シュートとは
ボールを足元に置き、理紗はゴールを見る。ゴール前ではみさきがキーパーグローブを身に着け、準備をしていた。
「みさきー、いけるかー?」
「もーちょっと待ってー」
手首のマジックテープを調整し、ゴールポストの傍らに置いた水でグローブを濡らす。そして理紗のほうへ片手を上げた。
「オッケーだよー」
「よしっ」
理紗はみさきから視線を外し、佳央梨を見る。佳央梨は「いつでもどうぞ」と言うように両手を広げてボールを要求した。
下手なシュートを見せられないと理紗は思いつつ、佳央梨に向かってボールを蹴る。蹴ると同時に彼女は右へと走る。
佳央梨は理紗の動きを確認し、彼女が蹴りやすい場所へとボールを落とす。
「っしゃあ!」
大きい声を上げつつ理紗は思い切りシュートを放つ。
しかし、そのボールは大きな弧を描いて、ゴールの上を通過した。
理紗は頭を抱え、天を仰ぐ。
「枠内に打ってよー。ラグビーじゃないんだから、ゴールの上を狙っても得点にならないよー」
「悪いって」
ゴール前で構えていたみさきが文句を言う。不満を言われた理紗はしかめっ面になる。
大きく外したボールはゴール裏を転々と転がっていた。理紗は駆け足でボールを追いかける。
「……先陣を切ったのはいいけど、見事に外したわね」
理紗のシュートを彼女の背後から見ていた千佳がつぶやく。最初にやりたいと言うぐらいだから、シュートに自信があるのかと思っていた彼女だったが、期待が外れた。
「理紗はやりたいことはすぐに行動するからね。結果が伴わないことが多いけど」
「それって後先考えてないだけなんじゃ……」
肩をすくめながら言った美紗の言葉に由依はため息交じりでぼやく。
「シュート自体も「全力で足を振りぬく」ことしか考えていなかったようだし」
「体が反っていたわね」
「それに無理矢理右足で蹴ろうとしていたわ」
「えっと……」
それぞれが理紗のシュートに採点をしている中、藍那が声をかける。三人は目を合わせて、藍那に説明を始めた。
「ゴールを決めるためにはどうしたらいいかは分かるわよね?」
「うん。ゴールの中にボールをいれればいいんだよね。理紗ちゃんは丁寧に狙えばよかったのかな?」
「蹴る力が弱かったらキーパーに止められる可能性があるでしょ。だから全力で蹴ったんだと思う」
「あ、そっか」
なるほど、と何度もうなずく藍那。
「難しいけど「全力で正確に打つ」ことがベストよ」
「ど、どうしたらいいの?」
難易度が高い。そう感じ不安になった藍那は三人に尋ねる。
すると由依と美紗が千佳を見た。彼女たちも自分自身のシュートが上手だとは思っていなかった。
三人の視線を受けた千佳は頬を掻く。
「シュートする方向に軸足を向けて、体を反らさないように気を……ああ」
どうして、と言うように藍那が首をかしげているのが見えた。
説明を一度にしようとしたことが駄目だったらしい。千佳はどう説明しようかと考え、思いを巡らせる。
「まずは軸足」
「う、うん」
「軸足の指先をシュートを打ちたい方向に向けるの。そうすればボールが自然とその方向へ飛んでいくわ」
「パスと同じかな?」
「パスだけじゃなくて、さっきの基礎練習も同じ」
言われて藍那は基礎練習の動きを思い返す。千佳が言っていた通り、軸足は水上の方向へ向いていたときに上手くボールを蹴ることができていた。
「どれも「蹴る」動作なんだから、基本は同じよ」
「あ、そっか」
「それで、次の「体を反らさない」ことだけど、これはボールを浮かさないようにするため」
「浮かさない?」
「言い換えれば、理紗のようにボールをゴールから大きく外さないようにするの」
「わかった」
「ねえ、千佳はゴールのどこを狙っているの?」
美紗が質問をする。
「それはキーパーの位置によるわ」
どこを狙うのかは、そのときの状況による。千佳はシュートを打つ直前、キーパーの立ち位置を確認してコースを決めていた。
「キーパーの位置、ね」
「できる限りキーパーの遠い場所を狙うかな」
「なるほどね」
美紗は納得して首を縦に振る。そしてゴールのほうを向いた。
「じゃあ、千佳の言葉を意識してシュートしてみるわ」
「失敗しても私のせいにしないでね」
「理紗みたいなシュートをしたくないだけ」
そう言うと美紗は佳央梨へとボールを蹴り、シュート練習に向かう。
しかし、彼女のシュートは大きく外れることはなかったが枠外のものとなってしまった。
美紗も理紗と同じように天を仰ぐ。
「教えたところで、すぐにシュートが上手くできるわけがないわよね……」
「言われた通り、すぐにできる人なんて、そうそういないよ」
高校生の会話を見守っていた水上が、千佳のつぶやいた言葉に答える。
「一朝一夕でできたら、練習なんていらないし」
もっともなことを言う水上。千佳はうなずいて口を開く。
「水上さんでしたら、どう教えますか?」
「本郷さんと同じ」
「そうですか」
「シュートだけじゃなくてパスも練習を続けること」
経験を積み重ねることが大切と水上は言い、ゴール裏へ駆けている美紗を見つめる。
「さて、次は本郷さんかな」
「はい」
「手本を見せてあげて」
「……プレッシャーかけないでください」
余計なことを言うと千佳は思いつつ、ボールを転がす。
シュート練習に集中するため一度深呼吸し、ゴールを見据える。みさきと目が合う。目が合った彼女は不敵な笑みを浮かべた。
(そういえば)
ふと一昨日のことを思い出す。練習後美紗をディフェンダー、みさきをキーパーとして勝負した出来事。
あの時は美紗にシュートコースを限定され、ほとんど決めることができなかった。
加えて美紗のプレッシャーに苛立ち、冷静になることができなかったことも原因。
反省すべき点は理解している。
(それに今回はフリーだし、決めるわ)
そう心に決め、みさきに笑みを返す。




