無理をするか、しないか
「カウンター狙ったら得点できそうやな」
千佳とみさきを見て理紗はつぶやく。今二人は会話をしていて理紗たちの状況を見ていない。
藍那が注意を払っているけど、由依と二人がかりで攻めれば簡単に抜くことができるだろう。
ボールは理紗の足元にある。そして由依は理紗の隣にいた。
「よし、由依。走れ」
「無茶を、言わない、でっ」
「まだ息が整っていなかったのかい」
呆れた声を出す理紗。由依は彼女をにらむ。
「何度も、ダッシュをさせられたら、こうなるわ、よ」
「練習が足りんで」
「私、初心者っ」
由依は中学時代はマネージャーだった。がっつりとサッカーをしていた訳ではない。
運動量が足りていないのは当然だった。
「足もつりそうなんか?」
「当、然っ」
「藍那はまだ大丈夫そうやけど」
理紗は同じ初心者の藍那を見る。彼女は一人ポツンと立っていたが、疲れている様子はない。
まだ走ることができそうに理紗は見て取れた。
「……全力を出すタイミングを理解していない、から、走りきることができていない、ので、しょ」
「そーなると、由依は全力を出しすぎていることにならんか?」
「……負けたくないのよ」
呼吸を整え、ポツリと由依は答える。
「千佳の鼻を明かしたいと思っているから」
「さいでか」
あくまでも千佳に勝ちたい、と考えている由依に理紗はため息を漏らす。
「あとはまぁ……楽しいし、勝負するなら勝ちにいかないと」
「なるほどな。やけど頑張り過ぎは駄目やで」
「どうして?」
「このミニゲーム、時間も決めてへんで。あとどれくらいするかも分からんやろ」
「あ」
「やから、ほどほどにな」
理紗は会話を終え、今度は美紗のほうを見る。美紗は腰に手を当て、こちらを睨んでいる。
(なんで、カウンターを仕掛けなかったのという顔やな、あれは)
相手のほうはすでに会話を終え、理紗たちがプレーを再開することを待っていた。
(カウンターを仕掛けることはもうできへん)
美紗に対して由依の呼吸が整っていなかったと説明をしてもよかったが、面倒だった。理紗は無言で美紗にパスを出しゲームを再開する。
(はぁ)
転がるボールを見ながら美紗はため息をついた。せっかく攻めるチャンスだったのに、攻撃を仕掛けなかった理紗と由依がもどかしかった。
しかし今となっては文句を言っても仕方がない。
トラップをし、美紗は周囲を見渡す。一番近くにいる相手は藍那。腰を落とし警戒している。先ほど簡単にパスを出されたことが記憶に残っているらしく、積極的にプレスをかけてこない。
縦に抜かれることだけを気を付けて、身構えていた。
(へぇ)
藍那の態度に美紗は目を丸くする。彼女は経験したことを吸収して、プレーに活かすことができている。
ぎこちなさは残っているが、サッカーらしい動き。
(サッカーを続ければ化けるかもしれない)
美紗の口元がゆるむ。しかしすぐに表情を引き締める。
彼女は攻め急ぐことはせず、ボールを理紗へ返す。カウンターができなかった時点で速攻をする必要はなかった。
(組み立てて攻め込むしかないわね)
彼女はボールを返した理紗と視線を交わす。すると理紗が由依のほうを見た。
由依はというと足を前後に出し、ふくらはぎを伸ばしていた。
無理をさせることができない、理紗は言いたいのだろう。
組み立てて攻めたい、という美紗の考えは崩れ去った。
「理紗、頑張って」
「頑張るって、何を?」
「三人抜きしてゴール」
「無茶言う……分かった」
理紗は言い返したかったが、由依に負荷をかけることができないと伝えたのは彼女だった。他に誰かが無理をしなければならない。
短く息を吐いた後、理紗はボールを前へ運ぶ。
「藍那、理紗にプレスをかけて! コートの真ん中に抜かれないようにコースをふさいで!」
「う、うんっ」
コートの中央にいる千佳が指示を出す。藍那はうなずき理紗のほうへと近づいた。
近すぎず遠すぎず、理紗をコートの中央へ突破されないように彼女は構える。
先ほど理紗が藍那を突破したときと同じ状況。違うことといえばプレスのかけ方が異なることだった。
(やりにくいなぁ)
理紗がボールを持っている位置はコートの左側。彼女が得意の右足を使うならばコートの中央へドリブルをする必要がある。
そのドリブルをするコースを藍那がふさいでいる。前回と同じように強引に突破する方法もあるが、警戒している彼女を抜くことは困難だと感じた。
しかも藍那の背後には千佳がいる。無理矢理藍那を突破しても今度は彼女に阻まれるだろう。阻まれたらボールを奪われ、カウンターを受ける可能性が高いと理紗は感じた。
理紗は再び短く息を吐く。カウンターを受けたらその後の美紗の視線が痛い。
文句を言われることが確実なので、理紗は無理にでもサイドライン側からドリブル突破することを決める。
理紗は右足のアウトサイドでボールをコートの内側へ転がす。重要なことは突破するタイミングのドリブルスピードと、相手の意表を突くこと。
まずはコートの内側へドリブルをし、藍那がどれだけ「内側へ抜いてくる」を思わせることが大切だった。
しかし警戒している藍那は理紗との距離を詰めてこない。理紗は少しだけボールを藍那のほうへ転がした。
一瞬ボールが理紗の足元から離れる。チャンスだと感じた藍那が足を伸ばしてきた。
(――今っ!)
理紗はボールをつま先で突く。狙っていたのは足を伸ばした藍那の股下。これが成功すれば一気に彼女の背後を突くことができる。
「あっ」
藍那がしまった、というように声を上げる。プレーは理紗の想像をしていた通りのものとなった。股抜きをされた藍那の驚きの表情をしているのがすれ違う理紗の目に映る。
藍那の背後で理紗は左足でボールをトラップする。そしてすぐにボールを右足に持ち替えた。
「って、うわっ!?」
ドリブルを開始しようとした右足にボールではない感触。見ると理紗の右足は藍那の足を蹴っていた。
藍那が振り向きざまに足を伸ばしていたのだ。
「いっ!」
藍那はバランスを崩し、転倒する。一方で藍那の足を蹴った理紗はたたらを踏み転倒することはなかった。
「大丈夫っ!?」
藍那を倒してしまった理紗は慌てて彼女に駆け寄る。
「う、うん」
「痛くないん?」
「……大丈夫そう」
藍那は蹴られた足を気にしながら立ち上がる。彼女はその場で数回足踏みをしたりジャンプをしてみるが、痛みはなかった。
理紗に蹴られたがドリブルをしようとしていた動きだったため、振り抜かれた足に勢いはなかったことが幸いした。
「無茶するなぁ」
「だって、抜かれたくなかったから」
「そうかもしれんけど」
気持ちが体を動かしたプレー。とっさに藍那が行った行動だった。
「本当の試合ならともかく、このミニゲームでやってもなぁ……」
「理紗、今のはファール」
理紗の背後から一連の流れを見ていた美紗が近寄ってきて言う。いつの間にか残りのメンバも藍那と理紗の周囲にいた。
「完全にアフターよ」
「不可抗力や」
「不可抗力でも、藍那の足を蹴っているから」
美紗は周囲を見渡す。周りにいたメンバもファールに異論はない、とうなずいていた。
当の本人を除く全員の賛同。理紗が抗っても無駄なことだった。
理紗は不満があるらしく、頬を膨らませてそっぽを向いている。
「理紗」
「なんや?」
「今のは無理するところではないわ」
「美紗が一人で攻めろって言ったんやろ」
わがまますぎる、と内心理紗は思った。




