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楽しいサッカークラブのつくり方  作者: カミサキハル
【第一章】サッカークラブの三人と新しい二人
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とりかご(その②)

 千佳からのパスを藍那はボールを足の内側で受け止め、顔を上げる。

 彼女から見て右側から美紗が近づいてきている。そして左にはみさきが動かず――ただし理紗へのパスコースを塞ぎながら――立っているのが見えた。


(ボ、ボールを取られたら駄目だから……)


 近づく美紗の対応をしなければならない。

 それは早くボールを手放すこと。

 悩んでいると、千佳が動くのが見えた。ちょうど美紗とみさきの間。

 とっさに彼女はボールを蹴った。ボールは鬼の間を通り、千佳に届く。

 うまくボールが渡り、ほっと息を吐く藍那。


(や、休んじゃ、だめ)


 次にどうしたらいいのか、考えないといけない。

 安心したのもつかの間、ボールを目で追う。


「ナイスパス」


 千佳は受け取ると藍那に声をかけながら、ダイレクトで理紗にボールを渡す。


「っと」


 理紗はトラップし一呼吸置く。

 前を向くとみさきが正面に立っていた。妹の美紗は千佳へのパスコースを塞いでいる。

 明らかにみさきの動きは「ボールを取る」という意思のある構え。千佳へのパスも藍那へのパスも両方とも対応しようとする立ち位置。

 千佳へのパスコースの対応が美紗と重なっている。二人の連携が取れていないように感じた。


(まあ、今日知りあったばっかりやし、連携が取れるわけがないか)


 みさきのポジション取りに思いつくことは一つ。

 さっきボールを取られたことを根に持っていて、仕返しをしようとしているのか。ボールを奪取する気が満々なら、なおさら気をつけないとならない。

 だけどあと二回しかボールにタッチできない。冷静にどうするべきか考える。


(お)


 藍那が動いた。千佳がさっきやったことと同じように美紗とみさきの間に立つ。

 戸惑いつつ恐る恐る動いていた分、鬼の二人には気づかれていない。理紗はすぐさま藍那にパスを出した。

 藍那はボールを弾ませないよう丁寧にトラップする。


「ナイス動きやで、藍那」

「う、うん!」


 藍那はうなずき、そのボールを千佳に渡す。千佳は美紗が近くにいたためトラップをせず、そのまま藍那にボールを返した。


「え、あっ」


 慌てたのは藍那。理沙に褒められたことと、パスを上手く出すことができたことに満足してしまっていた。

 ボールが戻ってくることを予測することができず、トラップが乱れてしまう。


「安心したら、駄目だよ。周りをちゃんと見なくちゃ」


 美紗はそう言い、藍那との距離を縮める。

 千佳にプレッシャーをかけたことで藍那へボールを返すことは予測できていた。

 藍那のトラップが乱れ、足元から離れたボールを彼女は難なく奪う。


「私が千佳の近くにいたんだから、パスを出したあともフォローするように動かなくちゃね」


 足の裏でボールを止め、美紗は手を動かしながら説明する。


 とりかごは単にパス回しをするだけではない。

 状況が常に変わるから、瞬時に判断して行動をしなければならない。

 それはパスの出し手、受け手そして鬼にも言えること。パスの出し手は鬼が近づく前に周囲の状況を確認しなければならないし、受け手は出し手に見える場所に動いてボールをもらう必要がある。

 一方で鬼もどうやってパスの出し手を追い詰めるのか、どのタイミングで取りに行くのか互いに息を合わせなければならない。

 それに特に今回みたいな「三対二」だとアップテンポになるから、常に頭をフル回転させることが大切だと美紗は考えている。


(まあ初対面で息を合わせたり、初心者には難しいけど)


 藍那には大変かもしれないけど、頑張って欲しいと美紗は思う。


「じゃあ鬼、交代ね」

「うん」

「みさき、ちゃんとフォローしてあげてよ?」

「わかってるよー」

「理紗のボールを取ることに固執しないでね」

「……はいはいー」


 みさきは一瞬ムッとした顔になったが、すぐにいつもの飄々とした表情に戻る。

 深呼吸して心を落ち着かせる。


(わがままをしていても仕方ないかー)


 みさきは冷静になる。今することは藍那と力を合わせてボールを取ること。

 動き方が分からない藍那に彼女が指示を出ることが、連携を取る方法として一番手っ取り早い。

 どっちがボールを取るかは、その時次第だ。


「藍那ちゃん、あたしが指示するから頑張って動いてー」

「うん」

「じゃあ美紗ちゃんの左前に立って、理紗ちゃんへのパスコース塞いで」


 藍那は言われた通り、双子の位置を確認して動く。


「その動き――パスコースを塞ぐ動きを忘れないでねっ」


 美紗は藍那の動きを見たあと、千佳へボールをつなぐ。千佳はトラップし、パスの出し先を確認する。


(理紗へのパスは難しいわね)


 みさきが塞いでいる。理紗も動いてパスコースを作ろうとしているけど、その度にみさきも立ち位置を変えている。

 すぐに千佳は彼女へのパスを諦め、藍那から少し離れた位置で両手を広げボールを要求する美紗にパスを出す。

 ボールをカットされないよう、千佳は少し強めにボールを蹴った。藍那は反応して足を伸ばしたが、触れることができない。


 美紗はそのボールをワンタッチで藍那のいない場所へ転がす。すると理紗へのパスコースができた。


(理紗の左足に出しても……)


 パスをすることに余裕ができ、ふとそんな考えが思いつく。

 ちょうどいい練習になると考え、美紗はボールを蹴る。彼女がイメージしていた軌道とは少し異なったが、理紗へつながる。


「っ、美紗っ」


 パスが来ることは美紗がボールを転がしたときに理解していた理紗だったが、左足にボールが来るとは思っていなかった。


「どうして左足に向けて蹴るんやっ」

「練習でしょ?」

「左足やと、外側に向いてしまうやろ。相手のことを考えてや」


 当たり前なことを平然と言う美紗に毒づく。美紗や千佳に背を向けるような、枠の外側に向いてトラップを理紗はしたくなかったのだ。

 考えている隙はなく一度左足でトラップする。そして体勢を整えるためにさらに一回ボールに触れる。


「藍那ちゃん。美紗ちゃんへのパスコースを塞ぎながら、理紗ちゃんに近づいて」

「う、うんっ」

「ボール取れそうだったら取っちゃってねー」


 みさきも千佳へのパスを気をつけながら理紗へ接近する。余裕がなくなった理紗は慌てて周囲を見る。

 千佳は動いているけど、みさきが近くにいるせいで、ボールを蹴っても彼女の足が届く範囲。簡単にパスを出させてくれそうにない。

 美紗はというと、全く動いていない。「一人で頑張って」という考えが理紗へと伝わってくる感じがした。

 薄情だと思う。


(迷っとる場合やあらへん)


 考えているうちにどんどん苦しくなる。理紗がボールに触ることができるのは残り一回。

 キックフェイントなりボールを浮かしたパスなりしないといけな――


「え、えいっ」


 左側から藍那が足を伸ばしてボールに触れようとしてきた。理紗はとっさに右足のアウトサイドでボールに触れ、回避してしまう。


「しまっ」

「ラッキー」


 笑みを浮かべたのはみさき。理紗の元から離れたボールを難なく取る。


「理紗、鬼交代ねー」

「……油断しとったわ。敵は味方にもいるとは思わなかったわ」


 理紗はそう言って美紗を睨む。睨まれた美紗はそっぽを向いて口笛を吹いた。

 理紗は呆れて何も言えなくなった。


「はぁ、続けようか」

「そうね……藍那も大丈夫?」


 うつむいている藍那に千佳が尋ねる。

 しかし彼女には千佳の声が届いていないようだった。何か考えているらしく、返事がない。

 千佳は藍那の肩を叩く。彼女はビクッと肩を震わせ、千佳のほうを向いた。


「……えっ、あっ、だ、大丈夫だよ!」

「考え事?」

「うん。やっぱりボールを蹴ることは楽しいなぁって」

「そう。じゃあ、とりかごを続けるわよ」

「うんっ」


 藍那は大きくうなずき笑みを浮かべた。

一章は完結です

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