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楽しいサッカークラブのつくり方  作者: カミサキハル
【第三章】それぞれの日常
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本郷千佳の放課後

 放課後。昼休みと同様、湊先生に職員室に呼ばれ、半ば強引に彼女の運転する車に乗せられた。

 車は市内から外れた場所へと向かっている。学校を出た直後、どこに行くのかを尋ねたが、黙って笑顔を向けられただけで答えてくれなかった。


「……先生。放課後は仕事が残っているのではないのですか?」


 一般道から国道に合流し、しばらくしてから千佳は言う。湊先生は千佳を一瞬見たが、すぐに視線を前へ向ける。


「今は部活の顧問もしていないし、時間には余裕があるわ。それに……」

「それに?」

「元女子サッカー部顧問として、できることはしてあげないとね」

「はぁ」


 ため息が漏れる。今の千佳は怒りが沸々と沸いてくることを堪えながら、ドアフレームに肘をかけ窓の外を眺める。

 彼女は放課後、男子サッカー部で練習に参加する予定だった。しかしそれは湊先生が勝手に休む連絡を入れていた。


 今日の予定をすべて狂わされているのだ。少しは教えてくれてもいいのでは、と思ってしまう。


「ここら辺のはずだけど……あ、あった」


 国道からはすぐに降りて、近くの住宅街の中を進む。そして五階建てマンションの前の道に車を停めた。

 二人は車から降り、マンションの入口に立つ。そばにあった郵便ポストに貼られている部屋番号と名前を確認し、湊先生はインターホンを鳴らした。


『……はい』


 しばらくしてインターホン越しから眠たそうな男性の声が聞こえた。


「やっほー。生きてる?」

『……帰ってくれ』


 来訪者の声を聞き、あからさまに不機嫌になっていた。それでもお構いなしに湊先生は会話を続ける。


「今、時間あるでしょ?」

『研究で二徹してたんだ。寝かせてくれ』

「女子サッカークラブの話なんだけど」


 沈黙。


『……下りるから、待ってろ』

「女子高生もいるから、ちゃんとした服装で来てね」


 返答はなく、インターホンが切れる。

 (はた)からやり取りを見ていた千佳は口を開く。


「彼氏ですか?」

「な、なんでそうなるかな?」


 不意に尋ねられ、動揺する湊先生。千佳は唇を片方だけ上げ、笑みを作る。


「え、違うのですか?」

「ただの大学の同期よ」

「それにしては、顔が赤いですけど。もしかして、す」

「一学期の英語の評価、最低にするわよ?」

「それは職権乱用じゃ……」


 キッと睨まれ、千佳は肩をすくめた。これ以上この話を続けたら、余計なリスクを負う。

 触らぬ神に祟りなし。そんな言葉が彼女の頭に浮かぶ。


「でも、本当に誰ですか? サッカー関係者なのは分かりますけど」

「三月にクラブを解散させた張本人」


 湊先生の言葉に千佳は目を見開く。


「……敷瀬(しきせ)GSCの元指導者?」

「新しいクラブを作るなら、指導者は必要でしょ?」


 湊先生の言葉に千佳はうなずく。以前みさきも言っていたが、指導者は必要な存在だ。


「ライセンスを持っていて、時間がある人は彼ぐらいだと思うし」

「ライセンス?」

「選手証――審判のライセンスのほうが近いかな――と同じ。指導者も資格は必要なの」

「だったら先生も持っているのでは?」


 去年まで部活の顧問をしていたのだ。湊先生がライセンスを持っていないはずがなく、それに新しいクラブを指導してくれれば千佳にとってはありがたかった。

 高校で知っている人だし、藍那たちに説明もしやすい。


 だけど湊先生は首を横に振った。


「部活ならできるけど、複数の学校をまたぐクラブになると難しいわ」

「そうですか……」

「ごめんね」


 千佳に対して頭を下げる。


「……なにしてんだ、湊?」


 湊先生が頭を下げたタイミングでマンションの入口が開き、ジーパンにTシャツ姿の男性が出てきた。

 ラフな格好。髪はぼさぼさだった。

 寝ていたというのは確かなことなのだろう。

 必要最低限、人前に立つことができる格好だと千佳は思った。


「あ、水上君。お久しぶり」

「久しぶりでもないだろ。先週、同期飲みをしたばっかりだし」


 大きな欠伸をする男性。


「で、女子サッカークラブの話って?」

「その前に自己紹介」


 湊先生は千佳の両肩に手を添えて、男性の前に立たせる。


「吉川高校の本郷千佳です」

「あ、どうも。敷瀬大学の院生の水上(みずかみ)拓海(たくみ)です」


 お互いに会釈をする。水上と名乗った男性は千佳の肩から提げているエナメルバッグを見る。


「サッカーをしているのか?」

「はい。今は男子サッカー部で練習しています」

「体格差があって大変だろ?」

「はい」

「……それで、俺を訪ねてきた理由は?」

「……えっと」

「それは私から説明するわ」


 言いづらそうにしていた千佳の代わりに湊先生が口を開く。そしてなぜか胸を張り、水上を指差す。


「水上君、新しいクラブの指導者になりなさい」


 いきなりの命令に水上は目を丸くした。


「湊がやればいいだろ。今は部活の顧問もしていないんだから」

「残念。私は学校の生徒を面倒を見なければならないので」

「俺も研究がある」

「仕事人の私よりは時間があるでしょ?」


 言い合い、睨み合う二人。挟まれている千佳はオロオロと二人の顔を相互に見る。


「あの……」

「……高校生の前で情けないわね」

「そうだな。で、本郷さんだっけ?」

「はい」

「その新しいクラブについて教えてくれる? 湊のおかげで状況がよく分からない」

「あ、はい」


 促されて千佳はクラブ創設の経緯を説明する。説明を終えると水上は大きく息を吐いた。


「確かに俺は資格持っているから、指導をすることはできる」

「じゃあ……」

「すまないが、すぐになることはできない」


 水上は期待に目を輝かせた千佳の言葉を遮り、彼女をじっと見据える。


「これから二つの質問をするから、考えて答えてくれ」

「……はい」

「何のためにサッカークラブを作る? そしてクラブを作って何を目指す?」

「えっと……」


 二つの質問を投げられ、千佳は視線を下に向け、考える。


(何のために?)


 それはサッカーをするためだ。一生懸命にサッカーができる場所の確保。

 だけど目指すこととはなんだろう?


 大会に出場して優勝?


 それは夢のまた夢だ。


「……考えさせてください」


 おずおずと言う千佳。そんな彼女を見て、水上は短く息を吐いた。


「すぐに口先だけで答えたら断ろうと思ったけど、そうじゃないんだな」

「……私だけで決めることではないので」

「そう。みんなと話し合って、決めたらいいよ。俺は待っているから」


 千佳の答えを聞いて、水上は大きくうなずく。


「けどまぁ……答えが出るまでの間、練習は見に行ってもいいかな」


 しゅん、とうなだれている千佳に心苦しくなった水上は言う。


「別にサッカーが嫌いな訳じゃないし、手伝って上げるよ」

「あ、ありがとうございます!」

「明日は土曜日で時間はあるけど、皆の時間はどう?」

「あ、確認してみます」


 千佳の顔に笑みが戻り、喜々とスマートフォンを操作する。


「よかったわね、本郷さん。指導者が決まって」


 傍らで見ていた湊先生が水上に対して拍手をし「就任おめでとー」と祝福する。


「え、まだ決まっていないと思いますけど……」

「そうだ。まだ決まっていない」

「ほぼ決まりでしょ? 練習を一度でも見たら指導者って言うし」

「そんな言葉聞いたことないぞ」

「それに水上君はと……むぐっ」

「ちょっとこっちに来ようか……本郷さんは待ってて」

「あ、はい」


 湊先生の口をふさぎ、腕を引っ張ってきょとんとしている千佳から離れる。

 彼女に声が届かない場所まで移動し、水上は湊先生を解放する。


「ぷはっ。いきなりなにするのよ」

「さっき何を言おうとした?」

「年下好き」

「……ほとんど一周違う年齢は対象外だ」

「否定はしないんだ」


 水上は黙って湊先生の頭を小突く。


「いったいなぁ」

「恋愛感情なんか持っていたら、過去に敷瀬(しきせ)GSCの指導者を引き継いでいない」

「ロリコンではない、と」


 無言で睨みもう一度、しかし強めに頭を叩く。


「だから、痛いって」

「身から出た錆だ……それより謀っただろ、おまえ」

「……なんのこと?」


 とぼけた笑顔を浮かべる湊先生。すると水上は目を細めた。


「俺が断ることができないことを知ってて、訪ねてきただろ?」

「まぁね」


 否定せず、すぐにうなずく。


「水上君はクラブを解散させたことを後悔していると感じたからね」

「おまえに何が分かるんだよ?」

「先輩から受け継いだクラブを一年で解散させちゃったんだし」

「……」


 凄みを利かせて言うが、湊先生は臆することがなかった。

 逆にじっと睨み返す。


「前向きに考えなさいな」

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