溶けたキャンディーのように
下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオの第125回放送で読まれたメールを、下野さんの「是非小説にて真相を解き明かしてもらいたい」という言葉をキッカケに、初めて小説にしました。
(注これは実話です!)
「ガターーン!」
「大丈夫?!え……うそ?みんな、来てー!」
まだ少し寒い放課後の教室。
隣のクラスが何故か騒がしい。数人の子達が私を探している。
バタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえる。勢いよく教室のドアが開いた。
「大変!戻った!元に戻ったよ……」
仲良しグループの1人が私に呼びかける。
『あぁ…。何か夢をみているんだろうか。』
友人の声が遠くに聞こえる。体を動かせないまま、時だけが過ぎていく。下校時刻を告げるチャイムが鳴る。夕暮れの日が差し込む教室。
私達はもうすぐ卒業する。
***
4月新学期。クラス替えが行われ、新しいクラスメイトとの1年が始まる。
橋本千笑。この春から中学3年生になった。担任は今年他校から赴任してきた、社会科の男の先生。第1印象は、無表情で苦手なタイプだ。
新しいクラスメイトは、同じ部活の子が数人いる。良かった。中学生活最後の1年を楽しく過ごせそうだ。
春はワクワクする。新しい教室、新しいクラス、新しい先生。中学3年生にもなると、あちらこちらで付き合っているカップルの噂をよく聞く。『私もいつか素敵な彼氏ができないかな~。』なんて、想像するだけで胸がドキドキした。
「おはよー千笑!」
「おはよう。ユミカ。」
ユミカは幼なじみで同じ部活だ。
「また離れちゃったね~。どう?新しいクラス?」
「ホントだねぇ。3年間一緒のクラスになれなくて残念。そうだね。まぁまぁって感じかな?ユミカは?」
「意外といいメンバーだったよ。それと、前から気になってた人が同じクラスだったの!チャンス到来っ!」
「えー!?もしかして、サッカー部の中川くん?」
「シーーーーっ!聞こえるじゃん!そうだよ~。席も近いから、どんどん話しかけてみようかな。」
「やったじゃん!頑張ってね!」
「ありがと!じゃ、また放課後部活でねー。」
授業開始のチャイムが鳴り、ユミカがパタパタと自分のクラスへ戻って行った。
実はユミカにはまだ話していないが、私も気になる人がいる。しかも今回初めて同じクラスになれた!これは、私にもチャンス到来なのか?!
9月二学期。夏休みが終わり、今日から授業が始まる。夏休みは受験生ということもあって、勉強に部活に忙しく、あっという間に終わってしまった。
1学期、気になる彼とは特に何も起こらなかった。と言うか、何もアタックできずに過ぎていった。おはようとか挨拶はするけど、休憩時間男子は男子同士集まってるし、放課後はお互い部活が忙しく、なかなか話す機会もなかったからだ。
2学期こそは、もう少し仲良くなりたい…。卒業まであと半年。
今日は音楽の授業がある。移動教室なので、クラスメイトと一緒に音楽室へ向かう。音楽室に着くと、何やらざわざわしていた。
『なんだろう?』
と、不思議に思いながらクラスメイトと音楽室に入る。数人が1つの机を囲んでクスクス笑っていた。
『なんなんだろ。やけに視線を感じるんだけど、気のせいかな…?』
授業中も、さっきの皆の視線が気になって、集中出来なかった。
授業が終わり、教室へ戻ろうと席を立つ。数人の男子がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「お前、田中と付き合ってんの?」
「えっ?!違うよ。なんで?!」
一瞬で顔が真っ赤になる。なぜなら、『田中』とは、私が気になっている彼の事だ。
「だってさ、これ。見てみろよ。」
「なに?え、何なのこれ?誰が書いたの?」
先程皆が囲んでいた机には、大きな相合傘が書いてあり、そこには田中 橋本と、大きく書かれていた。それだけならまだしも、相合傘の周りには、教室でキスしてたとか、大好き~チュッチュッ♡等、冷やかしの言葉が殴り書きされていた。
「違うし!もう!誰よこんなの書いたの!」
私は恥ずかしさと、怒りで大きな声を出してしまった。慌てて消しゴムでその落書きを消す。それを見て、男子達は笑っていた。
はっと我に返る。『やばい!大きな声だしちゃった。田中、聞いてたかな?もう教室帰ってたかな?』
私は慌てて当たりを見渡す。田中の姿はなかったが、同じクラスの為このあと教室で顔を合わせないといけない。
『どうしよう…。私が好きなことバレちゃったのかなぁ。』
私は俯きながら、教室へ戻った。すぐにチャイムが鳴り次の授業が始まったので、他の子達にからかわれずに済んだ。田中もいつも通りの表情で、授業を受けている。
『はぁ……良かった。誰かのイタズラとしか思えない。恥ずかしい…涙でそう』
思春期で多感な時期。まして女子にこの仕打ちはとてもキツい。私は気にしないように、平常心を保って過ごした。
放課後。今日は日直だったので、黒板消しや日誌を書いていたら部活に遅れてしまっていた。
『急いで日誌を職員室にもっていかなきゃ!』
私は慌てて教室のドアを開けた。すると、目の前に田中が立っていた。
駆け出す勢いでドアを開けてしまったので、田中の胸に飛び込むようにぶつかってしまった。
「うわっ!ご、ごめん、だ、大丈夫?」
一瞬で顔が熱くなる。目も合わせられない。
「いや、こっちこそごめん。大丈夫か?」
声変わりした、低く優しい声で話しかけられ、ドキッとする。
「うん。大丈夫。あ、あれ?どしたの?忘れ物でもした?」
胸がドキドキして、声が上ずってしまう。笑って誤魔化しながら返事をする。
「あー、いや。忘れ物じゃないんだけど…。」
沈黙が流れる。チラッと田中の顔を見ると、真っ赤になっている。
『えっ!田中、顔真っ赤じゃん!なんで??』
頭の中の思考ががぐるぐると回る。恥ずかしさが増し、胸の高鳴りが聞こえてしまうんじゃないかと思った。
「今日音楽の時さ、アイツらなんか言ってた?」
「ッ!あ、あー、え?もしかして、聞こえてたの?」
顔から火が出そうで俯いてしまう。ここから逃げ出してしまいたい。
「うん。橋本の怒ってる声が聞こえてさ。」
『うーわー!最悪だ。大声出しちゃったの聞かれてたんだ。消えたい…。』
私は何も答えられず、黙ってしまった。
「あのさ、俺…」
田中が言葉につまる。遠くに運動部の練習する声が聞こえる。胸の高鳴りは最高潮だ。心臓がドキドキする音が聞こえてしまっているかもと、焦る。恐る恐る、顔を上げると田中と目が合った。
「俺、橋本の事好きです。付き合って欲しい。」
「えっ…」
頭が真っ白になる。
『いま、なんて言ったの?これは夢?現実?』
私の瞳に涙が溜まる。恥ずかしいのと、驚きと、嬉しさが溢れてくる。
「あ、泣かせるつもりじゃなかったんだけど…。ごめん。」
「私もずっと好きだった。」
やっと言えた。初めて自分の気持ちを伝えることが出来た。ポロポロと涙が零れ落ちる。
「ホントに?!あー!良かったぁ。橋本、めっちゃ怒ってたから、俺フラれると思ってた。」
田中がクシャクシャの笑顔で、照れくさそうに話す。なんだか可愛く思えた。
「じゃぁ、今日からよろしく。」
「うん。よろしくね。」
チャイムと共に廊下を走る音が聞こえる。
私達は握手をし、笑ってバイバイと手を振ってそれぞれ部活に向かった。今日から2人は付き合うことになった。
それから、中学生らしい交際が始まった。付き合ってからも、お互い田中、橋本と呼びあっていた。遊ぶ時は男子女子が6~7人公園に集まって喋ったり、放課後の教室で遊んだりした。
特に喧嘩をすることも無く、みんな仲良く過ごしていた。ファーストキスもした。キスは結局1回だけだったけど…。
12月。街はクリスマス前で賑わっていた。彼がクリスマスプレゼントを買ってくれるというので、友達数人と街のショッピングセンターに行った。街と言っても田舎のショッピングセンターなので、アクセサリーなど高価なものは売っておらず、ましてや中学生のお小遣いで買えるものは限られる。
彼と一緒に売り場を歩く。
「これがいいんじゃない?」
と、彼が指さした先にはオルゴール付きのジュエリーボックスがあった。少しお小遣いよりも高いんじゃないかと遠慮したが、
「いいじゃん!これに決まりね!」
と、プレゼントしてくれた。初めての彼氏からの、初めてのクリスマスプレゼント。ピアノの形をしたジュエリーボックス。オルゴールの音色がとても綺麗で嬉しかった。
彼が会計をしている間、友達と少し離れたところで待つ。
『遅いなぁ。ラッピングに時間がかかっているのかな?』
彼の姿を確認する。ちょうどレジで私へのプレゼントを受け取っていた。
しかし、私へのプレゼントとは別の袋も受け取っていた。
『自分の物も買ったのかな?』
私は呑気にそんな事を考えていた。彼からのプレゼントが嬉しくて、2つ目の袋のことはすぐに忘れてしまっていた。
2月3学期。
楽しかったクリスマスも終わり、いよいよ受験シーズン本番に入った。私立高校の受験を控え、皆ピリピリしている。友達とも遊ぶ時間もなくなり、彼とは学校で話すくらいしかできなかった。それでも幸せで、受験勉強は大変だけど毎日学校へ行くのが楽しかった。
2月下旬。私立高校の受験も終わり、卒業まで残り1ヶ月を切った。3月には公立高校の受験を控えている中、久しぶりにいつものメンバーで放課後残って一緒に勉強をしたり、たわいもない話をして過ごしていた。
今日は、彼とも久しぶりにゆっくり話せる時間。彼は隣のクラスの男子と、離れたところに座っている。今日はあんまり話しかけてくれなかったので、私は構って欲しくて彼の元へ駆け寄った。
「ねーねー。今日はどうしたの?元気ないじゃん?」
私は彼の手を握って顔を覗き込む。
すると、突然勢いよく手を振り払われた。
私は一瞬の出来事に、言葉を失う。彼の目の前に座っていた男子も驚いて、
「お前!急にどうしたんだよ?」と言った。
「…お前だれ?」
紛れもない、彼の声だった。私を見る目が、怯えているように見える。私に握られた手を、汚いものを払うように摩っている。
「うわ。鳥肌!」
ショックだった。その後どうやって家まで帰ったのか、あまり覚えていない。横断歩道で友達に後ろから手を引っ張られた事だけ、記憶に残っている。
私だけでなく、友達みんな混乱していた。
彼は、突然『記憶喪失』になってしまったのだ。
私の事だけ、覚えていない。
女子に触られると、鳥肌が立つと言っていた。
幼なじみのユミカは「ふざけんなよ!千笑のこと忘れたとか、冗談でしょ?」と言ってくれた。彼の家まで行き、お母さんにも話してくれたが、全く相手にして貰えなかった。
彼はそれから、私と目を合わさなくなった。
卒業まで、残り2週間となった。
私は公立高校受験に集中するため、彼のことは忘れようと努力した。
だけど、時々楽しかったあの頃を思い出し、クリスマスプレゼントにもらったオルゴールを聴きながら泣いた。
友達みんなが励ましてくれたので、彼のことも、受験も乗り越え高校にも無事合格することが出来た。
卒業式の数日前。
私達はいつものメンバーと、放課後の教室で中学生活最後の思い出の時間を過ごしていた。
彼が記憶喪失になってから、約1ヶ月が経とうとしている。私の事を思い出すことはなく、時間だけが過ぎていった。
「あと2日で卒業式だね。」
「そうだね。みんな高校無事に合格して、良かったよね。」
「あー、なんか寂しくなってきちゃった。」
友達と夕暮れの日が差す教室で、たわいもないお喋りをする。
「あのさ、千笑。」
クラスメイトの友達が、深刻そうに話し始める。私は黙ってその子の目を見つめる。
「クリスマス前にさ、ショッピングセンターに行ったの覚えてる?その時、田中にもらったんだよね…」
私の胸の中が、ドロっとしたもので塗りたくられる感触がする。
「オルゴール付きのジュエリーボックス。」
胸の中のドロっとしたものが温度を上げ、渦を巻いて私を掻き回す。
「千笑と付き合ってるの知ってたのに、ごめん
」
熱いドロドロの渦がどんどん加速して、荒波を立てるように昇ってくる。
「……」
放課後の教室に、沈黙が流れる。
私の胸の中は熱いドロドロでいっぱいになり、溢れたドロドロが、頭の中に逆流して行く。
何も言葉が見つからなかった。
あの日、音楽室で見た落書きを一緒に消しゴムで消した。泣きそうになりながら教室に戻る私を、後ろで見ていた。田中に告白された日、教室の前を横切った。帰り道、横断歩道で手を引かれた。
ドロドロがまとわりついて、声が出なかった。
まだ寒い放課後の教室。
頭の中のドロドロが、少しずつ固まっていく。
冷えて固まったドロドロは、夕暮れの日に照らされキラキラと光を放ち艶めいている。
まるで、溶けたキャンディーのように。
このストーリーを書いていて当時の事を鮮明に思い出し、胸が切なくなりました。
と共に、当時の自分自身が何を感じていたのかを今になって知ることができ、綺麗に浄化された気分です。
黒歴史を小説にできてよかったと思っています。
さて、彼の本当の気持ちはどうだったのか…
本編で触れられなかった謎は、解き明かされるか。
今後にご期待くださればと、思います。
お読みいただき、ありがとうございました。