帰り道(由依と美紗)
「もう日が暮れるね」
ファミレスを出て由依は伸びをしながら言う。時刻は十八時半。敷瀬駅の向こうから見える西日がまぶしい。
「じゃあね、大嶋さん」
「はい。明日はサッカーしましょう」
「分かったわ」
「藍那ちゃん、今日は理紗が迷惑かけてごめんね」
「だ、大丈夫だよ」
遭遇することは回避できたので実害はなかった藍那。どたばたした放課後だったが、迷惑とまでは感じていなかった。
だからこそ謝られたら困ってしまう。むしろ理紗のおかげで由依に会えたとも考えていた。
「じゃあ、また明日」
藍那は笑顔で手を振り、電停へと向かう。美紗と由依も手を振り返し、帰途につく。
美紗と由依の家は敷瀬駅の西側にあった。ファミレスや駅前にある電停は駅の東側。二人は駅を超えて反対側に行かなければならなかった。
「ねえ、由依ー。お願いがあるんだけど……」
「無理よ」
美紗が何を言いたいのか理解している由依は即答し首を横に振る。
「まだ何も言っていないのに……」
「理紗の行動については私も被害者なのよ。文句は理紗に言いなさい」
「……分かったわよ」
大きくため息を吐く美紗。これ以上は由依にお願いや愚痴を言っても仕方がない。
空を見上げ美紗は昨日、今日の理紗の行動を振り返る。
昨日二人は家に帰って風呂に入り、晩御飯を食べたあと、理紗が両親に由依のことを聞いていた。
まずは由依の家の電話番号を教えてもらい、そして電話をかけていた。そしていつの間にか由依のスマートフォンの番号を聞き出していた。
同時に何故か由依の今の姿の写真まで手に入れていた。
どうやったらそんなことができるのか。
その行動力には妹の美紗も引いてしまっていた。同時に頭の中で警告音が鳴っていた。
触らぬ神に祟りなし。
そう考え、美紗は理紗の行動に関わることを止めた。
それが間違いだったのかもしれない。
翌日には理紗は昼休みにみさきと合流、由依をサッカークラブに入れるために結託し、暴走。東山高校まで押しかけ、由依と藍那に迷惑をかけた。
その間に美紗はというと、理紗がいなくなったことに気に留めていなかった。駅前のファミレスで軽くご飯を食べたあと、スポーツショップに寄ってスパイクを磨くためのブラシやクリーム等を買おうと考えていた。
そのファミレスに入ると、由依と藍那が二人いるのが見えたのだ。藍那と目が合い、想定外の組み合わせだったから、美紗は気になり強引に二人のテーブル席に座ったのだった。
そして今。美紗と由依は一緒に帰っている。
「……そういえば」
「なに?」
「美紗とこうやって話をするのは初めてかな?」
「……そうだね」
由依の言葉に美紗は過去を遡る。確かに美紗の言う通りで、二人だけで話したことがない。
夏休みなどの休みしか会うことがなく、先月まで全然別の地域に住んでいたのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
「由依から見て、私たち双子はどう見えているの?」
「年に数回しか会わないのに、馴れ馴れしい従姉妹」
「……え?」
「冗談よ……半分は」
「ええー」
肩を落とす美紗。しかし気持ちを切り替え、由依のほうを見る。
「気になっていたんだけど、どうして中学校でサッカー部のマネージャーをしていたの?」
「もともと運動することは好きだったのよ。特に走ることはね。中学でも陸上部に入ろうか悩んでいたくらい」
「だったら陸上部に入ればよかったんじゃないの?」
「練習がしんどかったのよ」
好きだからこそ、厳しい練習に耐えることができる。最初は由依もそう考えていた。
だけど現実は違った。
由依の場合は「好きだからこそ、楽しくやりたい」という思いが強かった。
全く楽しくなくて、一週間ほどで陸上部はやめた。
「メンタルが弱いね」
「うるさい」
「好きだからこそ、楽しく感じるのに」
「……」
「……はいはい。これ以上は何も言いません」
由依に睨まれた。美紗は軽く頭を下げ、陸上部の話を止める。
「じゃあサッカー部のマネージャーはどうして始めたの?」
「なんとなく、かな」
「なんとなく?」
「うん。私の中学ってクラブ活動は必須だったから」
文化系の部活には入りたいとは思うことはできず、だからといって他の運動部に入っても陸上部と同様、しんどいと感じると当時の由依は考えていた。
だから比較的楽で、近くでスポーツを感じると思ったサッカー部か野球部のマネージャーをしようと考えたのだ。
「なんとなくで入って、楽しかったの?」
「楽しかったわよ。チームは弱小だったけど」
人数が十一人でぎりぎり。しかも少数精鋭ではなく、寄せ集め。
部活を掛け持ちしている人はおらず、純粋にサッカー好きが集まった部活だったと由依は感じていた。
だからこそ素人だった由依はサッカーについて色々教えてもらい、知識が増え、基本的なボールの蹴り方や動きを覚えることができた。
「練習には参加していたけど、さすがに男子に混じって試合に出ようとは思わなかったわ」
「試合にでないと面白くないでしょ?」
「怪我をしそうだったからね」
サッカーはボディコンタクトが多い。由依が男子から体を寄せられたら、当たり負けして吹っ飛ばされる可能性が高い。
怪我をする、しない以前にチームにも迷惑がかかるから、試合に出ることは止めていた。
その代わり試合ではマネージャーとしてサポートに回り、チームが試合に集中できるように心がけていた。
「鍛えが足りないなぁ」
「美紗と一緒にしないでよ」
「サッカークラブに入るなら、鍛え方を教えるよ?」
「……お願いしようかな」
体験で入ると藍那には言っていたが、由依は彼女が作ったサッカークラブに入ることを決めていた。
藍那が中学時の由依自身に似ていたから。どこか放っておけなかった。
真面目な彼女を無下にはできない。
雑談をしているうちに駅の西側にたどり着き、駅の隣にあるバスターミナルを越える。そしてその先にあった交差点に到着すると美紗が立ち止まった。
「私、こっちだから」
「分かった」
「……理紗には私からも怒っておくから」
「頼むわよ」
「じゃあ、また明日。私もサッカーをしに行くと思うから、よろしくね」
「うん」
美紗は手を振り、点滅している信号機の横断歩道を駆け抜ける。
「……ふぅ」
走り去っていく美紗をしばらく見たあと、由依は息を吐いて彼女の家へ歩きだす。
「さて、スパイクはどこに片付けたかな」
高校に入ってから手入れをしていない。革が硬くなってしまっているはずだから、明日までに少しでも柔らかくしておきたい。
由衣は明日が待ち遠しかった。