腫瘍核
リオが召喚の間を後にして5分ほどが経過した頃。
残されたソフィアはさきほどリオが魔法陣から出したクララの膝の上に乗せられていた。
ソフィアはクララに治療してもらったあと、英雄召喚の消耗が嘘のように回復していることに驚きを隠せないでいた。
そしてさらに驚いたのは召喚した英雄、リオのことだった。
襲ってきた異形種をいとも簡単に倒す実力と見たこともない魔法を使う異界の英雄。
頭を撫でるクララを気にもせず、ソフィアは口元に手を当て眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
(あれが……伝承の英雄? 文献にあったのとは少し違うみたいだけど成功……だよね)
ソフィアがそんなことを思っていると、ふいに頭を撫でていたクララの手が止まった。
「アレ、もしかして何か悩み事ですか? よければ相談に乗りますよ」
そう言ってソフィアの肩を抱き、優しく頭を自身の胸に沈ませようとするクララ。
ソフィアは自分やエマより豊満な胸の感触が後頭部に広がるのを感じていた。
程よい柔らかさと安心するような体温を感じるその胸に、ソフィアは安堵と嫉妬を覚えつつ頭上の顔を見上げた。
蕩けるような優しい笑顔で見返してくるクララ。
ソフィアはどうしても彼女のことが気になり、さきほどリオが呼んでいた名前を思い出しながら質問してみた。
「えっと……クララさん? 不躾で申し訳ないのですけど、あなたは一体何者なのですか? ハウンドの毒を消したり、あんな高度な回復魔法……でいいのかな、あんなことまでできるなんて」
「アハハ、えっとですね……」
そこまで言うとクララは肩に置いていた手を離し、突然ソフィアの目の前で手首をグルンと捻り3回ほど回転させ、元に戻すように逆回転させてみせた。
ソフィアは目を丸くしクララの顔を二度見した。
「アハハ、面白い顔しますね。ワタシはリオの召喚獣、錬金術式自動人形アルカナオートマトンType-CN、クララです」
「自動人形……」
ソフィアは自動人形という単語に聞き覚えがあった。
錬金術の秘技によって生み出される疑似生命体。
だが、ソフィアの知る自動人形はクララのように本物の人間と間違うほど流暢な喋り方はしなかった。
それに何より、エマを救ったような高度な回復が施せるものなど聞いたことがなかった。
「ほ、本当に自動人形なのですか?」
「アー、その顔は信用してませんね! チョット待ってください、手首を回すなんて小手先の芸じゃやっぱりダメです。今度は首をグルグル回してみせます!」
「キャァァアア!? や、やめてください、分かりました! 分りましたから!!」
ソフィアはすぐ近くにある顔が人間の回せる角度の限界を超えそうになった瞬間、とっさに乗せられていた膝から飛び退き懇願した。
すると悲鳴で気がついたのか、エマが目を覚ました。
「うぅ……姫様……」
「エミー、大丈夫? どこか変なところはない?」
「は、はい」
ソフィアはすぐさまクララの膝から降り、エマのそばに行くと不安な様子で確認した。
エマは確かめるように自分の体を触り、自分の肩に刺さっていたはずの白い突起物がないことに気がついた。
すると気を失うまでの状況を思い出し、ソフィアの方を向きなおした。
「もしやこの治療は姫様が? ありがとうございます姫様。このエマ、より一層の忠義を……」
「いいえ、あなたのことを治療したのは私じゃないわ。こちらの方よ」
「ハ~イ、元気になって何よりだよ~」
クララは立ち上がり首の位置を元に戻すと、ホワホワした優しい笑顔でエマに微笑みかけた。
するとその瞬間、エマの体が強張った。
「姫様、後ろに。こいつは一体なんですか」
クララが人間ではないことに気がついたのか、彼女はソフィアとクララの間に立ち武器を構え警戒態勢に入った。
「フエ~ン、なんで武器向けるの~」
クララは慌てたように降参のポーズをとり、涙目で2人を見る。
「武器を下ろしなさいエマ! クララさんはあなたの命の恩人なのよ」
ソフィアがエマの肩に手をかけ静止したその時だった。
さきほどまで死体となって転がっていた腕の肥大化したウェアハウンドが、右半身だけで立ち上がったのだ。
胸に赤黒い明滅する宝石のようなものをつけた右半身だけの化け物は、バランスを崩すこともなく3人に剛速の拳を差し向けてきた。
「アッ、危ないっ!」
とっさにソフィアは頭を抱えエマは武器で防御したが、化け物の攻撃がこちらに届くことはなかった。
化け物の攻撃はクララの手によって止められていたのだ。
「グギギギ、結構重い一撃ねアナタ」
両手を広げ抱えるようにして拳を受け止めるクララ。
化け物は更に力を込めクララは徐々に2人の方に押し出されはじめた。
「クララさん!」
クララが拳の力に負けそうになったその時だった。
「オンスロート! クララ、そこでふんばれ!」
「ワカッタ、リオ! ふんぬぬぬっ!」
扉が壊れんばかりに乱暴に開かれると、そこにはリオの姿があった。
クララはリオの強化魔法の発動とともに身体が一瞬赤く光り、拳を止られるようになっていた。
「クルーエルダーツ!」
リオが叫ぶとその手から化け物目掛けてウィンクルムが投げられた。
芸術品のように美しい大剣は剣先を化け物の胸に定め、まるでドリルのように高速回転しながら飛んでいく。
見事胸の宝石に命中すると、ウィンクルムは回転を止めずそのまま壁まで化け物を運んだ。
化け物は強靭な腕で刀身を掴み止めようとするも、逆に削られ無残に壁に磔になる。
水晶の如き刃が壁まで到達し動きを止めると、深々と穿たれた宝石は音を立てて砕けた。
宝石が崩れ去り地面に散乱し化け物はしなだれ再び動くことはなかった。
「全員無事か?」
「ハイ、全員無事ですリオ」
クララがさきほどの攻撃などなかったように明るく言うと、リオの手にウィンクルムが瞬間移動のするように戻ってきた。
地面に崩れ落ちる化け物の身体を見るとリオが口を開いた。
「他の場所で戦ってた異形腫瘍体が腫瘍核にダメージ与えても死なねぇから戻ってきたんだ。間一髪だったな」
「マリグナント、コア……?」
「なんだ、知らないのか……えーと」
リオが言葉に詰まっていると、ソフィアはまだ自己紹介すらまともにできていないことに気がつき声を上げた。
「申し遅れました。私、コルアンディ王国第二王女ソフィア・ギフ・マイヤール・フォン・コルアンディと申します」
「私は第二王女直属親衛隊隊長エマ・フォシェルです。さきほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「俺はリオだ。よろしくな」
お互いに自己紹介をするとクララがリオの首に両腕をかけ、もたれかかるように話しかけにいった。
「リオ~、ワタシ疲れました~」
「疲れたってお前、どうすりゃいいんだよ。ゲームのときはそんなん無かっただろ」
「腕輪に戻してくれればいいと思います~」
ズルズルと力が抜けていくかのように地面に落ちていくクララ。
するとリオが左手をかざし労いの言葉をかけた。
「あぁ、ありがとうな。お前のおかげで助かったよ」
「ウイ~」
そう言うとクララは光の玉へと姿を変え、リオの腕輪に溶け込むように消えていった。
「まったく……こちとら来たばっかりで勝手がわかんねぇのに、知らない挙動をとらないで欲しいねぇ」
「あの、リオさん。それでさっきのマリグナントというのは」
「ん? あぁ、異形腫瘍体っていうのは腫瘍核にダメージを与えないと再生し続けるモンスターのことだ。もっともこっちのヤツは俺の知ってる異形腫瘍体とは少し違うみたいだが」
「腫瘍核……」
「さっきモンスターの胸に赤黒い宝石みたいのがついてただろ、それだ……っておい、この部屋に他に腫瘍核はなかったか?」
「え?」
ソフィアはリオにそう言われてさきほどの光景を思い出していた。
(そういえば、さっきの倒された足の白いウェアハウンドから腫瘍核が出てきた気がする……)
ソフィアは辺りを見ると、さきほどまで腫瘍核が落ちていたはずの場所には死体しか残っていないことに気がついた。
それどころか、燃えたあとの灰の山には何かが中から出たような丸い窪みができていた。
3人が状況を確認していると突然、城の外からと思われる爆音が振動とともに伝わってきた。
「な、なんだ!?」
「まさか……アイアス!」
ソフィアは召喚の魔法陣に置いてあった首飾りを取り、2人とともに部屋の外へと急いだ。




