初めまして
第三章での新しい登場人物ですが、本章以降の地の文では下記に統一します。
湊佳央梨→佳央梨
水上拓海→水上
「暑い……」
河川敷のグラウンド。由依が滴る汗を拭い、ぼやく。
季節は夏にどんどん向かっている。昼間が暑いのは当然のことで、河川敷のように日陰がない場所いるとなおさらだ。
(早く来すぎたかしら)
昨日、作成したグループトーク「サッカー連絡用(仮)」に投稿された千佳のトーク。それに従って河川敷に来たのだが、由依が一番乗りだった。
そもそも今日は土曜日。理紗たちの西寺学園、千佳の吉川高校は午前は授業がある。
授業を終え着替えることを考えたら、午後一時頃の時間は早いのかもしれない。
時間を持て余してしまった由依はグループトークに「河川敷にいるよ」と投稿するが、誰からも返信はない。
ただ既読にした人数は全員分あるから、見ていることは確かだ。
(はぁ)
暑い中突っ立っていることも馬鹿らしくなり、ランニングでもしようと由依は靴をスパイクに履き替える。
「あの……本郷さんの知り合い?」
靴を履き替え走ろうとしていた矢先、声をかけられた。
見るとタイヤの太いマウンテンバイクを両手で押し、エナメルバッグを肩から下げた男性がいた。
本来なら声をかけられても無視をすることが当然の行為。だけど発せられた言葉の中に千佳の名前があった。
警戒しつつ由依は口を開く。
「……誰ですか?」
「ああ、俺は水上拓海。本郷さんに依頼されてチームを見に来たんだ」
「依頼?」
「指導者の依頼。暫定だけど」
よろしく、とジャージ姿の男性――水上は頭を下げる。つられて由依も頭を下げた。
「暫定の指導者、ですか?」
「そ。資格もちゃんと持っているよ」
ポケットから指導者ライセンス証を取り出し、由依に見せる。
指導者ライセンス証は選手証と同じくらい、名刺の大きさだった。色と書いている内容が多少異なるだけで、ほとんど変わらなかった。
「どこかで指導をしていたのですか?」
「三月まで他のクラブで……」
「おーい、何しているのー?」
水上が話している途中、割り込むように大きな声が聞こえた。声のした方角を見ると土手の上を歩くみさきたち――西寺学園の三人がいた。
由依は彼女たちに手招きをする。
「誰や、この人?」
「水上さん。サッカー指導者よ。本郷さんの知り合い」
「おー?」
由依の紹介にみさきが興味を持つ。
「水上さんー、はじめましてー」
「初めまして」
「彼女いますかー?」
「初対面にする話じゃないやろ」
「いたっ」
パシッと理紗に頭を叩かれるみさき。みさきはたたらを踏み、叩かれた箇所をさすりながら理紗を見る。理紗も手をブラブラさせながらみさきを見返す。
「元気だな。俺は暑くて死にそうになっているのに」
「それは、五月なのに長袖の黒いジャージを着ているからだと思いますけど」
美紗の指摘され、水上は自分自身の格好を確認する。そして彼は苦笑した。
「だから暑いのか」
「……こんな人が指導者なの?」
ルーズな男性に美紗は不信感を募らせる。
「研究室にこもっていたんだ。そこは大目に見てくれ」
「大学の人ー?」
「ああ、敷瀬大学の院生だ」
「指導者って、大学生がなれるものなんですかー?」
「制限があるのは、年齢だけだよ」
首をかしげるみさきに水上が答える。
「受講年度の四月時点で満十八歳ならD級とC級は受けることができるよ」
「水上さんの資格は?」
「俺はC級だよ」
由依に見せたライセンス証を改めて取り出して見せる。
「どこかで指導者をしていたんですか?」
「……三月まで別のチームで、ね」
「もしかして「敷瀬GSC」の元指導者?」
歯切れの悪い口調に由依が気づく。すると水上はうなずいた。
「ああ。人数が少なくなったからな」
「解散時は何人だったんですか?」
「五人。加えてキーパーはいない」
「あー」
中学時代、人数がギリギリのサッカー部のマネージャだった由依は同情の声を上げる。
「それは無理ですね……」
「だろ……っと、それは言い訳になるか」
「解散をもー少し遅くしてくれれば、あたしがキーパーとして入ったのになー」
両手を頭の後ろにまわし、ぼやくみさき。
「すまない…それで本郷さんを除いて全員なのか?」
「えっとねー……あの離れた場所にいる人を含めたら、そだよー」
みさきが水上の後方を指差す。そこにはエナメルバッグを背負った少女がいた。
「大嶋さん、こっちに来て」
「! うんっ」
由依に声をかけられ、小走りで駆け寄る。
「え、えっと……この人は?」
「水上さん。敷瀬GSCの元指導者で、本郷さんの知り合いだそうよ」
「は、はじめまして。わたし、大嶋藍那です」
自己紹介をして、頭を下げる藍那。それを見た由依たち女子メンバは顔を見合わせる。
「そういや、自己紹介をしてなかったな。うちは岸本理紗や」
「私は岸本美紗です。理紗の双子の妹です」
「あたしはー、川内みさきー」
「吉野由依です」
「じゃあ、改めて。俺は水上拓海。指導者代理だ」
会釈し、お互いの名前を覚える。
「みんなサッカー経験者?」
尋ねると手を挙げたのは理紗と美紗、そしてみさきの三人。藍那と由依は「初心者です」と水上に話す。
「吉野さん、あなたは初心者ではないよね?」
「初心者よ」
「どこがや。中学時代はサッカー部マネージャ兼プレイヤーやったんやろ?」
「そうよ」
「ボールの蹴り方を知っていたらー、初心者じゃないかなー」
「……もう」
西寺学園の三人に言われ、由依はしぶしぶと手を挙げる。
水上は手を挙げなかった藍那のほうを向き口を開く。
「大嶋さんだっけ? 今までサッカーに触れたことはある?」
「え、えっと……試合を観たことがあります」
「プロサッカー?」
「い、いえ。お友達の試合、です」
「なるほど。サッカーを全く知らない、というわけじゃないんだ」
「は、はい。高校からサッカーをやってみたくて……」
自信なさげに言う藍那。それを見た水上は微笑む。
「やってみたいと思うことは悪くないよ。その友達はここにはいないの?」
「三月に県外に引っ越しちゃいました」
「そうなんだ」
かなり特殊な経歴だ、と水上は感じた。普通なら友達に誘われて、一緒にクラブチームや部活に入ることがほどんどだ。
初心者だけが一人で行動し、クラブチームに入ろうとすることは珍しい。
(理由を聞くなんて野暮なことはしないけどな)
「やっほー、水上君」
水上は土手の上を見る。車が停まっていて、運転席から女性が手を振っていた。
「……湊?」
「本郷さんを連れてきたよー」
助手席から千佳が降り、水上に向かって頭を下げる。
これで全員かな、と水上はつぶやく。
「じゃあ、練習を始めようか」