相違
俺は合成獣の肉塊が再生しないのを見届けると、ウィンクルムを鞘に戻しマルコシアスと共にソフィアたちの元へと飛んでいった。
彼女たちは廃王都ロージアンの入り口、森と廃墟の境まで逃げていた。
ソフィアが手を振っているのを見つけると近くに着陸し、俺は飛び降りてエマや兵士たちに被害が及んでいないことを確認する。
すると、マルコシアスが光り人間の姿に変わっていった。
「り、リオさん。そちらの方は……」
「え?あぁ、こいつは俺の召喚獣、マルコシアスのルシア。俺の相棒みたいなもんだ」
俺がソフィアにそう言うとルシアは誇らしげに胸を張り、今にもエッヘンとか言いそうな満足げな顔をしている。
「この方も召喚獣……リオさん、あなたは一体召喚獣を何体所有しているのですか?」
「22体」
「……え?」
「だから22体だよ。にじゅうにたい」
俺が契約している召喚獣の体数をわざとらしくゆっくり言うと、ソフィアは目を丸くして驚き、周りの兵士もざわつき始めた。
そんなソフィアをよそに俺は負傷した兵士が残っていないか確認した。
「そんなことよりソフィア、負傷している兵士はまだいるのか?」
「いえ、クララさんのおかげで負傷者の治療は終わっています。……ってそんなこと!?」
「あぁ、まぁいいじゃん。それより今はどこか休める場所を探したほうがいいだろ。」
傷が癒えたとはいえさっきの戦闘で兵士たちは肉体的にも精神的にも疲弊しているはずだ。
また異形腫瘍体や何かに襲われる前に安全な場所に行ったほうがいいだろう。
そう思った俺が聞くと
「それなら近くに探求街ヘブリッチがあります。来るときも経由した街ですし、そこなら安全でしょう」
「オッケー、んじゃそこに行きましょうかね。話はそれからだ」
「うむ……皆、これより探求街ヘブリッチへ向かうぞ」
エマからの提案に乗りアイアスが兵士たちに移動の準備をさせ始めると、兵士の影からクララがゾンビのように俺にしがみついてきた。
その顔は俺が前にやったことのある残業込み12連勤明けの時のようなやつれ顔だった。
「リ、リオ……サスガに疲れました……」
「なんかお前、別人みたいだぞ……」
クララにそう言うとソフィアが申し訳なさそうに俺に言ってきた。
「私のお願いを聞いてくれて、逃げている最中も兵士たちの治療をしてくれていたんです」
「ミナサンが頼ってくれるので、嬉しくてついパワー150%で治療してしまいました……」
「やりすぎだよ……でもありがとうな、ゆっくり休んでくれ」
「アイ……」
「皆のことを本当にありがとうございました、クララさん」
ソフィアがクララに向き直し頭を下げると、クララは軽く手を振って返事をし光の玉になってアルバドムスに戻っていった。
クララが戻るとパンドラとラルフが俺に近づいてきて、次の指示を仰いできた。
「主様どうする? ワシはまだこやつらの護衛をしていてもよいが」
「いや、おまえも一旦休んでくれ。何かあったとき頼りになるやつが疲れてたんじゃ意味ないからな」
「ムッフッフ……いつになく頼ってくれておるのう、ワシは嬉しいぞ。よかろう、主様の言う通り英気を養っておこう」
パンドラもアルバドムスに戻ると俺はラルフに次の指示を出した。
「ラルフ、悪いけどもう少し頑張ってくれ。空に上がってヘブリッチの方角確認と索敵を頼む」
ラルフはそれを聞くと元気そうな鳴き声を上げて空に舞い上がっていく。
「えー、空を飛ぶなら私でもいいじゃん」
「お前は変身したら図体がデカイんだから、敵がいた時すぐ見つかっちまうだろが。こういうのはラルフが適任なの」
「ブーブー、わかったよ」
俺がそう言うとルシアはあからさまに不貞腐れた様子を見せ、ブラキウムイラを棒で遊ぶ子供のように足で遊びはじめた。
こらこら、仮にもそれ結構な強さの武器なんだから……
「お前には街につくまで俺と一緒に兵士たちの護衛をしてもらうから、それでいいだろ?」
「本当? リオと一緒にやるの? じゃあ許す」
一体何を許されたのだろうか、ルシアは機嫌を戻したのかブラキウムイラを持ち直しやる気満々でいる。
俺はルシアに兵士たちの後ろ、殿を務めるように指示を出すと先頭にいるソフィアの元へ向かった。
向かっている最中、ゲームの時にはなかった召喚獣との会話をしている場面を思い出し、どうしてこんなにも打ち解けて話せているのだろうかと俺は疑問に思った。
〈AULA〉では音声認識の要領で指示を出し、それに対する短いテンプレートの受け答えがあるだけだったはずだ。
こんな風に会話をするのは初めてのはずだが、どうしてだろう……
俺がそんなことを考えていると、ソフィアが俺に話しかけてきたので思考の海を漂わずに済んだ。
「リオさん、どうかしましたか?出発の準備ができましたよ、ヘブリッチに向かいましょう」
「え、ああ……すまん。それじゃ行くか」
ソフィアの合図で移動しはじめた集団と共に歩いていくと、俺は空で旋回して待機しているラルフを見てから周りの状況を確認するためにスキルを発動した。
「センスシェアリング」
スキルが発動すると、俺の五感が一時的にラルフの五感と共有されはじめた。
空高く舞い上がり粒のように小さい俺たちを見下ろすラルフの目。
少しするとラルフは視線を周りの森に移し、外敵がいないことを確認する。
さらに上昇し高度を上げると、遠くに大きな壁に囲まれた街が見えた。
その後、ラルフがふと地面を見るとちょうど飛んでいる真下にラルフの影が映っている。
今はちょうど太陽が真上に見えているので、元の世界の感覚なら昼頃だろうか。
俺はそこまで考えて共有を止め、一緒にいるソフィアに訪ねた。
「なあ、ソフィア。ここからへブリッチまではどれくらいかかるんだ?」
「そうですね……今は12時18分なので15時頃には到着するかと」
俺はその発言と挙動に少し驚いてしまった。
ソフィアは懐から懐中時計のようなものを取り出し、蓋をあけると中から時計の文字盤のような魔法陣が浮かび上がりそれを見て答えたのだ。
俺はてっきりもっとアバウトな時間、お昼とか夕方とかそんな感じの返答が来るものだと思っていたので驚いてしまった。
すると、顔が固まっている俺に気づき不思議に思ったのかソフィアが訪ねてきた。
「どうかしましたかリオさん。時計がそんなに珍しいでしょうか?」
「いや、こっちの世界には時計なんて無いと思ってたから、ビックリしたというかなんというか……」
俺は〈AULA〉の時と同じ要領でメニューウィンドウを開き、端の方に表示されているゲーム内時間を表す時計を見ると、ソフィアの言ったのと同じ時刻が表示されていることを確認した。
「私達の世界にも時計くらいはありますよ……ただ、リオさんのいた世界のものとは違うところはあると思いますけど」
「ああ、そういう形の時計ははじめて見た」
「そうですか……もしかしたらリオさんのいた世界とは違うものが沢山あると思いますので街に着いたら色々と紹介しますね」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ」
俺がそんなことを話していると、少し距離の空いたところにいるルシアが訝むような顔でこちらを睨んできた。
〔……リオ……きこえますか……今あなたの心に直接話しかけています……そこの女と何を楽しそうに話していたのですか……〕
「ファッ!?」
突然ルシアの声が頭の中に響いてきて、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
その声に反応しエマやアイアスも含めその場にいた全員が俺を見る。
「なんでもない、気にするな」
俺がそう言うと見ていた全員が疑問符を浮かべていたが、再び街へ歩を進めはじめた。
やっべー……くっそ恥ずかしい……いや、というか何だ今のは、〈AULA〉の時には無かったぞあんなの。
〔フフフ……この能力は契約を交わした私だからできること……この能力があればどこにいてもリオに話しかけることができる……さあ白状するのです……一体何を話していたのですか!……〕
そんな事を考えているとルシアから心の声みたいなのがまた送られてくる。
俺は試しに心の中でルシアに強く思った。
〔あーあー……さっきのはソフィアがこの世界について紹介してくれるって話をしていただけだ……もちろん……どこかに行くって言われたらお前も連れて行くぞ……〕
俺はそこまで念を送るとルシアをチラッと見てみた。
するとそこには、満面の笑顔とサムズアップを俺に送ってくるルシアが見えた。
俺はそれを見るとなんだか呆れてしまい、同時に疑問をいだいた。
どうやら、〈AULA〉とは違う点や無かったものが多くあるようだ。
色々と知らないといけないことが沢山ありそうだ……
俺はそこまで考えると護衛に集中し、街まで何も出ないことを祈った。