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楽しいサッカークラブのつくり方  作者: カミサキハル
【第四章】暫定指導者とサッカークラブ
52/55

顔上げて、周り見て

「ナイッシュー、藍那ちゃんー」


 ゴールにボールが吸い込まれたことを確認して、みさきが称賛する。

 藍那はみさきに手を振ってこたえると、ゴールを通過したボールを追いかける。


「いいポジショニングだったわね」


 ひと時の休憩。由依がみさきに声をかける。


「ゴールから斜めの場所でのシュートは、中学のときもよく見かけたわ」

「状況によるけどー、右利きにとってはシュートしやすい位置だからねー」

「そうなの?」

「正面からシュートを打つよりゴールが大きく見えるからねー。さっきのシュート練習で感じなかったー?」

「そう?」


 ミニゲーム前にやったシュート練習。

 最初はゴール正面からの練習だったが、途中から角度のある場所からのものに変わった。


「あー、由依ちゃんは顔を上げていなかったねー」

「うるさい」


 ボールばかり見て、ゴールやキーパーの位置を確認せずにシュートをしていたことを指摘され、由依は頬を染める。


「ゴールから斜め四十五度ぐらいかな。実戦だとキーパーがニアサイドに構えるからー、ファーサイドが大きく見えるんだよー」

「へぇ」

「まあ、藍那ちゃんはそこまで考えていないと思うけどねー」


 フリーという絶好のチャンス。普通は状況が良すぎて戸惑う。

 それなのにダイレクトで正確にシュート。難なく決めてしまっていた。

 初心者だから絶好のチャンスということにはっきりと理解しておらず、緊張しなかったのだろうとみさきは考えていた。


「話していないで、集中しなさい」


 敵味方で会話をしていることに気づいた佳央梨が注意する。

 二人は顔を見合わせ、美紗のゴールキックに準備をするためその場から離れる。


(顔を上げる、か)


 駆け足で自陣に戻る途中、由依はみさきに指摘された言葉が頭の中で反芻していた。これからサッカーを続けていくのなら、改善していかなければならないことだと彼女は理解している。


(改善しないと、大嶋さんに追い抜かれそうだわ)


 出会って数日。今日の基礎練習もそうだが藍那の成長は著しい。中学時代にボールを蹴っていたというアドバンテージもすぐになくなってしまう。


 技術を競っているわけではないが、傍らで成長する人を見ると内心慌てざるを得ない。


「由依」


 美紗がパスをするために手招きをする。由依は彼女の指示に従い近くまで行く。


「あまり、駆け回らないでね?」


 美紗は由依にパスを出しながら話しかける。


「どういうこと?」


 話の続きを聞くために由依はリターンパスをする。


「前線からプレスをかけなくていいってこと」

「それじゃあ、ボールを取ることができないじゃない」

「プレスをかける相手を絞るのよ。あの三人からボールを取るなら、狙いどころは理紗のところ。もしくは湊さん」

「湊さんから取るのは難しいわよ」

「そう。だから……」


 そう言って美紗は耳打ちする。


「狙うのは理紗よ。由依は湊さんへのパスコースを遮りながら、理紗にプレスをかけて」

「うん、わかった」

「千佳に守備をするときは湊さんへのパスコースを遮るよう伝えてくれる?」

「……うん」


 一瞬の間のあと由依はうなずき、千佳のほうへと行く。由依は千佳に二言三言話し、美紗からボールを受け取るために右サイドへと広がった位置にポジショニングする。


(なんだかなぁ)


 今の由依と千佳のやり取り。美紗はため息を吐く。中学時代のしこりが残っていることは知っているし、先日の三対三をする前に言葉上では仲直りもしている。

 ただ簡単には修復できない事柄だとは思っている。


(由依が一方的に抵抗感を持っているようだけど……日にち薬かなぁ)


 時間の経過で解決させるしかない。


 美紗はパスを出す相手を探す。コートの左側で千佳がボールを要求していた。彼女の背後には藍那がいたが、ボールをすぐに取られることはないだろう。

 美紗はそう判断し、彼女に向けてパスを出す。次いでパスの選択肢を増やすために位置取りをし直す。


 千佳は全員のポジションを確認し、ワンタッチで中央にいる佳央梨へパスを出す。そして彼女自身は藍那の背後を狙って縦に走る。


「あっ」


 背を向けていた千佳がパスを出すのと同時に反転、ダッシュしたことに藍那は虚を突かれた。

 藍那は慌てて千佳を追いかける。


「藍那ちゃんー、ボール見てー」


 みさきが藍那に指示を出す。駆けながら藍那は首を振ってボールの所在を見る。

 千佳からのパスを受けた佳央梨は千佳へパスを出さず、美紗へボールを戻していた。

 そのプレーを見て藍那は走るスピードを落とす。


「指示を出すから、守備の動きを感じてねー」

「わ、わかった」

「まずはー、ボールを見ながら、千佳ちゃんをマークしてねー」

「うん」

「理紗ちゃん、由依ちゃんのマークはボールが出てからねー。湊さんをマークしてー」

「りょうかいや」


 後方から眺めながら、的確に指示を出すみさき。

 そんなみさきを見て、美紗は小さく舌打ちをする。


 誰がキープレーヤーなのか理解している。


 千佳と佳央梨をマークされたら、攻撃を構築できない。

 どう打開するべきか、美紗は考える。


(どうにもならないわね)


 千佳に視線を送り、手前にものを引っ張る仕草をする。これは「自陣に引いてきて」という仕草で、美紗が引っ越し前に所属していたチームで使っていたジェスチャーだった。

 千佳に伝わるかどうか分からないことにジェスチャーした後に気づいたが無事に伝わり、千佳は自陣に戻る。


「藍那ちゃんー、千佳ちゃんを追わなくていいよー」


 みさきが藍那に声をかけ、由依のマークに変えるよう指示を出す。その指示に従い藍那が動く。

 千佳へのマークがなくなると美紗は彼女へボールを渡した。攻める手がない二人はパス交換を続ける。


「千佳、湊さんと攻撃を組み立ててくれる?」


 そのパス交換の間、美紗は話しかけた。


「パスコースがないのよね?」

「ええ。千佳と湊さんがパスで崩して、攻めることが一番効率的かな」

「それもいいけど……右サイドへのフィードもいいかも」


 右サイドには由依がいる。彼女は会話をしている千佳と美紗をじっと眺めていた。

 その彼女の前にはぽっかりと空いたスペースがある。

 藍那のマークの仕方も甘い。


「それ、いいわね」

「じゃあ……」


 千佳はまず佳央梨を見た。二人の意図を感じた佳央梨は、そっと理紗を引き連れながら左寄りのポジションへと立ち位置を変える。

 次にみさきを見る。彼女は二人のカバーをするためか、ゴール前から動いていない。


(好都合ね)


 美紗へのパスを止め、千佳は前を向く。そして由依の位置をもう一度見て、足を振り上げる。


「由依っ」


 名前を呼び、足を振り下ろす。右サイドのコーナーに向けて、逆回転のかかったフィードボールを蹴った。


「っ、走る身にもなりなさいよっ」


 千佳のパスは不意打ちだった。思わず愚痴を漏らした由依だったが、全力でボールが飛ぶ方向へ走る。


「と、届かないっ」


 ヘディングをしようとしていた藍那が目測を誤った。後ろに下がりながら必死にジャンプをするが、届かずに後ろへ転倒する。

 ボールは藍那の背後で二回バウンドし、勢いが削がれる。しかしボールの勢いは完全には止まらない。


 放っておけばそのままゴールラインを割る。

 由依はそのボールをあきらめずに追いかけていた。


(届いて……!)


 ボールを保持できれば、ゴールを狙えるチャンス。由依は右足を必死に伸ばす。


「……よしっ」


 指先にボールが触れた。少しだけ勢いが弱まる。由依はラインから出ないようにボールを上から押さえつけ、完全に勢いを止めた。

 ギリギリゴールラインの手前。由依はゴールのほうを向き、ドリブルを開始する。


 しかし彼女の前に立ちはだかるのはみさき。抜いてシュートを決めることに、由依は自信がなかった。

 無理にでもドリブル突破をしようと顔を下げようとした由依だったか、対峙しているみさきの言葉を思い出す。


 勇気をもって顔を上げる。みさきが目の前にいることは分かっている。

 さらに視野を広げ、周囲の状況を確認する。佳央梨がゴール前に走りこむ姿が見えた。


(湊さんなら……)


 シュートしてくれる。そう考えた瞬間、由依は足が動いた。インサイドで丁寧に、しかし強めのパスを佳央梨へ送る。


 佳央梨はパスされたボールに向かって走る。理紗がディフェンスするために追いかけてきている姿が視界の端に見えた。


(位置的に……左からね)


 佳央梨とゴールの間に体を寄せるようとしている。ゴールと相手の間に体を入れるという守備は正しい方法だ。


「先生!」


 右側から声がした。佳央梨は振り向き、千佳が近づきながらボールを渡すよう手を広げていた。

 佳央梨はボールを右足のアウトサイドでボールに触れ、千佳へのマイナスのパスになるよう軌道を変える。そして彼女自身はボールに触れた後、その場を走り抜ける。理紗は佳央梨がボールに触れたのが見えていたが、急に方向を変えて千佳に向かうことができない。


「ふっ!」


 短く息を吐くとともに、千佳はボールに足を合わせ、ゴールにボールを流し込んだ。

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