思考からだったのですが、これが想像の10倍くらいムズカシイのです。
それというのも一か月ほど前からうちの畑に野生動物が現れるようになったのがすべての難しさの原因です。
2
「またやられてしまいました……」
そうです。この野生動物たちに畑を荒らされてしまい、かれこれ学校のグラウンドの広さ分の農作物が被害にあってしまっています……
「昨晩のうちに防衛策を講じていたのですがやはりあの程度では……この破り方はおそらく”イノシシ”でしょうか」
防衛策を突き破ったような痕跡から畑荒らしの犯人は“イノシシ”であると判断しました。
「こうなったら私も気合を入れるしかありませんね!今日はシシ肉料理にしましょう!!」
防衛策を講じたうえで今晩は私も畑につきっきりで野生動物が来るのを見張ることにしました。
3
さて夜も十分に深まり、むしろあと数時間もすれば太陽が顔を出しそうです。
「今日は来ないのかな?」
徹夜で畑を見守っている身としては来てくれないのは悲しいのですが……
そんな残念な気持ちが誰に通じたのか、月光が差しふんわり明るくなっている森の入り口、体長およそ30m、全身を鋼鉄のような毛皮に覆われ、当たれば人間の身体など消し飛ぶほどに大きな二本の牙を携えた“イノシシ”(ちょっと大きめ?)が姿をあらわしました。
「犯人のご登場ですね!やっぱり予想どおり“イノシシ”の仕業でしたか!」
さあ農家と自然の熾烈な争いの始まりです。
まず動いたのは“イノシシ”の方でした。
全周囲を木の柵に覆われた私の畑へ時速80kmほどのスピードで突っ込んできました。
このまま突っ込まれてしまえば畑は一瞬にして更地になってしまいます。
しかし、そうはいきません。
“イノシシ“が走り出したタイミングとほぼ同時に、私が午前中に丹念に仕込んでおいた防衛術式が発動します。
「上級魔法:材質向上 」
畑の周囲を囲んでいた木の柵が高さ100mほどの鋼鉄壁に変化しイノシシの突進を受け止めます。
さらに追加効果が発動します。
「上級魔法:極紅炎」
イノシシが壁にぶつかった瞬間、煉獄の炎の鞭がイノシシの全身を包み込みます。
さらに鉄壁が形状変化。
炎ごとイノシシを鋼鉄球の中に封じ込みます。
「完成です。連鎖上級魔法:太陽」
灼熱の炎ごと封じられた内部の温度は数千度にも到達します。
しかし、昨晩はこれに匹敵する防衛術式が破られたのです。
さらに畳みかけます。
「ライトスフィア!!」
魔力を載せた言葉に呼応するように、夜空に浮かぶ月をかき消すかのように無数の光球が宙空を舞います。
「フォーカスライト!!」
無数の光球に照らされて昼間のような明るさになっていた周囲が瞬く間に元の暗闇にもどりました。
それと同時にイノシシを封じ込めている赤色の鋼球が無数の光球から収束された光に照らされます。
「終幕です。二種連鎖上級魔法:輝核封殺」
内に込められた灼熱の炎と、外部からの光エネルギーによる温度上昇で鋼球は世界を照らす太陽を超越する「何か」のような様相を呈しています。
「晩御飯は消し炭になってしまいますが、畑を守ることができたのでよしとしましょう」
そう勝利を確信した瞬間、鋼球が爆散しました。
「?!」
爆散した鋼球の中から全身を赤色の毛皮に覆われたイノシシが炎を纏いながら飛び出してきたのです。
飛び出した“イノシシ”は私の畑の作物を地面ごと掬い取るようにして一瞬で食い荒らし、来た時の数倍はあろう速度で森の方にさっていきました。
残されたのは大きな穴の空いた畑(跡地)と、防衛魔法を破られてあっけにとられている私だけでした。
「……次こそは仕留めてみせますよ!」
守ることができなかった作物たちの無念と、次は守ってみせるという新たな決意を胸に、東の地平から昇ってくる本物の太陽を背に私は隣の畑に向かいます。
畑に水をやり新たな作物を育て、育った作物を守るために、今日も新たな防衛術式の開発に勤しむのです。
――ここは片田舎、数多の魔術使いの頂点に君臨する大陸級魔法使いの一人“フィリエ・ラインヘル”が国家魔法士の仕事に嫌気が差し適当に転位した片田舎。
――この物語は”世界の終着”と言われる、まだ誰も到達していなかった最終ダンジョン手前からお送りするハード系スローライフストーリー。