狙うこと
ゴールラインとタッチラインの交差する角にみさきはボールを置き、顔を上げる。
千佳には由依、藍那には理紗がマークしていた。それぞれゴールラインから三メートルほどの距離の場所で相手と駆け引きをしている。
そして美紗は駆け引きをしている四人とゴールラインの間でしきりに首を振り、みさきの蹴ろうとしているボールに細心の注意を払っていた。
「さて」
この中でみさきはどのようなボールを蹴ろうか思案する。
ミニゲームを含め、みさきはこれまでコーナーキックを蹴ったことがない。
中学時代の試合で当時のチームメイトがどんなボールを蹴っていたのか脳裏に浮かべた。
だけど思い浮かべたことが無意味なことだとすぐに気がつく。
(浮かしたボールで合わせても仕方ないなぁ)
本当の試合だとちゃんとしたゴールがあり、ヘディングシュートを狙うことが可能だった。
今は違う。ゴールラインにボールを置くことでゴールになる。
浮かしたボールだと「トラップする」「弾むボールを落ち着かせる」「ゴールへ向かう」など時間がかかるプレーになる。ゴール前の密集地帯で時間がかかれば相手に体を寄せられ、ゴールはできない可能性が高いことをみさきは理解していた。
そしてクリアをされて、由依の快足を使われたら失点する恐れがあることも彼女は予測できた。
(だとしたらー)
グラウンダーのボール。それも相手に取られずに速いボールを蹴るか、千佳か藍那に近づいてきてもらい、パスを出して得点を狙うか。
千佳に視線を向け、彼女と目が合う。そして小さく手招きした。
「みさきっ!」
千佳は一度みさきから離れるようにゆっくりと動き、そして瞬発力を使って一気にみさきへと近づく。由依は一瞬のスピードについていくことができず、千佳との距離があく。
その行動に反応し、みさきはグラウンダーのパスを千佳に向けて出した。
千佳はボールを受けとると前を向き、由依と対峙する。
「点を取らせないわ」
腰を落とし、由依は身構える。
「……そう」
短く言うと千佳は由依とは勝負せず、みさきへとボールを戻した。
「由依っ、みさきにプレスかけて!」
「うん!」
美紗に指示され、由依はみさきへと接近する。俊足を活かした彼女のプレスはみさきを慌てさせた。
想像していたよりも接近が速く、ゴールラインへのドリブルコースを塞ぐような動き。
千佳にボールを返したくても、彼女はすでに美紗にマークされていた。
また奪われないようにボールと由依の間に体を入れると、勢いに乗ったあのスピードだとぶつかった瞬間に吹き飛ばされる。
ファールを貰いにいくという意味では意味のあるプレーだけど、みさきは怪我をするリスクを負いたくなかった。
彼女はゴールラインへ向かわず、一度後方へとドリブルをした。
その間に由依がみさきとゴールラインの直線上に立つ。それを見てみさきはドリブルを止めた。
向かい合うと自然と心に余裕ができた。
「息、上がっているよー」
肩で息をしている由依にみさきは指摘する。指摘された由依はキッとみさきを睨んだ。
「う、るさい、わねっ」
「今だったら抜けそうだなぁ」
ボールをまたいだり、足の裏で転がしたりしてフェイントを入れる。
その動きにつられて由依は何度も体を左右に動かした。
ただみさきは本気で由依を抜く気はなく、遊び心が満載なプレーだった。
(隙があればなぁ……っと)
そんなことを考えている間に、我慢しきれなくなった由依が足を伸ばしてきた。
みさきが願っていたチャンス。
彼女はボールを後ろに引き、右足のインサイドでフィールドの内側へと蹴る。そして今度は左足のインサイドを使い、ボールを前へ蹴った。
いわゆる「ダブルタッチ」だ。
みさきは難なく由依を抜き去ると、周囲を見渡しながら余裕を持ってゴールライン上にボールを置いた。
「むやみに足を出したらダメだよー」
「くっ」
「まぁ、あたしも足を出すのを誘っていたんだけどねー」
ほくそ笑むみさき。そんな彼女を由依は改めて睨む。
「練習して、負けないように、なる、わ」
「おーがんばれー」
軽い口調でみさきが返事をすると、由依はさらに目を細めた。
ただまだ息が整っておらず、大きく肩を上下させている。
全力でプレーをする彼女の肩をポンと叩くとみさきは自陣に戻る。
「意外と足元のテクニックがあるのね」
戻る途中、千佳がみさきに近寄り声をかけた。
「キーパーだから、あんなプレーができるとは思っていなかったわ」
一昨日ボールを蹴ったとき、みさきが中学時代ではゴールキーパーをしていたことを明かしていた。
主にセービングやキックの練習をして、ドリブルなどの練習はしていないと千佳は考えていた。
「心外だなー。ドリブルならあたしでもできるよー」
「練習していたの?」
「うん。あたしがいた中学校はキーパーから組み立てるチームだったからねー」
他のフィールドプレーヤーと比べれば劣るけどね、とみさきは付け加える。
「そう」
「まーあたしのことは置いといて、これで一点リードだねー」
攻めるの? とみさきは千佳に尋ねる。千佳は頭を縦に振った。
「ミニゲームだし、守備的になる必要はないでしょ?」
「確かにー」
千佳の言葉にみさきはうなずく。今のミニゲームは特定の攻撃練習、守備練習ではない。その両方を織り混ぜたものだ。
必要以上に守備的になる必要はない。
(まー、親睦を深めることが目的だったような気がするけどねー)
今となっては半ば本気で双方のチームが取り組んでいるように内心で思うみさき。
流れについていけていないのは本当の初心者である藍那ぐらい。
楽しむ、という言葉をどこかに置いてきてしまったとみさきは感じている。
「勝ち負けにはこだわらないけれど、一つあるとすれば……」
「なにー?」
「藍那に点を決めてもらうのよ」
千佳のチームで得点を決めているのは彼女とみさきだった。藍那はまだ決めていない。
相手をはがすプレーができていないから、奪われてカウンターされることを恐れ、パスを出すことができていない思考が千佳の頭の中にがあることを理解している。
相手をはがすプレーや動きはイメージトレーニングをし、練習で経験を積むことしか改善はできない。現状、ミニゲーム中では初心者の藍那には難しいことだろう。
考えて動くことはできているから、そのプレーに応えるプレーをしたいと千佳は思っていた。
(さっきみたいに私が相手を引き寄せてパスを出せばいいことだし)
ただし、上手くいくとは限らない。先ほど見せつけている分プレッシャーは強くなるだろう。
そのためには守備宣言をしていたみさきの協力は必要不可欠。
「みさきも守備だけじゃなくて、手伝いなさい」
「わかったー」
「……拒否はしないのね」
「みんなで楽しむことができればいいからねー」
みさきも異論はない。というよりも、それこそ彼女も思っていたことだ。
(まずは自分のチームが楽しむことができないと、ね)




