真剣に
「藍那ちゃん、真剣にやってるねー」
藍那を見てみさきは呟く。
上手くなるために相手を観察し、自分自身のものに取り込もうとする真摯な態度の人を間近で見たのは久しぶりだった。
「川内さんも真面目にしなさい」
由依はボーッと藍那を見ていたみさきを注意する。
「私たちの練習はまだ終わっていないんだから、早くやらないと」
「次何だっけー?」
「……胸トラップよ」
「りょーかい」
ばっちこーい、と野球での掛け声を出し、構えるみさき。由依はジト目になり、黙ったままボールを投げる。みさきはそのボールを少し屈みながらトラップした。
「っと、由依ちゃん、ボールが低いよー」
「ごめんね」
簡単に謝ると今度は少し高めのボールを投げた。さっきとは異なりジャンプしてボールを受け止める。
「もーちゃんとボール投げてよー」
「指示を出さないからよ」
「じゃあー、あたしがジャンプしなくていい、ちょうどいい高さのボールを正確に投げてー」
「それは練習の効果があまりないでしょ」
今度は直線的な速いボールを投げる。みさきは思わずそのボールをキャッチしてしまった。
「はやいってー」
「……やる気あるの?」
いつもと変わらない口調に由依は苛立ちを隠すことができなかった。厳しい口調にさすがにみさきも気づき、ボールを抱えて由依をジッと見る。
「どーしたの?」
「水上さんが来ているのよ」
由依は思っていたことを口にする。
「もしかしたら指導者になるかもしれないのに、真剣にすることはできないの?」
真剣に練習をして、いいところを見せたい。そうすれば好印象を持って指導者になってくれるかもしれない。
そう由依は考えていた。
「そう言ってもさー」
ボールを地面に弾ませ、みさきは言葉を返す。
「いつも通りのあたしたちを見せたほうがいいじゃん。水上さんが来ているから真剣にするなんて、あたしは違うと思うしー」
それにー、と言葉を続けながら、由依へをボールを投げ返す。
「あたしなりに真剣にやっているよー。水上さんがいなかったら、すぐにミニゲームでもやりたいしー」
「……ごめん」
「まー、あたしは気にしていないからいいけどねー」
本音で話し合えたほうがいいからねーと付け加え、みさきはボールを投げるよう要求する。
由依は短く息を吐き、山なりのボールをみさきの胸元へと投げた。
みさきはそのボールを胸に当て、落下するのに合わせて足のインサイド当て由依へと返す。
「んー、それでもー」
「なに?」
「そんなに真剣にやっていないように見えるかなー?」
「……まずはその口調ね」
練習を行いつつ、会話を続ける。
「「かなー」や「だよねー」の語尾を伸ばす口調が、真剣さが伝わらないわ」
「これはー、あたしのトレードマークなのでー」
「自分で言うのね……」
「まー、試合とかでスイッチが入ったら消えるから安心してー」
「はいはい」
「あ、これで十回終わったねー」
今度はみさきが由依の胸元へボールを投げる。数回実施し、由依はボールを投げさせるのを止め、首をかしげた。
「胸トラップってコツはあるの?」
「どうしてー?」
「上手くできたって実感がないのよ」
中学時代、由依は男子サッカー部で一緒に練習をしていたが、上手くできていたとは感じていなかった。
思う通りに胸トラップが上手くいかず、彼女が蹴りたい場所にボールを持っていくことができない。
「個人的な感覚だけどー、胸で少し弾ませるのかなー」
「弾ませる?」
「太もものトラップと同じだよー。胸だからって、やることが変わるわけじゃないからねー」
「なるほどね……川内さん、もう一度投げてくれる?」
「はいよー」
練習を再開する。先ほどとは違い、トラップの仕方を意識する。
(弾ませる。太もものときと同じ……)
思考をめぐらせ、体を動かす。練習することで弾まし方はなんとなくだが分かってきた。
ぎこちなくだがトラップができるようになり、心に余裕ができる。
そして次にするべきことを考える。
それは彼女がどこで、ボールを蹴るのか。
これは蹴る位置を先に決めて、逆算してトラップをすればいい。
(と言うより……)
どこかで聞いた覚えがある言葉。記憶を遡り、さっきまで藍那と美紗が話していた内容だと気づく。
「やっぱりしっかりした経験は大切よね」
「どーしたのー?」
「なんでもないわ。それより続けてくれる?」
「でもー、もう十回は終わっちゃったよー」
「……もう少しでコツをつかみそうなの。続けさせて」
「わかったー」
嫌がる素振りを見せず、みさきは由依に付き合う。中途半端に練習を中断させ、モチベーションを下げさせるような野暮なことはしない。
基礎練習は重要なこと。何かをつかみかけているとは継続して練習をしたほうがいい。
淡々と十回、トラップの練習をし、由依は満足したようにうなずいた。
「なんとなく分かったわ」
「そだねー。最初よりは全然よくなっているよー」
「ありがとう。じゃあ、次は……」
「ヘディングだねー」
みさきが言うと、由依は顔をしかめた。
「私、ヘディングは嫌いなのよね」
「嫌いなんだー」
「だって痛いじゃない」
「そーおー?」
一度首をかしげ、みさきはボールを上に投げる。そして落下するボールに頭を合わせポンポン、とヘディングだけでリフティングを始める。
「……器用ね」
「ボールをよく見て、正確に当てればできるようになるよー」
十五回ほど続けたあとリフティングを止め、みさきはボールを手に持つ。
そしてなぜか彼女は笑みを浮かべた。
「嫌がらないで、真剣にやろーねー」
「分かってるわよ」




