ユニフォーム案
「み、見せないといけない?」
由依が目を輝かせているのを見て、藍那はたじろぐ。
「デザインに着になるところがあったら、アドバイスできるかも」
彼女の言葉は嘘ではないが、建前だった。アドバイスをすることが目的ではなく、純粋に藍那が描いたユニフォームデザインを見てみたかったのだ。
「うう……」
藍那は葛藤する。サッカー経験のある由依に教えてもらったほうがいいデザインになるかもしれない。
だけど由依の本音が見え隠れする言葉に、どこか素直にデザインを見せることが恥ずかしさを感じる。
何回か「うー」と唸り、観念したかのように藍那はスマートフォンを取り出し写真を漁る。
「……こ、これ」
「どれどれ?」
由依は画面に映し出された写真を見る。
藍那の描いたユニフォームは、右脇のから左の腰回りにかけて斜めに曲線で分けられているデザインだった。その分かれている箇所にそれぞれ「ピンク」「水色」と文字が書かれている。
襟は描かれておらず、全体的にシンプルなデザイン。由依は頭の中で色が塗られたユニフォームを着ている自身のイメージをする。
悪くはない。
「大嶋さんはどうしてこのデザインにしたの?」
「色々なサッカーチームのユニフォームを見て、斜めに色分けされているデザインがいいなぁって」
参考にしたユニフォームがあるのと言い、藍那は別の写真を見せる。
その写真は敷瀬市をホームタウンにするプロサッカークラブのユニフォームだった。
グラデーションラインが作り出しているサッシュデザイン。色の変化に富むそのユニフォームは、一目でかっこいいと感じるものだった。
「色まで真似すると、ダメかなって思って色はピンクと水色の二色で分けてみたの」
「まぁ、この色合いは私たちには似合わないかもね」
結成して間もない、高校生がサッカークラブのユニフォームにするには少し色合いが濃いと由依は感じた。
ユニフォームの色合いが濃く、かっこよく見えるとどうしても強豪チームに見えてしまうことがある。着こなすためにはそれ相応の実力がないといけない。
それに色合いやデザインを似せるとそのクラブチームの下部組織だと思われたり、真似をしたとして、いい印象にはならないとも由依は思う。
藍那とは違う観点だが、由依も「ピンク色」と「水色」を併せたユニフォームの色合いにすることは問題ないと思っていた。
女子サッカークラブ向きの色合いだ。
「一回、みんなに見せれば?」
「だけど……」
納得していない表情。その顔を見て、由依も思案する。
(そうだ)
おもむろに由依は自身のスマートフォンを取り出す。そして画面を操作して藍那に見せた。
「このグラデーションはどう?」
「……わぁ」
スマートフォンを覗いた藍那は感嘆の声を上げる。
由依が見せた画面は藍那が見ていたプロサッカークラブとは別のサイトだった。「ユニフォーム紹介」とページの先頭に書かれていて、中央には二種類のユニフォームが表示されていた。
「これって、桜の花びら?」
まじまじと藍那は画面を覗き込む。由依に見せてもらったユニフォームは淡いピンク色をベースとした単色のデザイン。
ただ単純にピンク一色でデザインされているわけではなく、白いラインで桜の紋様が描かれている。
一目で綺麗だ、と藍那は感じた。
「シンプルなデザインだけど、こういうものもあるわ」
「そっか」
「大嶋さんのデザインにかけ合わせるのもいいけど、とりあえず今日の放課後にみんなに聞いてみましょ」
これはあくまでも私の意見だからねと由依は言い、空になっていた弁当箱を片づける。
「デザインの話はこれで終わりにして」
「うん」
「少しユニフォームに関するルールをお話ししましょうか」
「えっ、ユニフォームにルールがあるの?」
目を丸くする。前回は試合のコートの大きさだったり、各ポジションについて教えてもらった。
「あるわよ。細かいことが多いけどね」
「教えてっ」
藍那は前のめりになりながら、由依に顔を近づける。急に顔を近づけられた由依はドキッとしたが深呼吸し、藍那の肩を押してベンチに座らせる。
「そうね、まずは試合で必ず身につけなければならないもの……分かるわよね?」
「えっと、ユニフォームだよね?」
「そう。細かく分けると、シャツとショーツ、そしてソックスになるわ」
指を一本立てて由依は説明を始める。
「まずはシャツ。これは袖が必要」
「バスケットボールのユニフォームみたいなのはダメってこと?」
「ええ。あとは審判が着用するシャツの色と被らないようにしなければならないわ」
「審判……黒色?」
藍那の回答に由依は笑みを浮かべる。
「審判の服装の色は基本黒で統一。ただシャツは他の色も認められているわ」
例えば黄色や水色ね、と由依は言う。
「見たこと……あるかも?」
「たまにプロサッカーの試合で見たことがあるかもね。競技者――プレイヤーと明確に区別できる色だったら構わないし」
「へぇ」
「っと、さっそく脱線したわね。話を戻して続けるわよ」
「うん」
「次にショーツ……これは特に規則はないわね。なのでソックスの規則」
二本、三本と由依は続けて指を立てる。
「ソックスは普通に履くだけなら問題ないわ。ただし、ソックスの上にテーピングする場合はソックスと同じ色にしなければならないの」
「テーピングって、あの白い布テープを巻くこと?」
「布かどうかは分からないけど、大半は白色かな」
他に肌色のテーピングテープがある。伸縮性のあるものだが、サッカーではあまり使われない。
(あまり肌色のソックスなんて見かけないわね)
色々なサッカークラブのユニフォームを脳裏に浮かんだが、肌色のソックスのチームは思いつかなかった。
「だったら、白色のソックスがいいのかな?」
「そのほうが無難ね」
「わかった」
スマートフォンを取り出しメモ帳を起動すると、教えてもらった内容を書き込んでいく。
書き終えると「次はなにがあるの?」と聞きたげな表情を由依に向けた。
由依は思案顔になり、教えるべきルールを考える。
「そうだ、インナー」
「インナー?」
「略さずに言うとインナーシャツ――ユニフォームの下に着る服のこと」
大抵の人はインナーって省略して呼んでいるわ、と由依は付け足す。
「どんな服なの?」
「そうね……」
写真を見せたほうがイメージしやすいと思い、メーカーのショッピングサイトを検索し藍那に見せる。
「カラフルだね」
由依が見せたサイトは様々な色のインナーシャツが一覧として表示されていた。藍那はそのサイトをまじまじと見る。
シャツは体つきがはっきりと出る、フィット感を重視した形状。単に着るためのものではないことは藍那もすぐに気づいた。
「インナーは体温調節やパフォーマンスの向上を図るの」
「パフォーマンスの向上?」
「筋肉に圧をかけて血流を促したり、筋肉のブレを抑えて疲労を軽減させるのよ」
「そうなんだ」
「メリットが多いから、夏は半袖、冬は長袖のインナーを着ていることが多いかな」
そう言われて藍那は千佳の服装を思い出す。練習時に着ていた体操着の下、袖口から体に密着した紺色の服が見え隠れしていた。
あれがインナーシャツだったのだろう。
「その、インナーにもルールがあるの?」
「ユニフォームと同色にする必要はないけど、チームで同じ色にする必要があるわ」
最近変更のあった規則だ。これまでは袖の主たる色と同色にしなければならなかったのだが、その必要がなくなったのだ。
簡単に言えばインナーもユニフォームの一部。
「一人だけが違う色にすることはできないってこと……まあ長袖のユニフォームに着るならインナーは見えないし、そこまで考えることはないかもしれないけど」
「よかった」
デザイン変えることになったら一大事だった。「はぁ~」と安堵の息を吐く藍那。
「不安にさせるつもりはなかったのだけど、ルールだから一応頭の隅っこにでも置いといて」
「ううん。ありがとう。吉野さん」
藍那は由依に笑顔を向ける。その笑顔を見て由依は教えがいがあるわ、と改めて思った。
今回の小説の内容を競技規則から抜粋
・基本的な用具
競技者が身につけなければならない基本的な用具は次のものであり、それぞれに個別のものである:
○袖のあるシャツ
○ショーツ
○ソックス – テープまたはその他の材質のものを貼り付ける、または外部に着用する場合、それは着用する、または覆う部分のソックスの色と同じものでなければならない。
○すね当て – 適切な材質でできていて、それ相応に保護することができ、ソックスで覆われていなければならない。
○靴
・色
○両チームは、お互いに、また審判員と区別できる色の服装を着用しなければならない。
○それぞれのゴールキーパーは、他の競技者、審判員と区別できる色の服装を着用しなければならない。
○両チームのゴールキーパーのシャツが同色で、両者が他のシャツと着替えることができない場合、主審は競技を始めることを認める。
アンダーシャツは、次のものとする:
○シャツの各袖の主たる色と同じ色で、1色とする。(※19/20規則まで)
または、
○シャツの各袖とまったく同じ色の柄にする(※19/20規則まで)
アンダーショーツおよびタイツは、ショーツの主たる色、または、ショーツの裾の部分と同じ色でなければならない。(※19/20規則まで)
同一チームの競技者が着用する場合、同色のものとする。
--2021/2/8 追記--
20/21の規則より変更。
アンダーシャツについてルールが緩和され、袖と同色である必要がなくなりました。
例えば袖の主たる色が「赤色」でアンダーシャツが「黒色」でも、「チームで統一して黒色」ならば問題ありません。
アンダーショーツについても同様となります。




