イメージするだけで
「大嶋さん、もう一度いくよ」
水上は違和感を確認するためにボールを投げる。藍那は右足に向けて投げられたボールをしっかりと見据え、水上へ返す。
そのボールは彼の胸元の高さにまで上がっていたが、彼から見て少し左にずれた。続いて彼は左足に対して投げる。今回も右足と同様胸元までの高さ。そしてボールは右にずれている。
まるで左右対称なボールの軌道。
偶然かと思い、そのまま投げることを続ける。すると今度は左右両方とも彼の胸元にボールが届いた。
驚いて藍那を見ると、彼女は上手くいったことがうれしかったのか、小さくガッツポーズをしている。
「ねぇ」
「はいっ、何でしょうか?」
「インサイドキックの練習はまだ二回残っているから、続けるよ」
「はいっ」
笑みを浮かべてうなずく藍那。そんな彼女に水上はボールを投げ、対して彼女はインサイドキックを難なくこなす。
(へぇ)
片足だけキックが上手くなることは多々あるが、ここまで左右バランスよく上達する人を水上は見たことがなかった。
「大嶋さん。蹴る時に何か考えていた?」
「水上さんが理紗ちゃんに言っていた「ボールがどこに当たっているのか」を考えて蹴りました」
「右足と左足の蹴り方が左右対称だってことは気づいていた?」
彼がそう言うと藍那は首をかしげた。彼女は対称になっていたことに気が付いていなかったらしい。
「普通なら岸本姉みたいに右足しかうまく蹴ることができないんだ。大嶋さんみたいに左右バランスよく蹴ることができるのは珍しいよ」
「……あ」
藍那は何か思い当たる節があったのか声を上げる。
「もしかしたら、イメトレかもしれません」
「イメトレ?」
「は、はい。昔、友達がやっていたことを聞いたことがあったので……」
「それをやってみた、と?」
「はい」
大きくうなずく藍那。水上はそんな彼女に感心する。
イメトレをそのまま実践へ即時反映させることは誰にも到底真似をすることができない。
藍那の言う「友達」もそうだが、彼女自身も相当なポテンシャルを持っているように水上は感じた。
(初心者で変な癖がついていないから、バランスよく蹴ることができているのかも)
そんな考えが水上の頭の中に浮かぶ。
とりあえずは基本的なプレーに対する吸収力は高そうに思った。
「じゃあ、次にいこうか」
「わ、わかりました……次はインステップキック、ですよね?」
「そう。どこで蹴る?」
尋ねると藍那は自身の足の甲を指さす。水上は「正解」とうなずく。
「足の甲は平べったくないから、ちゃんとミートさせて蹴ってね」
「まずは右足」と水上は言い、インステップキックの練習を始める。
藍那はインサイドキックの時と同じようにボールが飛んでくる場所をしっかりと確認し、右足の甲に当てた。
しかし――
「あっ」
当たり所が悪かったらしく、ボールは大きく横に逸れてしまった。隣で基礎練習していたみさきが転がるボールに気付づき、足の甲に乗せるとそのままボールを浮かせ、手に取る。
「藍那ちゃん。インステップで蹴るときもインサイドと同じだよー」
「同じ?」
「基本的にはねー。ボールの中心を蹴るんだー」
手に取ったボールで足の甲を使ったリフティングするみさき。ポンポン、とボールを蹴る音が響く。
「ボールの中心を蹴ることができたら良い音がしてー、真っ直ぐに飛ぶよー」
「そうなんだ」
「そうなんだって……」
呆れた声が漏れたのは水上だった。先ほどのインサイドキックが上手くできたことは偶然になってしまう。
偶然だったら藍那の「イメトレ」の説明と矛盾する気が……
「イメトレで思い浮かべていたことをもう一度教えてくれる?」
「友達が蹴っていた動作を頭に浮かべて蹴りました」
「それだとボールを当てる足の場所は分からないでしょ?」
「それは……」
藍那が答えることができないのを見て「やっぱり」と水上は思う。
理論で考えることよりも直感を重視したプレー。
いわゆる自身の感覚を大切にしたやり方。
こういう人には蹴り方の理論を教えても理解することに時間がかかる。基本的な蹴り方を見せて、あとは何度も練習して感覚を体に覚え込ませることが一番の方法。
水上はそう考えている。
「練習すれば上手くなるから、どんどんやろう」
「は、はい」
左足へ投げる。すると右足の時とは反対方向にボールが飛んだ。
水上は予測していたので反応することができ、移動してボールを受け止める。
「ご、ごめんなさ」
「謝らなくていいよ。どんどんやろう」
「……はいっ」
右左右……と練習を続ける。藍那のキックは目に見えて上達し、最後には彼の胸元へ正確に届いた。
少ない回数の中で、イメージ通りのキックが彼女の中でできたようだ。
「想像以上だな」
ポツリとつぶやく。インサイドキックだけではなく、インステップキックも上手くなるとは思っていもいなかった。
あとはプレッシャーがある状態でもきちんと蹴ることができるかどうか。
(見たところ、緊張しがちな気がするからな……)
藍那の口調や動きを見る限り、プレッシャーには弱そうだった。試合中だと「勝負どころ」でミスをしそうな感じ。
(実際に試合をしないと分からないけどな)
「おーおー、ちゃんと指導者やってるねー」
先に基礎練習を終えていた佳央梨がニヤニヤと笑みを浮かべ水上に言う。
「代理と言えど、やるからにはしっかりと教えるさ」
「じゃあ先生ー、次は何をしたら良いですか?」
手を挙げて質問する佳央梨。
「終わったのか?」
「インサイド、インステップ、トラップは全部やったわ」
「じゃあ、二人でリフティング。ただし……」
水上は二人に言いながら、地面に大小二つの円を描く。
「円から出ずにタッチは二回まで」
「円の大きさが違うけど?」
「湊は小さいほうな」
「なんでよ?」
「おまえのほうが、上手いからだよ。それとも自身の高校の生徒を不利にさせるのか?」
「……分かったわよ」
不承不承にうなずき、佳央梨は円の中に入る。千佳も佳央梨に続いて大きいほうの円の中に立った。
「何をするんですか?」
「二人でリフティング。リフティングは分かるよね?」
「えっと……ボールを地面に落とさずに蹴り続けることですよね?」
「そう。それを二回までのタッチに限定して、二人でやるんだ」
足でするバレーボールだねと水上は言い、思いついたように手を叩いた。
「そうだ。トラップの練習をする前に二人の動きを見ようか。足のどこに当てているのか実際に見て、自身がする時のイメージをしてみて」
「は、はい」
水上の言葉に藍那は首を縦に振り、二人をじっと見る。




