どこかで見たことがあるような……
「昨日は、ほんまごめん!」
藍那と由依が河川敷に到着し、最初に見た光景は理紗の土下座だった。
頭を地面に擦りつけた行動に二人は言葉を失ってしまう。
「……えっと」
「昨日、学校まで押しかけたでしょ。その謝罪だって」
土下座をしている理紗のそばに立っていた美紗が言う。美紗は姉の行動を見下ろしていた。
その表情が冷たいのは気のせいだと藍那は思いたい。
「わたしは気にしていないか……」
「許さないわ」
藍那の言葉を遮って、由依が言う。
「口で言うだけなら誰でも言えるわ」
「吉野さん……」
藍那は由依のほうを見る。由依はというと、藍那に向けて人差し指を口に当てていた。
ただその口元は笑みを浮かべ、目元も緩んでいる。
本気で怒ってはいないらしい。
「どうしたらええんや?」
理紗が顔を上げる。美紗は理紗に顔を見せないよう背中を向け、腕を組み考える素振りを見せる。
「とりあえず、ランニングしてきなさい。このグラウンドを十周ほど」
「……鬼がおる」
「なにか言った?」
「はい、よろこんで!」
理紗は立ち上がると全力でグランドを走り出す。
「吉野さん」
「なに、大嶋さん?」
「どうして走らせたの?」
「昨日私たちが走ったことの仕返しよ」
グラウンドを走る理紗を見ながら由依は言う。
「それに反省をしているのなら、言うことを聞くかなって思ったのよ」
「それだけ?」
「うん」
うなずく由依に藍那は大きなため息。
やり過ぎかどうかは置いといて、由依は根に持つ性格のようだ。
「ねえ、美紗。もう一人いたと思うんだけど?」
「川内みさき、だったっけ? 彼女なら反省文を書いているんじゃないかな」
もう少ししたら来るんじゃないかしら、と美紗は付け加える。
「理紗は?」
「昨日から書いていたわ。昼休みには渡された形式で書き終えていたわ」
用意周到なのか要領がいいのか、由依は呆れてしまう。
「反省していないのかしら……もう十周増やそうかな」
「吉野さん、それは横暴だよ」
「冗談よ。増やすとしても五……やらないわよ」
藍那にジト目で睨まれ、由依は前言撤回する。藍那の睨みは怖くはなかったが、そんな顔をされたら罪悪感が生まれ撤回するしかない。
これ以上は何もしない、と意思表示するために両手を上げる。意思が伝わったのか、藍那は睨むのをやめた。
「ところで今日はこの四人でボールを蹴るの?」
「あと千佳ちゃん……本郷千佳ちゃんが来るよ」
由依の質問に藍那が答える。
「本郷千佳?」
「わたしたちの中で一番上手いかな」
「そうだね。状況判断も的確だったわね」
千佳のパスやドリブルを昨日見ている藍那と美紗は彼女のプレーを頭に思い浮かべながら話す。
正確なトラップやパス、そしてドリブル。とりかごをしたときの状況の判断の良さ。どれも他の三人とは別格だった。
「そうなんだ」
「昨日も千佳ちゃんの高校のサッカー部で練習していたんだって」
「どこの高校なの?」
「吉川高校」
「スポーツ校じゃないの」
由依は目を丸くした。
吉川高校。そこは敷瀬市内でスポーツで有名な私立高校だった。
中学時代で県大会や全国大会などに出場し、有名だった学生を市内からかき集め「強豪校」の肩書きが付けられている。
サッカー部も当然強く、地方大会の常連で数年に一度は必ず全国大会に出ている。
ただし、それは「男子」サッカー部 のこと。
「そういえば、女子サッカー部は今年の春に無くなったって聞いたわ」
「そうなの?」
「男子と比べると実績があまりなかったし、それにクラブチームで強豪の「備丘GFC」があるしね」
本気でサッカーをしたいのなら皆、クラブチームに入っている。そのため入部する人が少なくなっていたと、風の噂で聞いていた。
「本郷さんはその「備丘GFC」には入らなかったのね」
「そうだよ。理由は知らないけど」
「ふーん」
由依は腕を組み、思案顔で空を見上げる。
そして何か嫌なことを思い出したのか、表情を曇らせた。
「遅れたわ」
藍那が由依の表情の変化に気付き、声をかけようとしたところで、千佳がグラウンドに到着した。由依は腕を組むのをやめ、彼女のほうを見る。
「あなたが本郷さん?」
「そうよ……もしかして昨日藍那が言っていた吉野さん?」
千佳の言葉に由依は大きくうなずき、彼女ををじっと見る。
「なに?」
「やっぱり、中学の最後の大会で試合をした気がする」
「……どこの中学?」
「名乗るほどの学校じゃないわ。一回戦で負けたし」
その言葉で思い当たったらしく、千佳は手を打つ。
「ああ、あの十人のチームの」
「容赦なかったわよね。二桁での大敗が中学最後の試合になったわ」
「……推薦がかかっていたからね」
トゲのある言い方にムッとしながらも千佳は言い返す。
中学時代、千佳は高校のスポーツ推薦を取るために必死だった。談志に混じってサッカーをしていた分、推薦を取れるかどうか不安だったのもある。
心に余裕がなく、久しぶりに公式戦でスタメン出場した結果、一回戦で戦った由依のチームを完膚なきまでに叩き潰してしまったようだった。
一方千佳の返答に由依は、眉間にしわを寄せ彼女を睨む。
「それで、推薦で入った吉川高校の女子サッカー部は……」
「ちょ、ちょっとストップ、由依!」
早口になり、詰め寄ろうとする由依を美紗が慌てて制止する。
「落ち着いてって。そこまで言う必要はないでしょ?」
「……まぁ、そうね。ごめんなさい、本郷さん」
素直に謝る由依。千佳は息を吐くと藍那のほうを向いた。
「こんな性格だとは聞いていなかったんだけど」
「はは……」
何も答えることができない。藍那は笑ってごまかすしかなかった。
「とにかくっ! 過去のことは置いといて、ボールを蹴ろうよっ」
美紗が手を叩いて言う。この重い空気、どうにかして変えなければこの後が辛い。
努めて明るく振る舞い、二人のほうを見る。由依は千佳を睨み、千佳はそっぽを向いている。
「……由依?」
「分かっているわ」
「千佳も無視しないで、ね?」
「そうね」
美紗に言われ、二人は向き合う。そして互いに右手を差し出し握る。
「美紗の言うとおり、過去のことはいいわ。一緒にサッカーすることになるなら、むしろ心強いし」
「マネージャだったって聞いていたけど、あなたもプレーヤーとしてサッカーをするのよね?」
「そのつもりよ。足の速さと体力には自信があるわ」
「それは楽しみだわ」
手を離し、笑みを浮かべる。二人の行動に藍那と美紗はホッと息を吐く。
「あれー、何しているのー?」
千佳と由依が相対しているところに、みさきが到着した。状況が飲み込めていない彼女は首をかしげている。
そんなみさきを見て由依が何か思いついた表情になった。
「……ねえ。三対三をしない?」




