三人と双子
駅前のスタダから自転車で十五分。町を流れる吉川のほとり。そこには雑草が生い茂ったグラウンドと古びたゴールが一つあった。
千佳がグラウンドに到着したときにはみさきがすでに到着していた。みさきは千佳を見つけると大きく手を振る。
「二番目は千佳ちゃんかー」
「……みさき、あなたいつ着替えたの?」
準備運動をしていたみさきに千佳は尋ねる。
みさきの家は駅と吉川の間にはない。
吉川のグラウンドから考えると「千佳の家、藍那の家、敷瀬駅、みさきの家」の順番で離れていく。
千佳は家で運動着に着替えてきたが、みさきの場合はおかしい。
千佳よりも早くグラウンドに到着し、そしてジャージ姿。
「スタダを出てすぐの手洗いでだよー」
みさきはしゃあしゃあと答える。
「ジャージは失敗したなぁ。自転車を漕いだら汗だくになったよー」
「恥ずかしくないの?」
「全然ー」
「全く……」
千佳は呆れて何も言えない。短く息を吐くと、肩から下げていたエナメルバッグを地面におろし、スパイクに履き替える。
「藍那を待つ?」
「そうだねー。来るまでストレッチかなー」
「分かったわ」
地面に座りストレッチを始めるみさきを横目に、千佳は家から持ってきた丸いコーンを並べていく。
真っ直ぐ等間隔に並べ終えるとみさきの隣に座り、一緒にストレッチをする。
「ドリブルの練習?」
「最近の日課なのよ。みさきもする?」
「足元のテクニックが欲しいからしようかなー。藍那ちゃんにも教えてあげないとねー」
「分かっているわ」
クラブを作りたいと言った張本人の藍那はサッカー初心者だ。ドリブルどころかボールを蹴ることも覚束ない。
基本的な練習をして経験を積まさないと、と千佳は感じていた。
「そういえば、千佳ちゃんは中学ではどこのポジションやっていたの?」
しばらくしてふと思い出したようにみさきは尋ねる。出会ってからしばらく経っているけど、今まで聞くことはしてこなかった。
「ミッドフィルダーよ。主にトップ下ね。みさきは?」
「ゴールキーパー」
「……男子の中学サッカー部で?」
「その言い方、ひどいなぁ」
微妙な間を開けた回答にみさきは苦笑する。
「ビッグセーブ連発だったんだからー」
「はいはい」
「信用ないなぁ。今日はグローブを持ってきていないから、今度シュート練習すれば目を疑うと思うよ」
どれだけ自信があるのかしら、と千佳は内心思う。
一方で千佳はシュートに関して自信があった。練習したらすべてのシュートを決めようと心に誓う。
「それはともかく、初心者の藍那ちゃんは、どこのポジションが適正だと思う?」
「さぁ? さすがにミニゲームや試合で動きを見ないと分からないわ」
分かるはずがない。千佳と藍那がボールを蹴ったのは数回しかない。その数回も基本的なボールの蹴り方、ドリブルの仕方を教えただけだった。
藍那は初心者だから、まずは様々なポジションを経験させて、彼女自身がしっくりくるポジションをやらせたほうがいい。
「あたしの直感はフォワードだって言ってるよー」
「根拠は?」
「なしー」
みさきの答えに千佳は大きく息を吐く。返事をすることも面倒くさかったので、彼女は黙ったまま長い髪を後ろで束ね、立ち上がる。
右足でボールをすくい、足の甲に載せる。そのままボールを落とさずに左右に足を揺らし、最後に上に蹴り上げる。
その落ちてくるボールを今度は左足の甲に弾ませることなくピタッと乗せた。
「お見事ー。やっぱり上手いねぇ」
「練習すればできるようになるわ」
「んー、あたしは左足でリフティングできる気がしないなぁ」
「お、遅くなりましたぁ!」
ドリブルの練習でもしようかと千佳がボールを転がしていると、息も絶え絶えに叫ぶ声がした。声の方を向くと、藍那が川岸からグラウンドへ下りる階段を駆けていた。
家に一旦帰り、着替えてきた彼女もジャージ姿だった。片手には真新しいサッカーボールが抱えられている。
「これでそろったねー。さっそくボール蹴るー?」
「う、うん。でもその前に紹介したい人が……」
「だれー? 彼氏ー?」
「ち、ちがうよぉ」
全力で否定して、川岸を指差す。みさきと千佳は指差す方向を見るとそこに二人の少女がグラウンドにいる三人を眺めていた。
見た目は同じ。瓜二つの顔立ち。髪の長さはショートとロングで異なること以外、違う点は見られなかった。
着ている市販のジャージもお揃いのものだった。
「双子?」
確認するように千佳が聞く。
「このゴールデンウィークに引っ越してきたんだって」
「へぇ」
「……それであの子達も混ぜて欲しいって」
「おー、それはいいね」
こっちにおいでー、と声をかけながらみさきは手を振る。それを見た双子は一度顔を見合わせたあと、グラウンドに下りる。
「まずは自己紹介からやな……はじめまして! うちは岸本理紗。気軽に理紗って呼び捨てで呼んでな!」
ショートヘアの少女――理紗が元気よく挨拶をする。
「おー関西弁」
独特のイントネーションにみさきが目を丸くした。
「先週のゴールデンウイークに関西から引っ越してきたんや」
「それはご苦労なことで―」
「ほんと苦労したわー。高校最初の長期休みが引っ越しに追われるなんて、信じられへん」
「じゃあ、まだどこにも行ったことがない?」
「親戚がおるから何度かこの町に来たことはあるけど……知らへん場所が多いな」
「だったら今度の週末に駅周辺を案内してあげるよ」
「そりゃ助かるわ」
「みさき、初対面よね?」
あまりにもテンポの良い会話に千佳は無理矢理割って入る。
とんとん拍子に会話を進めているが、話が脱線している。
「そうだよー。でも波長が合う気がして」
「ほどほどにしなさい」
「はーい。あたしは川内みさきですー。私立の西寺学園にの一年ですー」
千佳の指摘に素直に従い、自己紹介するみさき。その自己紹介に反応したのは理紗だった。
「お、うちらも今日から西寺学園に通っとるんや。しかも同じ一年やで」
「じゃあ、明日一緒に昼御飯食べようよー」
「ええよ。確か中庭に……どした、美紗?」
「自己紹介の途中でしょ。終わったら交代」
「おお、悪い」
「えっと……理紗が迷惑をかけています。私は理紗の双子の妹、岸本美紗。同じく関西から引っ越してきました」
ロングヘアの少女――美紗がお辞儀をする。
「美紗は関西弁じゃないんだ」
「理紗を見ていると、話す気がなくなりました」
「初耳やぞ、それ」
「だって初めて言ったもん」
「……これは家に帰ってから話を聞かんとあかんな」
今すぐにでも聞きたそうな理紗の表情。だけど自己紹介の途中なのでぐっとこらえる。
「それで、皆さんのお名前はなんでしょうか?」
「私は本郷千佳。私立吉川高校一年」
「あ、改めて、わたしは公立東山高校一年の大嶋藍那です!」
各々自分の名前を言い終える。
「へぇ、みんな別々の高校なんや」
出身校を聞いた理紗は首をかしげた。
異なる高校の三人が集まるなんて珍しい。去年まで三人が中学校が一緒だったから、学校終わりにボールでも蹴ろうということになったのだろうか。
それだと矛盾していると理紗は感じた。みさきと千佳はスパイクの汚れや手入れからして、サッカーをこれまでやってきたということは分かる。だけどグラウンドに連れてきてくれた藍那はジャージや手に持っているボール、スパイクもどれもが真新しい。
違和感をぬぐえない。
「サッカークラブの体験会未遂のときに出会ったんだー」
「体験会未遂?」
「わたしたち、解散したクラブの体験会に参加しようとしていたの」
藍那が簡単に経緯を説明する。説明を終えると、理紗が大きく首を縦に振った。
「難儀なことやなぁ」
「それで、三人でサッカークラブを作ろうとしているの?」
「そうです。でも今はまだ人数集めに精一杯で……」
「よし、美紗! この新生クラブに入るぞ!」
美紗の背中を叩きながら大声で言う。
「理紗、痛いよ……でも、どうして?」
「ここならまた、楽しくサッカーができると感じたからや!」
「また直感で動く……」
呆れている口調だったが、美紗も不満はないようだった。