勉強と雑談
「さて、問題です。サッカーは一チーム何人まで試合に出れるでしょう?」
「十一人」
「絶対に入れないといけないプレーヤーは?」
「えっと……ゴールキーパー」
「正解」
美紗が問題を出し、藍那が答える。
藍那の手元にはノートが広げられ、サッカーに関して様々なことが書かれていた。
一方の美紗の前には山盛りのポテトフライの皿がある。
その傍らでは由依がストローに口をつけ、ドリンクを飲んでいる。
「次の問題。サッカーのポジションは大きく分けて何があるでしょう?」
「フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダー、ゴールキーパーかな」
「では、ゴールを決めるのは?」
「……フォワード?」
「残念。どのポジションでも決めることができるわ」
「ひどい引っかけ問題ね」
美紗の問題に由依は突っ込む。
「だって、サッカーは誰でもゴールを決めることができるでしょ?」
「そうだけど、問題の流れからゴールを決める「役割」を聞いていると思うでしょ」
「ちゃんと問題を理解しないと」
「引っかけ問題を出す前に、サッカーの基本的なことを覚えるような問題を出しなさい」
「わかったわよ」
強く言われ、ぶつぶつと文句を言いながら美紗はポテトフライを食べる。
美紗も由依が言いたいことは理解しているのだ。ただ、真面目にサッカーのことを覚えようとしている藍那を少し弄りたくなったのだ。
「じゃあ、由依からも出してあげてよ」
「そうね……じゃあ試合中にボールを手で扱うことができるポジションは?」
「ゴールキーパー」
「そのゴールキーパーが手で扱うことができる場所の名称は?」
「ゴールエリア?」
「ペナルティエリアよ」
藍那のノートに描かれていたサッカーのフィールドを指差す。
「正確に言うと自チームのペナルティエリア内のみで、味方からのパスは手を使うことができないわ」
「そうなんだ」
藍那は新しく知ったことをノートに書き加えていく。
そのノートを見て、由依はふと美紗のほうを見た。
「美紗」
「なに?」
「ゴールエリアとペナルティエリアの大きさは?」
「知らないわ。由依は知っているの?」
「ゴールエリアは縦に五・五メートル、横はゴールの大きさプラス、ゴールポストからそれぞれタッチラインに向けて五・五メートルよ」
由依はペンを借り、藍那のノートに描かれているフィールドに長さを追記していく。
「ペナルティエリアはゴールエリアと同じ測り方で、それぞれ十六・五メートルよ」
「どうしてそんなことを知っているのよ」
「私のいた中学の部活は人数が少なかったからね」
マネージャーだった私も練習試合のときはグラウンドを作っていたのよ、と由依は言う。
「大変だったんだね」
「楽しくできていたからいいけどね……それはともかく」
「ん?」
「サッカークラブをつくるのなら、グラウンドの大きさなど「サッカーに関連すること」も覚えないとね」
「頑張るわ」
ポテトフライを頬張りながら、気の抜けた返事をする美紗。由依は大きく息を吐いた。
「ごめんね、吉野さん。わたし、何も知らなくて」
「大嶋さんが謝ることじゃないわ。初心者なんだから」
サッカークラブをつくるを言い出した本人が謝ったので、由依は首を横に振って否定する。
「これは美紗が大嶋さんを見習わないといけないのよ」
「だから頑張るって」
「関西でサッカーをしていたときはどうしてたのよ?」
「理紗の面倒を見ることで大変だったのよ。よく喧嘩をしていたから、その仲介」
引っ越し前のことが美紗の脳裏に浮かぶ。男子に混じりサッカーをしていた日々。ミッドフィルダーをしていた理紗は男子と競り合うことが幾度もあった。
大抵は競り負け、吹き飛ばされ、その度に喧嘩になっていた。それを仲介するのが美紗の役割だった。
(仲介、というよりは理紗をなだめるのが主だった気がするけどね)
なぜ競り合いになって、吹き飛ばされていたのか傍から見ていた美紗には分かっていた。
「理紗は右足しか使えないけど、パスは上手かったから」
「そうなの?」
「ええ」
理紗はボールを持つと、相手にとって嫌なところへ常にパスを狙っていた。それをさせないために必然的に理紗へのボディコンタクトが強くなる。
男子に強く当たられたら、吹き飛ばされるのが目に見えていた。
「男子に混じってサッカーをしていたから、ボディコンタクトが強くて、次第に思うようなプレーができなくっていったからね」
「それでイライラして喧嘩をしていた、と」
「そういうこと……由依、藍那ちゃん、飲み物取ってこようか?」
空いていたコップに目をやり、美紗が尋ねる。
「あ、お願い」
「オレンジジュース?」
「うん」
「じゃあ、私はコーラで」
美紗はコップを手に取り、立ち上がるとドリンクバーへと向かう。
「……美紗が来たから何が起きるかと思ったけど、何事もないわね」
ドリンクバーで飲み物を入れる美紗を見ながら、由依はポツリとつぶやく。
最初は美紗を見かけて、不穏な感じがした。あの岸本姉妹だと身構えてしまっていた。
だけど杞憂に終わったようだった。
「お待たせー」
美紗が二人の前に飲み物が入ったコップを置く。
「そういえば美紗ちゃん」
「なに?」
「今日、理紗ちゃんとみさきちゃんが東山高校に来ていたけど」
「!? ごほっ、ごほっ」
飲みながら聞いていた美紗は藍那の言葉を聞いて、驚いてむせる。心配して藍那が声をかけようとするが、美紗は手で制する。
何度か咳き込み呼吸を整え、深呼吸をして美紗は藍那のほうを向く。
「……それ、本当?」
「うん」
「あのバカ」
天を仰ぎ、大きくため息をつく。
「放課後になって、すぐに校門にいた?」
「うん。それがどうしたの?」
「考えてみてよ。西寺学園と東山高校、どれだけ離れていると思う?」
藍那は脳裏に敷瀬駅周辺の地図を思い浮かべる。
東山高校は駅の東側、駅から路面電車に乗って十分ほど移動した場所にある。一方の西寺学園。こちらは駅の西側、歩いて十五分ほどの場所にあったと藍那は記憶していた。
「あー、そういうこと」
由依も美紗が何が言いたいのか理解したらしく、大きくうなずく。
「あの二人、授業をサボったのね?」
「そうよ。帰りがけに先生に理紗の所在を聞かれたから……」
全てが繋がり合点した美紗。だけどその心境は複雑だった。
引っ越して早々、問題行動をした姉に頭が痛い。
「今日は家に帰りたくないなぁ。私まで怒られるよ」
「ご愁傷様」
テーブルに伏して嘆く美紗に由依は淡々と言う。
由依は同情していたが、助けることはできない。「東山高校に美紗は来ていなかった」と美紗たちの両親に説明しても、信じてくれるかどうかは分からない。
「由依、今日家に泊まらせてよぉ」
「いいけど、逃げたと思われても知らないわよ」
「えぇー」
どうすることもできない美紗は「あー」「うー」とか唸る。
「え、っと」
「大嶋さんは気にしなくていいよ。これは岸本姉妹の問題だから」
「う、うん」
「今はそっとしておいて、サッカーの用語の勉強を続けましょう」
「わ、わかった」
藍那はうなずき、由依の指導の下サッカーの用語をノートに書いていく。
しかし目の前で唸っている美紗に藍那はほどんど集中することができなかった。




