大嶋藍那は上手くなりたい
「あ、あのっ、わたしがシュートを上手く決めるコツはありますかっ」
由依がシュートを決めたことで即座に反応したのは藍那だった。
水上を真剣な眼差しで見つめている。
「あー大嶋さんの場合は、ゴールに向かって蹴ることを意識したほうがいいよ」
「……吉野さんとは違うコツなんですけど」
「まー、落ち着いて」
頬を膨らませ詰め寄る藍那を水上はなだめる。
「まずはみんなに教えてもらったことを意識してシュートをすることが大切だよ」
「教えてもらったこと……」
「本郷さんが言っていたこと」
全力で正確に打つ。
藍那の頭に千佳が言った言葉が浮かんだ。
軸足の指先をシュートをする方向に向けることと、体を反らさないようにすること。
「でも吉野さんには軸足の方向とは反対にシュートをするように言っていませんでした?」
「川内さんのセービングする癖が見えたからね」
「わたしも同じことをしても入りますか?」
「うーん」
どうしてもゴールを決めたい藍那。しかしそんな彼女に水上は悩む。
(大嶋さんに今必要なのは「ゴールに向けて打つ」ことなんだよなぁ)
まずは正確にゴールへボールを届かせることが大切。
基礎練習でボールを蹴ることができても、ゴールまでボールが飛ぶかどうかは別の話だ。
軸足の方向とは反対へボールを蹴ることやループシュートなど、小細工をすることはゴールへボールが届くようになってからの話。
「まずは思いっきり蹴ってみたらどーや?」
どう答えようか悩んでいると、ボールを拾い終えて戻ってきていた理紗が話に入ってきた。
「ペナルティーエリアの外からのシュートって難しいんやで」
「そ、そうなの?」
「力加減を考えないとどこかにボールが飛んでいってしまうし、弱く蹴るとボールはゴールに届かないし」
意外と距離があるんやと理紗は言う。
「藍那ちゃんはまだ、ゴールに向かってシュートをしたことはないんよな?」
「う、うん」
「せやったら、まずはゴールを決めるより、ゴールへボールを届かせることを考えたらいいと思うわ」
「……わかった」
静かにうなずく藍那。理紗の言うことに不満があるような雰囲気。そんな彼女を理紗と水上は見つめ、二人は視線を交錯させる。
すると理紗が「あとは任せた」とでも言うように肩をすくめた。
「そうだな。岸本……理紗の言う通り、まずはゴールに向かって全力でシュートをしてみて」
「……はい」
「まあ、しいて言うなら、ゴールの正面に向かってじゃなくってサイドネットを狙うようにしてみて」
「サイドネット、ですか?」
「キーパーに反応されても一番届きにくいコースだからね。本郷さんのシュートみたいにするって言えないいかな」
「なるほど」
藍那は腕を組んで考え込む。どうやら頭の中でシミュレートしているようだ。
「大嶋さん」
「あっ、はい?」
「実際にやってみたほうが早いと思うよ」
そう言って水上は藍那にボールを渡す。彼女はボールを受け取るとゴールへと体を向けた。
視線の先には佳央梨が手を振っている。
「大嶋さん、強いバスをよろしくー」
「……はいっ」
大きくうなずき、一度深呼吸をする。そして前を見据えると、佳央梨に向けて強くボールを蹴りだした。
(大嶋さんはなんだかんだ言って、基礎はできているんだよね)
転がるボールを見て佳央梨は思う。これまでサッカーをしたことがない、と誰もが言っているが彼女は基本的なキックやトラップはできている。
ミニゲームも一度だけしたことがあると千佳からは聞いている。だから動くボールを蹴ることも少しはできるのだろう。
(私がどれだけ大嶋さんに合わせることができるかが大切ね)
藍那が上手くシュートができるようにするためには、ボールを落とす佳央梨の技術も必要となる。
ただ単にボールを落とすだけではない。
どれだけ相手が簡単に気持ちよくシュートをすることができる場所にボールを落とすことができるのか。
要は足を振りぬくだけでいい場所にボールを転がすことが大切なのだ。
佳央梨は思考を巡らせながら藍那の走る方向を確認。そして彼女が走る勢いが殺されない場所――マイナスの角度――にボールを蹴る。
藍那は転がるボールをしっかりと見て、ボールの横に軸足を置く。そして「はっ」と短く息を吐くとともにインステップの形に足を固め、思い切り振りぬいた。
「――あっ」
しかし藍那はボールに足を当てることはできたが、正確に合わせることができず、甲の外側――アウトサイド寄りに当たった。
低い弾道でボールは大きく曲がり、ゴールから離れていく。
「まーそうなっちゃうか」
そばで見ていた佳央梨はつぶやく。
力強いシュートをする場合、インステップで足を振りぬく。そうなると足とボールが接する面はインサイドキックと比べて狭くなる。
狭くなるとどうなるか。
(ボールを正確に蹴ることが難しくなるよね)
当然といえば当然のこと。
ちゃんとボールを見て蹴ろうとしても合わせることは難しい。
正確にボールを蹴ることができるようにするためには一瞬の間に「ボールの転がる先を予測する」「どの位置で足を合わせるのか」「ゴールのどこを狙うのか」を考えないといけないから、どれか一つでも迷ってしまうとサッカー経験者でも失敗する。
藍那の場合は「ボールの転がる先を予測する」ことが足りていなかったのだと佳央梨は考えていた。
(インフロントキックができるようになれば楽になると思うけど)
インフロントキックができれば斜めに転がるボールを蹴ることはインステップキックよりも簡単になるはず。
ただ今の藍那にとってそのキックをすることは難しいだろう。
「大嶋さん」
「っはいっ」
シュートに失敗し、棒立ちになっていた藍那に佳央梨は声をかける。藍那は緊張した面持ちで佳央梨を見ている。
どこか合否を言われる学生のような……
(ああ、そうか)
そういえば藍那と面と向かって話すことは初めてだった。
緊張しないで、と言っても逆効果になるから言い直すことはしない。佳央梨は一度咳払いをして、口を開く。
「インステップで蹴るときは足の甲の内側で蹴ることを意識してみて」
「内側、ですか?」
「もっと言えば親指と足首を結ぶ骨」
インステップで蹴るために足を伸ばすと親指から膝、ひいては太ももまでが一直線になる。そのためその箇所で蹴ることができれば、必然的に真っ直ぐボールが飛ぶ。
ただそこにピンポイントで当てるためには経験が必要。
地面の形状も毎回異なるし、転がるボールスピードも違う。
頭で考えても仕方がないことなのだ。
「何度も練習をして足のどこに当たったらどう飛ぶのか、経験したほうが早いよ」
「……でも、それだとみんなの迷惑になりませんか?」
不安気な表情で藍那は佳央梨を見る。
彼女は練習で失敗することでみんなの練習を邪魔してしまうと考えていたらしい。だから頭で考えて、次は失敗しないようにしようとしていたのだ。
彼女の顔を見て佳央梨は思わず笑ってしまった。
その考え方はサッカーが上達して、相手の練習に付き合っているときにする考えだ。
藍那が考えるにはまだまだ早すぎる。
「迷惑? フフッ、そんなことありえないわ」
「そうでしょうか?」
「だって練習よ。練習で失敗を繰り返して、上手くなっていくんだから」
練習でたくさん失敗する。その失敗が糧となり上達していくのだ。
「大嶋さんはもっと失敗しなさい」




