三対三(理紗vs藍那)
「あいつら、何なんや。次元が違うやろ」
藍那の傍で一緒にプレーを見ていた理紗がぼやく。時間にして一分ほどの出来事だったが、質が高いものだと感じた。
千佳は相手が届かない場所でボールを持ち、ドリブルをしていた。由依は素人らしくディフェンスが下手だったが、千佳に抜かれたあと反転し彼女を追いかけていた。
瞬発力がある分すぐに追いつき、美紗の指示通りに体を寄せていた。
(まあ、あれだけ手を使ったらファールになるけどな)
そこはこれから直していけばいいと理紗は思う。
「理紗ちゃんは千佳ちゃんみたいにドリブルできるの?」
「無理やな」
藍那に尋ねられ、理紗は首を横に振る。
「うちは右足しか使えんから、あんなん無理や」
「そうなの?」
「右利きが左手で違和感なく字を書くようなもんやで」
「……それは難しそう」
理紗の説明に理解した藍那。そして千佳が平然とやっていたドリブルが実はすごいことだと知る。
「藍那、そのまま理紗をマークしなさいよ」
美紗がボールを取りに行っている間、周囲を確認していた千佳が藍那に指示を出す。藍那と理紗は互いが敵同士だったことを思い出し、気を入れ直す。
「理紗の嫌がることをすればいいから」
「う、うん」
千佳に言われ、理紗が何を嫌がることなのか藍那は考える。
理紗の嫌がること。シンプルに考えて、彼女の思う通りのプレーをさせないこと。
その思う通りのプレーをさせないこととは、ドリブルやパスを邪魔すること。
(理紗ちゃんの右足を使わせないようにすればいいのかな)
理紗のドリブルやパスは右足一辺倒。だったらその右足を使わせないようにすればいい。
使わせないようにするには理紗の右側から体を寄せ、ボールを取ろうとすればいい。
「理紗っ」
戻ってきた美紗がすぐさま理紗へとパスを出す。理紗はボールを受け取ると藍那と対峙した。
藍那は意識して理紗の右側に立ち、様子を伺う。
(……ふーん)
藍那の立ち位置を見て、理紗は彼女の右足を警戒していることがすぐに分かった。
ディフェンスとして位置がおかしい。藍那の左側を「どうぞ抜いてください」と言っているようなものだ。
警戒することは分かるけど、過剰とも感じ取れる。
立ち方も由依と同じで仁王立ちだから、簡単に抜ける気がする。
(その右側を抜くか)
あえて警戒しているほうへと抜く。警戒しているほうに抜くことができればコートの中央。
攻める選択肢が増える。
理紗はゆっくりとボールを前に転がす。藍那が身構える。
藍那がの間合いに入り、彼女は左足を伸ばしてきた。それを見て理紗はギアを上げる。アウトサイドでボールを少し浮かしながら右斜め前に蹴り、藍那の左足の上を通過させた。
理紗自身もジャンプして藍那の足の上を越える。
「……えっ?」
足を伸ばしたが簡単に抜かれた藍那は呆けた声を出す。次いで彼女のを抜き去った理紗の背中を見る。
そして一瞬呆けた後、慌てて理紗を追いかける。
だけど理紗のドリブルは速い。藍那は彼女に追いつくことができない。
理紗は細かくタッチをするのではなく、大きく蹴って走るドリブルのため単純に足が速いのだ。
(っと)
理紗はドリブルスピードを落とす。藍那のカバーに回っていたみさきが待ち構えていた。
足を前後に広げ、重心を低くして立っている。ディフェンダーがよくする構えだ。
「理紗ちゃん、抜かせないよー」
「声をかけるなんて、余裕やな」
「本当に余裕だしー」
「……言ってくれるやないか」
理紗は美紗や由依にパスを出そうかと考えていたが、ドリブル突破をすることに決める。
余裕な態度を取られて、逃げたら彼女のプライドが許さない。
「まぁー、でもー」
「なんや?」
「あたしだけが取るわけじゃないんだよねー」
「どういう……」
ことや、と続けようとした瞬間、理紗の右側に衝撃。見ると藍那が体をぶつけてきていた。
それも勢いよくぶつかってきたから、サッカーのタックルとは程遠い。
どちらかと言うと衝突してきたような感覚。不意打ちだったせいで理紗はよろける。
「とどい……てっ!」
理紗の反応にチャンスだと感じた藍那。そのまま体をぶつけつつボールへと足を伸ばす。
「させへんでっ」
対して理紗はボールを取られないように足の内側でキープする。
しかし藍那の足が理は紗が思っていた以上に伸びて、ボールに触れようとしてくる。
そして藍那の足先がボールに触れた。
一瞬の出来事。だけどそれが理紗のプレーを大きく乱した。
体勢を崩していたこともあり、ボールが理紗の足元から離れる。
「はい、っとー」
離れたボールを取ったのはみさき。みさきはすぐに千佳へとパスを出す。
ボールを受け取った千佳は前を向くとドリブルを開始。由依を軽々と抜くと美紗に体を寄せられながらもボールをキープ。反対に腕で美紗を押し返して引き剥がすと、ゴールライン上までドリブルし、その線上にボールを置いた。
千佳たちのチームの得点。
「ナイスカットだったよー」
得点を見ながら、みさきが藍那に声をかける。
「が、がむしゃらに足を伸ばしただけだよ……」
「でも藍那ちゃんのカットが得点に繋がったんだよー」
「あ、ありがとう」
みさきに誉められ、藍那は気分が高揚する。
落ち着いて考えてみると、自身のプレーが得点に繋がったことは嬉しかった。
「次は、抜かれないように構えることを意識してみてねー」
「構える?」
「そうだよー。守るときはこうやって――」
ジェスチャーで表現して教える。藍那はみさきの真似をして体を動かす。
「今そんなに教える時間はないから、実際にミニゲーム中にやってみてー」
「う、うん」
「抜かれても気にしなくていいからー。カバーに回っているから安心してー」
「わかった」
藍那がうなずくとみさきは彼女から離れ、自陣の後方にどっしりと構える。
「千佳ちゃんー」
「なに?」
「攻撃は任せたよー」
「……はいはい」
みさきの言葉に返事し、千佳は相手を見る。再開するためにボールを持つのは美紗。隣にいる由依と何やら会話をしている。
会話を終えると、由依はうなずいてコートの右側に移動する。そして伸脚や屈伸をして体を動かしている。
「理紗」
「なんや?」
「もっと顔を上げて、周りを見て。一人でやっている訳じゃないんだから」
「……分かっとる」
美紗に指摘され、理紗は頭を掻く。姉妹だから言うことに容赦がない。
美紗が指摘しているのはみさきと対峙したときのプレーのこと。周囲の状況を確認せずにみさきの挑発に乗った。
その結果、藍那が近づいてきていることに気づくことができず、体を寄せられてしまった。
「ゴールに近い場所でボールを取られるときついから、安全にプレーして」
「りょーかい」
理紗は両頬をパンと叩き、気合いを入れ直す。
同じ過ちは繰り返したらいけない。