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楽しいサッカークラブのつくり方  作者: カミサキハル
【第二章】双子の従姉妹
26/55

得点

「とにかく、ここからフリーキックで再開だねー」


 藍那が転倒した場所にみさきがボールを置く。


「早く始めよーかー」

「させないよ」


 みさきの意図を察した美紗は彼女の前に立つ。彼女は周囲を確認し千佳へのパスコースを塞いでいた。


「リスタートはさせないわ」

「ちぇー」


 邪魔をされたみさきは口を尖らせて不満げな表情をする。美紗は彼女の行動に注意しながら理紗と由依を下がらせる。

 美紗の慎重な行動にみさきは速攻を諦める。そしてパスをもらうために彼女の後方に移動した千佳へボールを渡す。

 藍那はというとみさきのそばで突っ立っていた。


「藍那ちゃん」


 みさきは藍那の耳元で囁く。


「なに?」

「由依ちゃんのほうへ移動してー」

「どうして?」

「まー、いたら分かるよー。たぶんボールが回ってくるからー」


 みさきの頭の中には明確な根拠はない。ただそうすれば何かが起きる、と感じていた。


「ボールがある場所につられて動き回らないでねー。ボールから離れた場所にいることを意識してー」

「が、頑張る」


 大きくうなずき、敵陣へ駆けていく藍那。みさきは笑みを浮かべ、自陣の真ん中のほうへと下がる。


「千佳ちゃんはまだまだ余裕あるよねー?」

「当然」

「じゃあさっきの目標を目指して、頑張ってー」

「……フォローはしなさいよ」


 千佳は気の抜けたみさきの言葉に言い返しながら、ボールを返す。


(ふぅ)


 ボールを受け取ったみさきは深呼吸し、気持ちを入れ直した。

 彼女はこのミニゲームでの目標を頭に浮かべる。

 最終的な目標は、藍那に得点を決めてもらうこと。そのことに変わりはない。千佳も同じことを考えているはずだった。


 目標を達成するためにはみさきと千佳がどれだけ頑張るのかが重要だった。二人で相手の三人――少なくとも二人――を引き付け、藍那がいかに楽になるのかが大切。


(一肌脱ぎますかー)


 みさきに一番近くにいる相手は理紗。みさきは理紗に向かってドリブルを開始した。理紗は突進してきた彼女に対して、抜かれないよう腰を落として構える。

 みさきは理紗にボールを取られない間合いを確認してスピードを落とす。改めて顔を上げ、周囲の状況を確認。


 彼女の右前方に千佳、左前方に藍那がいた。それぞれ由依と美紗が二人の近くにいる。藍那は由依に付きっきりのマークをされていたが、千佳は美紗に強くマークされていない。


(なるほどねー)


 美紗は千佳にパスが出された瞬間にプレスをかけることを狙っている、とみさきは推測した。そうすることで仮に藍那へパスが出て由依がディフェンスに失敗したとしても、美紗はそれをカバーすることができる。

 みさきはマークの甘い千佳へボールを蹴る。体格が良く相手に背中を預けてボールをキープするならまだしも、藍那にそのプレーを期待することはできなかった。

 しっかりとマークされていない千佳へのパスを選択するのは必然なこと。


「っ!」


 ボールを受け取った千佳は背中に強い衝撃を受ける。横目で見るとパスが出た瞬間に美紗が彼女にプレスをかけてきていた。千佳は右足でボールをキープしながら、倒れないように左半身を使って押し返す。


 倒れないように対応をしたせい彼女は前を向くことができない。加えて理紗が美紗と二人でボールを奪おうと近づいてきている。


「千佳ちゃん!」


 どうにかして前を向こうと試行錯誤している千佳は声の下方向を向く。みさきが両手を広げてボールを要求していた。すぐに千佳はみさきへボールを渡す。

 そして千佳は美紗を振り切るように体を反転させ、前方へダッシュする。みさきは方向転換してプレスをかけてきた理紗の動きを確認して、ダイレクトでボールの横をこするようにインサイドで蹴りだした。

 弧を描いて転がるボールの先は千佳の走っている前方。ボールを転がる先を予測しながら千佳は走る。


 千佳を追いかける形になった美紗は舌打ちを打った。すぐに全力で千佳の背中を追う。美紗が千佳を追う状況は奇しくもコーナーキック前の状況に似ていた。


 だがボールを追いかける勝負――単純なスピード勝負では千佳のほうが速かった。みるみるうちに美紗は引き離される。

 今なら手を伸ばせば千佳の服を引っ張り、倒すことができると美紗は感じた。そうすれば千佳を止めることができる。倒してプレーを中断させたい衝動に駆られたが、すんでのところで思いとどまる。


 ファールをして止めても仕方がない。故意にファールをして怪我させたら問題だった。

 美紗が考えているうちに千佳は彼女から三、四メートルほどの距離が空いていた。プレッシャーを受けることなく千佳はボールに追いつき、ドリブルを開始する。


「通さないわよっ」


 由依が藍那のマークを外し、千佳の進路をふさいだ。千佳は顔を上げ、迷わず由依の右側へドリブル突破を試みる。


(まずいっ)


 千佳のドリブルを背後から見ていた美紗の頭の中で警鐘が鳴った。彼女は周囲を見渡す。千佳がドリブルをした方向とは反対側――そこには藍那がフリーで立っていた。

 美紗が立っていることを確認した直後、千佳は藍那へパスを出した。逆を突かれた由依は懸命に足を伸ばすが届かない。


 フリーだった藍那は落ち着いてトラップをする。


「藍那っ、ゴール決めて!」

「う、うんっ」

「待ちなさい!」


 美紗は千佳を追いかけることを止め、藍那のほうへと向かった。藍那も美紗が追いかけてきていることに気づき、慌ててゴールラインへ向かってドリブルをする。


(足は私のほうが速い。けど)


 美紗と藍那の間には相当な距離がある。

 仮に全力で走っても藍那がゴールラインに到達するまでに追いつくことは難しいと美紗は感じる。


(それでも諦めるわけには……いかないわね)


 ゴールが決まるまで何が起きるのか分からない。追いかけるだけでも藍那にプレッシャーをかけることができると美紗は理解していた。

 迷うことなく彼女は藍那に向かって走る。


(み、美紗ちゃんが追いかけてきている……)


 一方で藍那は後ろを気にしながらゴールラインへとドリブルをしていた。

 しかしそのドリブルスピードは遅い。

 無我夢中でゴールラインへ向かえばよかったのだが、美紗が追いかけてくることに気づき、後ろを見ながらドリブルをしていたためスピードが遅くなっていたのだ。

 追いつかれるかもしれない、という恐怖に藍那は怯える。

 しかもフォローはない。近くには味方がいない。


「藍那ちゃん! 頑張って!」


 遠くにいるはずのみさきの声が聞こえた。

 顔を上げると、ゴールラインが目の前に迫っていた。


(ゴールラインにボールを置けば……)


 得点になる。そのことを考えると藍那の胸が高鳴った。

 千佳とみさきがパスを繋ぎ、託されたボールをライン上に置きたい。

 その感情が藍那を支配する。


 もう一度背後を見る。先ほどよりも美紗が近くにいたが、ボールを奪うには遠い距離。

 そして美紗が走るスピードを落とした。

 彼女が追いつけない、と諦めたように藍那は見えた。


 改めて前を見る。ゴールラインは目の前。足で引いたラインがはっきりと見える。


(……ふぅ)


 ミスをしないようドリブルスピードを落とし、深呼吸。落ち着いて藍那はボールをライン上に置いた。


「……よしっ」


 得点を決め、自然と藍那はガッツポーズをした。


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