盟友召喚
俺がソフィアの元へ帰りクララやほかの召喚獣たちと合流すると、廃城から出てきたエマとハールも俺たちのところにやってきた。
「こ、このモンスターたちは……まさか……」
「あぁ、俺の召喚獣。仲間だよ」
そう言うと、空でガーゴイルを倒し終えたラルフが左手の腕輪アルバドムスにとまった。
俺が労いも兼ねて顎下を撫でてやると、ラルフは心地よさそうな顔で甘えるように鳴いた。
「あー! ズルいのじゃ、ワシもワシも!」
わざわざ上目遣いできる位置まで高度を下げたパンドラがそう言ってせがんできた。
ガヤルジンも鼻で大きく息を吐き、物欲しそうな目でジッとこちらを見つめてくる。
「あぁ……ありがとうなパンドラ、ガヤルジン」
「ふふん、当然なのじゃ」
俺は空いた右手で順番にパンドラの頭を撫で、ガヤルジンの大きな顔を撫でた。
手触りの良い艷やかな髪の感触と、ひんやりと気持ちのいい龍鱗の感触が手から伝わってくる。
嬉しそうな顔をする一人と一匹を見ていると、自然と俺も笑顔がこぼれる。
するとなぜだろうか、背中の鞘にしまったウィンクルムがカタカタと小刻みに震えているのがわかった。
俺は疑問に思い撫で終えた手で触れると途端に震えが収まる。
そんな中、俺と召喚獣のやり取りを見ていたのかエマが呆れたような声を出した。
「こんな強大なモンスターが、人に懐くなんて……」
「あぁ、そうだな、普通じゃ考えられん。だがそれが英雄というものなのだろう」
声のする方を見ると、クララによる治療が終わったのかソフィアが側に付き心配そうにアイアスの体を支え、俺たちのところへと歩いてくるのが見えた。
「あれ、ソフィア。クララは?」
「他の兵士の手当をしてもらっています」
「姫様、ありがとうございます。わしはここで大丈夫です」
「そうですか? 無理しないでくださいね。では私はクララさんのお手伝いに行ってきます」
「姫様、私もご一緒します」
俺のもとにアイアスを置いていくと、エマとソフィアは怪我をした兵士の治療に向かっていった。
その光景を見ているとアイアスは突然俺の方を向き、膝を付いて頭を下げてきた。
「英雄殿、姫様とエマをお救いくださり誠に感謝いたします。我が名はアイアス・ヴェンデル、国王陛下より剛牙の二つ名を賜りし者であります。以後お見知りおきを」
「そ、そんな頭を下げないでくれ。それに俺、堅苦しいのは苦手なんだ。できればリオって呼び捨てにしてくれ、あと敬語も抜きで」
流石に威厳たっぷりな人からいきなり頭を下げられると焦ってしまう。
俺がそう返すと、アイアスはキョトンとした様子を一瞬見せたあと、大声で笑い砕けた調子で返した。
「ガッハッハ! そうか、ならそうしよう。しかし……お前さんのおかげで国を救えそうだ」
「国を救う?」
俺は気になるワードを聞き、反射的に聞いていた。
「あぁ、実はな……」
アイアスがそう言いかけたその時、廃城の方角から禍々しいオーラが俺たちの近くに放たれた。
オーラは球状になって宙空に留まり、耳を塞がないと立っていられないような大きさで悲鳴や歓声が入り混じったような音を発した。
パンドラや周りの兵士は思わず耳を塞ぎ、俺やアイアスは何とか耐えていた。
「なんだあれは!?」
アイアスが音に負けないような大声で叫ぶ。
俺はふとオーラが放たれた方向を見ると、そこにはローブ姿の人影のようなものが見えた気がした。
その人影は俺が瞬きをするともうそこにはおらず、周りを見ても見つからなかった。
音が鳴り止んだかと思うと、今度は周りからオーラ目掛けて飛んでいくものがある。
赤黒い宝石のようなもの、さきほどまで俺達と交戦していた異形腫瘍体の腫瘍核だ。
腫瘍核はオーラを中心に集まるとそれぞれが結合し、1つの大きな塊となった。
塊は高度を下げ地面に近づくとハウンドやガーゴイルなど、死体となったモンスターたちの亡骸を引き寄せはじめる。
塊は引き寄せた死骸をまるでパズルのように組み合わせ徐々に自身の姿を形成していく。
辺りに死臭をばら撒きながら出来上がったそれは、見上げるほど巨大な獣の生首のような合成獣だった。
化物を構成するパーツそれぞれに付いた目が一斉に俺たちを見た。
「く゛ゥゥ゛ウゥ゛う゛ぅオ゛ォ゛o゛オォoア゛ァA゛Aア゛ァァア゛アッっ」
合成獣の口を構成する大量の口が全て吼え、歪で不快な和音を奏でる。
地面に接している場所に大量の足を配置し動かすことで、巨大な体はゆっくりと動きはじめた。
俺はとっさに〈AULA〉のボスに関して思い出せるだけ思い出したが、こんな奴は見たことがない。
合成獣は亀のような速度ではあるがこちらに向かってきている。
俺は左手をかざし、赤い魔法陣を展開した。
「バーンナウト!」
魔法陣から一直線にに向かっていく紅焔、炎は合成獣の一部を焼いていく。
――がしかし、灰となった部分からすぐに再生し、醜悪な肉塊が内側から湧き出てくる。
その凄まじい再生力を見た俺は後ろを見て確認をした。
ソフィア達は逃げ始めてはいるが、負傷した者を同行させているため追いつかれるのは時間の問題だろう。
俺はアイアスに急ぎ言った。
「アイアス、逃げ遅れてる奴らを頼む。あいつは俺がなんとかする」
「な、なに!?」
アイアスは驚きを隠せないほど素っ頓狂な声を出した。
どうも、俺が相手をするといったことが信じられないようだ。
だが少し考えると、思い直したように俺に言った。
「いやわかった。リオ、武運を祈る」
「あぁ、サンキュー」
アイアスがソフィアたちの方へ向かったのを見届けると、俺は合成獣を見据えた。
――流石にあんな奴の相手をさせるわけにいかないしな。
俺は合成獣の方を見ながら召喚獣たちに指示を出す。
「パンドラとラルフはソフィア達の護衛に向かってくれ、ガヤルジンお前はアルバドムスに戻れ」
「わかったよ主様、まぁあんな奴の相手頼まれても困るしねぇ」
パンドラはそう言うとラルフと共にソフィア達の方へと向かい、ガヤルジンは光の玉になりアルバドムスに戻った。
俺は合成獣を睨みつけウィンクルムを逆手に持ち、刃を地面に向け構えた。
「今度はちゃんと出てくれよ、頼むぜウィンクルム……アドベント、絢爛たる終焉――バハムート!」
俺は祈るように突き立てた大剣の名を呼び《AULA》で最後に召喚した名前を叫ぶ。
……が、ウィンクルムはピクリとも反応しなかった。
「クソッ! なんで召喚できないんだよ……ん? ……んん!?」
俺はウィンクルムの装飾を見た瞬間、目を疑った。
ウィンクルムの刀身の根本には装飾として彫られた魔法陣に10個の穴がある、ゲームの時に召喚獣を上限数まで登録していたので全ての穴に宝玉があるはずなのだが……
確認すると1つしか宝玉がはまっていない。
「なんっじゃぁあこりゃぁぁあああっ!?」
俺はハッとすぐ我に返り登録してある召喚獣を確認する。
1つはまっているということは1体はいるということだ。
俺ははまっている宝玉の色をよく確認すると、ニヤリと思わず笑みを浮かべた。
「お前がいてくれたか……」
俺はウィンクルムを持ち直し、水平になるよう構え刀身に左手を添えた。
「愛してるぜ、ルシア」
そして今までのものとは違う特殊な詠唱を始めた。
「Animae dimidium meae.――盟友召喚、マルコシアス!!」
ガラスのように透き通った宝玉が輝きだし、ウィンクルムを中心に半透明の魔法陣が地面に展開される。
リオがウィンクルムの剣先を空に向けると魔法陣も連れられるように動き、そこから獣の遠吠えと共に召喚獣が飛び出してきた。
それは、羽毛の翼と蛇の尾を持つ白い体毛に覆われた狼。
空高く舞い上がったマルコシアスは、空中から合成獣に狙いを定め急降下し体当たりをくらわせた。
合成獣は突然の上空からの攻撃に耐えきれず、地面に顎を擦り付けて突っ伏した。
見上げるほどの巨体が地面に落ちてたことにより、衝撃と爆風が廃墟を駆け抜け、額の上に乗ったマルコシアスはしっかりと踏ん張り空を仰ぎ見た。
「ウオォォーーーン!!」
美しい遠吠えが鳴り響くと、マルコシアスの身体から眩い光が放たれる。
光がマルコシアスの姿を隠し、太陽が目の前に現れたのかと思うほどの瞬きを放つと、光は徐々に収まっていった。
そして光が止む頃、マルコシアスがいるはずの場所にいたのは……
全身にレザー装備を纏い、黒のフレームに金の装飾と赤い刃の長槍戦斧『ブラキウムイラ』を携えた女性が立っていた。
彼女は白銀の髪をなびかせ、血のように赤い瞳を輝かせながら合成獣の額から跳躍した。
そして重力に従い落下しながら、合成獣の頭を両断した。
「うぉぉおおりゃぁぁああああっ!!」
合成獣を見据え俺の前に着地した女性は、ブラキウムイラを構え直した。
「ルシア、会いたかったぞ!」
俺は〈AULA〉での相棒に再開できたことを喜び、それを口に出していた。
そんな事を言っていると、斬られてばっくりと開いた傷口から肉でできた糸のような物が伸び、まるで縫い直すように再生し、合成獣は怒ったようにこちらに歩を進めてきた。
「どうやら俺たちに標的を定めたみたいだな。ルシア、俺を乗せて飛んでくれ」
「はいよ!」
ルシアはそう言うと体を発光させ獣の姿へと変わった。
馬よりも大きなマルコシアスの背に乗り飛び立つと、合成獣は俺たちを追いかけるように動く。
やつはさっきルシアが斬ったのにすぐ再生しやがった、しかも切り口から腫瘍核が見えなかったとなると、もっと深くまでダメージを負わせないといけないのか……
観察したことを元に色々考えていると合成獣の大量の目から光線が俺たちを狙って放たれる。
「うおっと、危ねぇなぁ、おい!」
マルコシアスが俊敏な動きで光線をかわすと、俺はやつの攻略法を思いついた。
「ルシア、やつの体すれすれを飛んでくれ。あの気持ち悪い顔消し炭にしてやる!」
「まかせて!」
要はあの厚い肉塊が邪魔で外からの攻撃が腫瘍核まで届かないのだ。
ならば、内側から攻撃してしまえばいい。
華麗なターンで合成獣に向かって飛翔し光線の雨をかいくぐっていくと、俺は左手に赤い魔法陣を出現させウィンクルムの刀身を根本からなぞるように這わせた。
「マギアエンチャント・バーンナウト!」
水晶のような刀身が這わせた指先から魔法陣と同じ色に輝いていく。
真紅に輝くウィンクルムを構え合成獣に近づくと、それを深々と突き刺しマルコシアスの飛翔に合わせて引き裂く。
妙に柔らかい肉の感触は生焼けのハンバーグでも切っているような感じだ。
「はぁぁぁあああっ!!」
合成獣の体を一周するように飛ぶと、切り裂かれた部分に赤い魔法陣が次々と展開されていく。
展開した大量の魔法陣が一斉に輝きを増したその瞬間、内側から光が溢れ合成獣は火達磨となり、灼熱の炎が合成獣の体を内側から燃やし尽くした。
そして炎が収まると、そこには焼きすぎたトーストのように炭化した肉塊があった。
炭は自然と崩れ落ち、その奥には巨大な腫瘍核が見える。
「今だルシア!」
「うぉぉおおっ! デスパレートファング!!」
マルコシアスが叫び口を大きく開くと、燦然と光り輝く牙を立て腫瘍核に飛び込んだ。
すでに再生が始まり次の体が作られようとしていたその時、露出した腫瘍核を牙で貫きそのままの勢いで地面に滑り込むと、口に咥えた腫瘍核を粉々に噛み砕いた。
そして残った肉塊は腫瘍核と同じように、力なく地面に落ちそのまま動かなくなった。
「ふぅ……終わったな」
俺がマルコシアスから飛び降り再生し始めていた肉塊を見ると肉塊は崩壊し、それと同時に腫瘍核の欠片が色を失い機能しなくなっているのを確認した。