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楽しいサッカークラブのつくり方  作者: カミサキハル
【第四章】暫定指導者とサッカークラブ
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基礎練習

「まずは基礎練習をしよう」


 スパイクに履き替えストレッチ、ランニングをした後、水上が提案する。その提案に六人はうなずく。


「ボールはある?」

「全員持ってきているから、六個あるよー」

「了解。じゃあ、ボールは一つで二人一組になって……あ、大嶋さんは俺と組になって。どれくらいボールを蹴ることができるのか見せて」

「は、はい」

「でもそれだと、一人余りますけど……」


 由依が言うと、水上はグラウンドの外のベンチを見る。


「湊」

「なにー」


 ベンチには吉川高校の先生が腰かけていた。彼女は自分の高校に戻ることはせず、練習を見守っている。


「本郷さんの相手をしてくれ」

「えー」

「その格好をしているということは、ボールを蹴りたいんだろ?」

「まぁね」


 ベンチから立ち上がり、屈伸を数回して手を挙げる。


「本郷さん、ボール」

「あ、はい」


 声をかけられボールを千佳はボールを蹴る。湊、と呼ばれた吉川高校の先生は転がってくるボールを足のインサイドに軽く当て、浮かせると胸トラップ、そして数回リフティングしてキャッチする。


「……あの人誰ー?」

吉川高校(私の高校)の先生よ」

「絶対サッカーをしているよね?」


 何気ない動作だったが、それはサッカー経験者ではないとできない動きだった。


「ああ、あいつは吉川高校の先生――(みなと)佳央梨(かおり)だ。元県選抜だよ」


 六人は一斉に佳央梨のほうを向く。


「県の、元選抜?」

「まあ、本気でサッカーをしたのは高校まで。大学はサークルに入っていたけど」

「初耳です」


 一番驚いていたのは千佳だった。

 身近にそんな人がいたなんて思いもよらなかった。

 千佳は佳央梨を改めて見る。彼女は困った表情をして頬を掻いていた。


「昔のことよ」

「だな。それに最近は運動もロクにしていなくて、ただの飲んだぐはっ」

「うちの生徒がいる前で何を言おうとしたのかな?」


 額に青筋を立てた佳央梨が蹴った鋭いボールが水上の顔にぶつかり、彼は後ろへと倒れる。

 一瞬の出来事に高校生六人は目が点になった。


「ボールを人に向けてけるなって教わらなかったのか?」


 水上はボールをぶつけられた箇所をさすり、すぐに立ち上がる。


「忘れたわ」

「ちっ」


 舌打ちをして水上は佳央梨から視線を外す。


「だ、大丈夫ですか?」

「慣れているから」

「な、慣れたら駄目なことだと思いますけど……」


 心配する藍那に水上は「大丈夫」と言い、ボールを手に持ち彼女と二メートルほどの距離を取って立つ。


「さて、気を取り直して。岸本姉妹、だったよね?」


 双子で組になっている理紗と美紗に声をかける。


「何でしょうか?」

「これから二人組で何するか分かる?」

「キックやトラップの練習ですよね?」

「そう。大嶋さんのためにも手本を見せてくれる?」

「わかりました」


 岸本姉妹は藍那たちと同じように距離を取る。そして美紗はボールを手に持っていた。


「まずは何からすればええんや?」

「インサイドキックを交互に十回。ボールは相手の胸に返して」

「了解や」


 ポンポン、と軽くジャンプして理紗が構える。準備ができた姉を見て、美紗は彼女の右足へ向かってボールを投げる。

 理紗は足踏みして飛んでくるボールにタイミングを合わせる。


「よっ」


 短く息を吐くのと同時に美紗へボールを蹴る。直線的に飛んだボールは美紗の胸元に向かい、彼女は難なくキャッチした。次いで彼女は左足に向けてボールを投げる。理紗は右足と同じように蹴り返す。


「……あー、すまん」

「ちゃんとしてよねー」


 左足で蹴ったボールはあらぬ方向へ飛んでいってしまっていた。美紗は文句を言いながら、ボールを取りに行く。


「……生粋の右利き?」


 左足の蹴りを見て、水上はつぶやく。理紗のキックは左右で正確性が異なっていたことに彼は目を丸くしていた。


「苦手なのは理解しとる」

「極端だな」

「それも理解しとる」


 言い訳もせず、理紗は答える。


「練習してもあんまり上手くならへんのや」

「そうだな……とりあえず、左右の足でどこにボールが当たっているのか意識して蹴ってみたらいいよ」

「意識?」

「右足が上手くいって、左足がそうじゃないのは蹴っている場所が悪いからかな。まずはどこに当たっているのか確認してみて」

「りょうかいや」


 何度か左足で蹴るふりをして理紗は意識を高める。水上はそんな彼女を見た後、藍那のほうを向く。


「さて、湊のほうは言わなくても大丈夫だよな?」

「インサイド、インステップ、トラップの順で問題ない?」

「ああ」

「わかったわ。本郷さん、やりましょうか」

「はい、お願いします!」


 藍那と水上の隣で千佳たちが練習を始める。


「じゃあ、大嶋さんもやろうか」

「は、はい」


 藍那は背筋を伸ばし、大声で返事をする。


「蹴り方は大丈夫だよね?」

「はい」

「じゃあ、右足から」


 そう言うと水上は藍那の右足に対してボールを投げる。藍那はそのボールを目で追いかけ、右足を当てる。

 しかし藍那が蹴ったボールは地面を転がる。


「す、すみませんっ」

「大丈夫だよ」


 ボールを拾い上げながら、水上が答える。初心者だということは確かなようだ。

 そして同時にボールが転がった原因を考える。

 二メートルという距離で転がってしまっているということは、足にちゃんと当たっていないか、キックの力が弱いから。


(大嶋さんの場合は……両方かな?)


 どちらかと言えば後者だと彼は思った。彼女の右足がボールに当たった瞬間、右足は反動で後ろに下がっていた。

 下がったということは投げたボールの勢いに負けてしまっているということ。

 蹴るための筋力が足りていないか、蹴り方が悪くてボールへ力が上手く伝わっていないか。


(習うより慣れよ、だな)

「俺の胸元に向かってボールを蹴る意識をして。ボールがどこか飛んでいってしまってもいいから、力強く蹴っていいよ」

「は、はいっ」

「じゃあ、今度は左足」


 ボールを左足に向かって投げる。こちらも右足と同様鈍い音がしてボールが転がる。

 続けて右足へとボールを投げた。今度は力を入れて蹴ったためか、水上の頭上へが飛んだ。彼は慌てずにジャンプし、ボールをキャッチする。


「ご、ごめんなさい……」

「毎回謝らなくていいよ。練習に集中して」


 水上に言われ、藍那はこくりと頭を縦に振る。やる気に満ちた目の藍那。水上は自然と笑みがこぼれる。


(やる気があることはいいことだな)


 そう思いながらボールを左足に向けて投げる。藍那はしっかりとボールを見て水上へと蹴り返す。

 蹴ったボールは水上の頭上に飛ぶ。彼は再度ジャンプしボールをキャッチした。


「ん?」


 水上の頭の中に疑問符が浮かぶ。これまで左右合計で四回藍那はボールを蹴っている。

 どこかに違和感があった。


「ど、どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」


 考えても分からない違和感。

 その正体を確認するためにも藍那にボールを蹴ってもらうしかない。

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