考えて、動く
(す、すごいなぁ)
由依のプレーに藍那は驚きを隠すことができなかった。
得点を入れるために後先を考えずに体を投げ出す。彼女の献身的なプレーは藍那の想像を越えていた。
「わたしも、あんなふうにプレーしたらいいのかな?」
「しなくていいわよ」
「あ、千佳ちゃん」
千佳は点を取られたあと藍那に声をかけるべく、彼女に近づいていた。彼女の呟いた言葉が聞こえ、千佳は首を横に振って否定した。
「チームに貢献する動きは別に構わないけれど、最後の得点のシーンは真似をするほどじゃないわ」
「そうなの?」
「怪我をするだけよ」
メリットはほとんどない。由依のプレーも一歩遅かったら線上にボールを置くことができず、得点にならなかった可能性もあった。
由依の足が速く、ボールに追いつくことができたらできたプレー。
藍那が真似をしたころで上手くいくはずがなかった。
そもそも今は練習で三対三をしている状況。怪我をするようなプレーを自ら行わなくてもいい。
そんな考えが千佳の頭の中で浮かぶ。
「藍那には藍那のできることをすればいいわ」
「できること……」
「一昨日のとりかごのこと、覚えている?」
とりかご。今と同じ河川敷で行った三人で回すボールを二人の鬼が取るゲーム。
「動きの基本はそのときと同じよ。味方がボールを持っているときはパスを受けやすい場所に移動」
「相手がボールを持っているときは?」
「ボールを前――ゴール方向にいる相手にパスを出されないようにパスコースを防ぐのよ」
「ドリブルをしてきたら?」
「そうね……」
千佳は腕を組んで考える。
「ボールを取ろうとして、無闇に飛び込まない。相手がパスをしようとしているのか、抜こうとしているのか、考えるのよ」
「考える……」
「そう。そしてボールを蹴る瞬間に足を出してボールを取る」
振りかぶっているときがチャンスだからね、と千佳は付け加える。
彼女の言葉に藍那はうなずいた。
「まあ今考えても分からないこともあるわ。みさきも言っていたけど、ゲーム中で考えて動いてみて。経験しないといけないから」
サッカーを頭で理解しても実際に体を動かさないと分からないことが多い。
理解できても思うように体が動かなければ意味がない。特に藍那のようにサッカー初心者だとなおさらだ。
実践あるのみだと千佳は思う。
「が、がんばる」
「失敗を恐れないで」
「うん……」
「藍那ちゃん、千佳ちゃんー。再開するよー」
みさきが二人に声をかける。
千佳は「フォローするから」と言ってポン、と藍那の肩を叩く。そしてミニゲームを再開するため、みさきからボールを貰うべく後ろに下がる。
(考えて、動く)
藍那は叩かれた場所をさすり、言葉を反芻する。
とりかごをしたときもそうだったが、考えながら動くことは難しい。
考えている間も状況は変化し、彼女の動きがどうしても遅れていたからだ。
一歩遅れがちなプレーになっていることは藍那も理解している。
(経験を積めばできるようになる、のかな?)
練習を積み重ねることで自然とプレーができるようになるのか、今の藍那には分からない。
だけど千佳が言うことはもっともだと感じた。
それにフォローすると言ってくれたのだから、その言葉に甘えることが一番だと藍那は思った。
(失敗を、恐れない)
それは気持ちの問題。一度深呼吸をし、頬を叩いて前を向いた。
「千佳ちゃん、何を話していたのー?」
一方でみさき。彼女は千佳にボールを渡しながら尋ねる。
幸い由依や理紗はプレスをかけてこない。
「吉野さんの真似をしようとしていたから、止めたのよ」
「あんなプレーを見たら、感化されるかもねー」
「それはそうと、吉野さんをどうやって止める?」
千佳とみさきは先ほどのプレーで由依にスピードで振りきられていた。あのスピードは脅威だと二人は理解していた。
「スピードに乗られると、追いつけないよねー」
「対応策はあるの?」
「スピードに乗せさせたらいいんじゃないー?」
「それ、対応策でも何でもないじゃない……」
的の外れた答えにため息を吐く千佳。するとみさきは「チッチッ」と言って人差し指を振った。
「要は得点をさせなければいいんでしょー」
「得点させない?」
「由依ちゃんを見てよー」
みさきは由依を指差す。先ほどのプレーの影響か彼女は肩で息をしていた。
「あと何回か同じ事をさせれば体力はなくなるはずだよー」
「その「何回」で点を取られたら意味がないでしょ?」
「由依ちゃんに追いつかなくても、ゴールされるボールに追いつけばいいんだよー」
「……ボールが止まる前にクリアするってこと?」
「そういうことー」
「なるほどね」
合点がいった千佳はうなずく。
みさきが言いたかったことは二つ。
一つは由依を走らせて体力を無くさせること。そうすれば脅威がなくなる。
動けなくなれば、相手が二人なのと同じ意味を持つ。攻撃も守備を楽になるはずだ。
そしてもう一つは体力のある間の由依の対応として、ゴール直前でボールを奪うこと。
つまりライン上にボールを止めることで得点だから、ボールが止まる前に蹴り出せ、ということだ。
「そのためにも千佳ちゃんが上手く由依ちゃんを追い込んでねー。ゴールを防ぐのはあたしがやるからー」
「分かったわ」
好き勝手にはやらせない。それは二人の共通の認識だった。
話を終え、千佳はドリブルでボールを前に運ぶ。攻撃をしていた由依と理紗は自陣まで戻っていた。
ポジショニングとしては由依が前で理紗がその後ろ。ゴールライン付近には美紗がいる。
藍那はというと、由依と理紗の間をうろうろしていた。彼女なりに千佳からボールを受け取ろうと考えているのだ。
(さて、どう攻めようか)
ドリブルで攻め上がることは簡単だ。由依を抜くことは千佳にとって造作もない。
そのあとに理紗が詰めてくることも想像できる。それをかわすこともできる。
問題なのは美紗。彼女だけは抜くことが難しいと直感で感じていた。
生粋のディフェンダー。
そんな言葉が千佳の頭に浮かぶ。




