召喚獣
俺が召喚された部屋からエマ、ソフィアと共に飛び出すと、廃城の外が見える小窓からはひどい状況の戦場が見えた。
空にはガーゴイルの大群、地にはハウンドの群れと、さきほど戦っていた異形腫瘍体が数体見える。
群れが襲っているのはひと固まりになって防衛の陣を展開している部隊。
その先頭には、他の者を庇うように戦っている大剣を持つ男がいた。
モンスターからの攻撃がかなり激しく、部隊は動けずジリジリと囲まれつつある。
大剣の男は体中から血を流し、立っているのもやっとという状態で、敵の攻撃を捌ききれず攻撃をまともに受けてしまっている。
「アイアス、急がないと!」
「ソフィア、あれはアンタの知り合いか?」
「はい。英雄召喚のための時間を稼いでくれていたんです」
「アイアス殿! 姫様ここでお待ちを、ハールを呼んできます。来た道を全力で戻ればきっと間に合います」
エマが爆音で起きた騎竜を連れてこようと部屋に戻ろうとする。
俺は下の戦況から1秒でも時間が惜しいことを確かめるとエマに言った。
「エマさんだっけ、アンタは後から追いついてきてくれないか。ソフィア、アンタと一緒に行けば俺が味方だって証明できるか?」
「え? は、はい!」
俺がそう言うと、エマは訳がわからないといった顔をし、ソフィアは慌てて答えた。
「よーし、そんじゃいっちょやったりますか!」
俺は勢いよく拳と掌を合わせると大声で詠唱した。
「アドベント、カヴァードレイク・ガヤルジン!」
◆◇◆◇◆◇
もはやここまでか、そう初老の男はぼんやりとした思考のなか思っていた。
ハウンドの爪を腕にくらい、十全に振るうことのできない大剣は、かろうじて使える盾にしかならなかった。
襲い来るモンスターをいなすのも、ほとんど反射と本能がそうさせているに過ぎない状況だった。
このアイアス……姫様との約束を守れそうにありませぬ、そう覚悟を決めせめて最後に一太刀モンスターに大剣をくらわせようとしたその時だった。
廃城の一番高い塔、さきほど光の柱が立った付近が、轟音とともに内側から爆発するように崩落しはじめた。
もしや姫様の身になにかあったのでは、そう思ったアイアスの目に映ったのは――
「アイアース!!」
無事と希望を祈り廃城に向かわせたソフィア姫だった。
紫色の結晶体を身体に生やした四足の地竜の背に跨がり、世界最高峰の高山ケントルムに立つ塔の最上階から飛び降り落下してきている。
大きく手を振り、自分はここにいると主張するソフィア姫。
「姫さん、あんまり無茶すんな。振り落とされても知らないぞ!」
見ると竜の背中、ソフィア姫の前の席に男が乗っている。
あれは、もしや……
「やりましたな……姫様……」
ボソッと言葉を発すると、アイアスは気が緩んだのか大剣を地面に突き立て膝を崩してしまった。
「アイアス!」
「とばすぞ、しっかり掴まってろ。ガヤルジン!」
リオが名を叫ぶと呼応するように竜が吠える。
すると、竜の身体に生えた紫色の結晶体が発光し、滑空速度が上昇した。
◆◇◆◇◆◇
ガヤルジンに指示を出し速度を上げ急ぐ俺たち。
段々と宙を舞うガーゴイルの群れがはっきりと見えてくる。
俺は迎え撃つため次の召喚の準備をする。
「アドベント、ストームドラベルク・ラルフ!」
浮かび上がる魔法陣の色は緑と橙の二色構成。
そこから出現したのは、鷹のように小ぶりな飛竜。
俺たちに並行しながら飛ぶラルフに、空にいるガーゴイルを蹴散らすため指示を出す。
「ラルフ、ガーゴイルを一匹残らず倒せ。スキルも全部使って構わない!」
甲高い声で返事をするラルフはそのまま速度を上げガーゴイルの群れに突っ込んでいく。
するとラルフは翼を羽ばたかせ竜巻を起こし、竜巻を身に纏ってガーゴイルに体当たりをしていく。
ラルフの体当たりと竜巻のダメージが重なり、一撃でガーゴイル度も共を屠っていく。
ある程度倒すと纏っていた竜巻を開放し、周りのガーゴイルを一箇所に集めると同時に、竜巻の中心部から華麗に抜け出した。
そして風の力で圧縮されるように集められたガーゴイル目掛け、渦を巻く直線状の雷ブレスを放ち一網打尽にした。
(あんなスキルだったっけか?)
俺がラルフの戦いぶりを見て疑問に思っていると、地上の方から兵士の悲鳴が聞こえた。
アイアスのことを守るために戦っている数人の兵士が、異形腫瘍体に襲われているのが見える。
兵士は為す術なく豪腕に吹き飛ばされていき、徐々に守る人数が少なくなっている。
「まずい――アドベント、インセクトヴァンガード・レフ!」
俺がそう唱えると左手の先に魔法陣が浮かび上が…………らなかった。
「はぁッ!?」
何度唱えても召喚獣が出てくるはずの魔方陣が出てこない。
おかしい……どうしたんだ……
そんなことをしていると、異形腫瘍体がアイアスに攻撃できる距離まで接近されてしまった。
「クッソォォオオッ! アドベント、ルーラーオブトレジャー・パンドラ! アイツラを守れぇっ!!」
俺は水色と紫の魔法陣を出してから“しまった”と思った。
思わずスキルの使用許可を出さずにアイアスの近く、敵の目の前に召喚してしまったのだ。
あれではまともに戦えず逆に殺されてしまう。
俺は焦りから額に冷や汗を流し、今召喚したパンドラの方を見た。
すると――
「……なんじゃ主様。戦にワシを呼ぶなぞ、相当焦っておるな、カカッ」
アイアスを襲おうとした異形腫瘍体は、地面から突然現れた巨大な剣山によって身体を串刺しにされ絶命していた。
「宝物庫の妖精たるこのワシに、そんなバッチィ手で触ろうなぞ無礼千万、許されるものではない」
紫の髪に水色の肌、複雑な銀色の入れ墨を施し、金の装飾品を身に着け、露出の多い踊り子のような姿をした幼い子供の妖精がフヨフヨと浮かんでいた。
パンドラは辺りのモンスターを見ると、ため息をつき吐き捨てるように言った。
「まったく……揃いも揃ってブサイクばかり……もっと主様のように可愛い顔の方がよかったのう……」
パンドラがそう言うとウェアハウンドの一体が素早く近づき、変異した白い足で蹴りをいれようとした。
眼の前に来た敵に怯むこともなくパンドラが指を鳴らすと、突然落ちてきた鉄球に押しつぶされウェアハウンドは動かなくなった。
「ほれ、おぬしらも散るがよい」
パンドラが宙に浮かびながら舞い踊り始めると、モンスターたちは身動きが取れなくなった。
すると様々な物が足元から飛び出し、空から落ちてきた。
大岩、鉄球、溶岩玉、爆弾、巨大虎挟み、トーテムポール、三角木馬などなど……
俺はスキルを使ってくれたことに安堵の声が漏れ、それと同時にパンドラがアイアスの周りのモンスターを片付けてくれたおかげで着陸する場所ができたことを確認した。
「ガヤルジン、着陸準備!」
ガヤルジンは身体の結晶体を光らせ、重力を操作し衝撃を弱めて着地した。
着地すると同時にソフィアはアイアスのもとに駆け寄り、膝を付き言葉をかけた。
「アイアス、ありがとうございます。あなたのおかげで英雄の召喚に成功しました」
「あぁ……姫様……そりゃあ……よかった…………」
「アイアスしっかり! リオさん、お願いします!」
「わかった――アドベント、アルカナオートマトン・クララ」
俺は再びクララを呼び出す。
すると、さきほど疲れたと言っていたのが嘘かのように元気な状態のクララが姿を表した。
「ハーイ! 呼びましたかリオ。ア、ソフィアさん、さっきぶりですね」
「クララさん、アイアスを診てください! お願いします!」
「リョーカイ! それではさっそく」
「クララ、スキルは全部使っていいぞ。俺は周りの奴らを片づけてくる。行くぞガヤルジン!」
ガヤルジンが反応して吼えると、アイアスの治療をしているクララの護衛をパンドラに任せ、俺はガヤルジンの背に跨がり残党を狩りに行った。
少し離れたところから追撃と言わんばかりにモンスターたちがアイアスたちに迫りくる。
俺たちはモンスターの進路上目掛けて跳躍し、空中からの奇襲を仕掛ける
「ガヤルジン、パラライズブレス!」
俺がスキルを指示するとガヤルジンの口から放射状に電撃のブレスが放たれた。
ブレスにさらされたモンスターたちが身体を震わせ動きを止めていく。
静止したモンスターを滑りながら着地したガヤルジンが強靭な顎と力強くしなる尻尾で粉砕し、俺は近づいて来たモンスターをウィンクルムで斬り伏せていった。
そして俺は辺りを見回し他にモンスターがいないことを確認すると、俺は治療をしているクララの元に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇
廃城の塔に今しがた開けられた大穴、そこからモンスターを召喚獣と共に倒していくリオを見つめるひとつの影があった。
フードを深くかぶるローブ姿の人物は、彼のことを称賛と非難の目で見つめている。
しばらくして彼がソフィア姫たちの元に戻り、そこにエマが合流したのを見ると、手をかざし禍々しいオーラを放った。
オーラの行き着く先は彼らの近く、廃墟群に転がる無数の死骸の上だった。