暴走
俺はラケルにレオンやイレール会長に聞いた内容と同じ質問をすると、彼女は少し考えてから答えた。
「そうだね……まあこういうのはズバッと聞いちゃったほうが早いから聞くけど、君は一体何を連結魔法で再現したいのかな」
……その方が早いか、確かにそうだな。
幸いにも連結魔法について詳しそうな人がいるんだし、聞いてしまうか。
俺はそう思い思い切って俺が再現したい魔法を言った。
「俺が連結魔法で再現したいのは……最上位、第10相の対極魔法だ」
「なっ!?」
「だ、第10相の魔法……!?」
「ほう……」
ラケルの反応は静かなものだったが、レオンや会長さんは驚きを隠せないでいた。
それもそうだろう、俺が言った魔法は〈AULA〉においても絶大な火力を誇る超強力な魔法だ。
なぜこんな魔法を再現したいのか、それも合わせてラケルに説明した。
「俺は今朝、帝国軍の様子を偵察してきた時に3匹のゴライアスがどういう状態なのかを確認してきたが……あれの守りはまさに鉄壁だ」
「君がそこまで言うとは、なかなかの強敵ということか」
「ああ。こっちじゃいなかったんだろうけど、あのゴライアスは強固なバリアを張っている。攻撃も侵入者すら許さない強固なものだ。一応それを壊す算段はついたし必要なものも揃ったが……」
「それはあくまでやつの守りを取り除いたに過ぎない。王国6万、帝国30万という戦力差をひっくり返すものではない、と」
「そうだ」
いくらゴライアスのバリアを壊したところで、それは帝国の戦力を削ることに直結するわけではない。
あくまでもやつらが逃げ込む安置を潰したに過ぎない。
となれば、どうやってこの圧倒的な差を無くすか……
「戦力差を無くす方法……そんなの簡単な話だ。相手の数を減らせばいい」
「……なかなか、ぶっ飛んだ発想をするものだ。普通はそうするために色々と創意工夫するものだと思うが?」
「でもそれをするには動ける数が少なすぎるだろ? それに……これは誰にも言わないで欲しいんだが、ゴライアスの中にはケペック博士が幽閉されてる」
「なに!? ケペック博士が?」
「ああ、城の中になんとか潜り込んだ時に確認した」
ラケルはそれを聞くと少々驚き、考え込んだ。
レオンたち学生もさすがに博士のなまえくらいは聞いたことがあったのだろう、俺の言ったことに再度驚いていた。
俺は3人の学生に釘を差した。
「今のは絶対に誰にも言うなよ。こんなこと噂にでもなったら混乱を招きかねないからな」
「「は、はいっ!」」
「わかりましたわ」
そんなことをしているとラケルが考えが纏まったのか、ラケルが俺に言ってきた。
「なるほど。つまりこの戦争、実質人質を取られているというわけだな」
「ああ、だけどこれについては安心してほしい。俺が博士と一緒に脱出について作戦を立てたからな」
「そうか……いや助かるよ。正直、博士の件について王国は手に負えないだろう。ただでさえ戦争で手一杯なのだから」
「本当はすぐにでも助け出したいところなんだが、どうも博士は敵の将軍に気に入られてるみたいでな。まあそのおかげでまだ生きてるんだが」
「なるほど、博士がいなくなったらすぐにでも戦争を仕掛けてきそうだな」
「あの感じだとそうだろうな」
俺はそう言うと連結魔法に話を戻した。
「そこでだ、博士を助け出すタイミングは開戦直後にしたいと思ってる。そうすればあとは攻撃し放題だからな」
「そうだな、そうしてくれるとこちらとしても自由に戦えるというものだ」
「だろ。ただそうすると助け出すまでこっちは下手にゴライアスに手が出せないわけだ」
「ふむ……そのゴライアスにはやはり砲台などの兵器が搭載されているのだろう?」
「ああ、これでもかってくらいあったぜ。バリアがなくなったらやつも戦闘に参加するだろうし、正直搭載兵器よりもやつのブレスの方が長射程で面倒くさい。なので、俺が博士を助け出したらすぐさまゴライアスを倒してほしいんだ」
俺がそう言うとラケルは一瞬目を丸くしてから言った。
「ほう……つまり、君の言う第10相の魔法にはゴライアスを屠るだけの威力があると」
「それだけじゃないぜ、上手くいけばゴライアスの周りにいるモンスターたちも倒せるだけの威力がある」
「なんだって」
ラケルはさすがに驚いている様子だった。
もっとも学生3人はずっと驚きっぱなしという感じだったが。
だが、今俺が言ったのは本当のことだ。
実際〈AULA〉ではゴライアスを一番手っ取り早く倒す方法として、バリア破壊後にこの魔法を使うという方法があった。
ただ問題なのはその効果範囲。
ルシアの封印しているスキルほどではないが、かなりの広範囲にダメージを及ぼす魔法であることに変わりはない。
俺はそのことも付け加えるようにラケルに言う。
「本当だぞ? 俺のいた世界では可能ならこの方法を取ったほうがゴライアス1体ならすぐに倒せる。ただ、効果範囲が広いのが難点なんだがな」
「いや、君の言葉を疑うわけではないよ。それにしても……ふふっ、だんだん君が再現したい魔法がどんなものなのかわかってきたぞ」
ほほぉ、さすが王国軍魔法部隊の総隊長様。
サルバと学生3人はまだわかってないみたいだし、試しに答えてもらおうかな。
「試しに聞かせてもらってもいいかな。合ってれば話を進めやすいし」
「よかろう。君の再現しようとしている魔法、それは……広域殲滅魔法。しかも第10相で対極魔法だとすると属性は光と闇かな?」
「あー惜しいな、属性以外は合ってるよ」
「ほほぉ、ではそれは私の知らない魔法ということになるな」
それを言った途端、ラケルは不気味に笑いはじめた。
え、なにこの人、メッチャ怖いんだけど。
俺は笑っているラケルには触れないようにして話を先に進めた。
「それで、この魔法を連結魔法として再現するならどれくらい人が必要なんだ?」
「フフフ、そうだな……単純に考えるなら第8相が使える魔法使いを500人も集めれば可能だろう」
「そうか、だったら――」
「無理ですよ!」
俺がいけるなと言おうとした矢先、その言葉を遮るようにレオンが声を上げた。
無理って、どういうことだ?
俺はレオンが続ける言葉をよく聞いた。
「王国軍魔法部隊への入団基準が中位、第6相が使えることがまず条件です。ですが、今この国で第8相の魔法を使えるのはラケル先生とイリス姫様くらいしかいません!」
「え……そ、そうなの?」
俺はラケルが不敵な笑みを浮かべながら500人なんて数を出すもんだから、てっきり簡単に集められるもんだと思ったが逆か!
なるほど、集められないことに対して呆れも含めて笑ってたってわけか。
俺は思いついた作戦が実行できそうに無いとわかると意気消沈し、今の話はなかったことにと言おうとした。
するとラケルは近くにある木箱の蓋を開けては、まるで地面を掘る犬のように何かを探し始めた。
俺はその行動に驚きながらも何をしているのか聞こうとするとラケルは急に声を上げた。
「あった!」
俺はその声にビクつきながらもラケルが手にしたものを見た。
それは何重にも折りたたまれた紙のようなものだった。
「先生、それって……」
「リオ! 早速作業に取り掛かるぞ!」
ベルがそう反応すると、ラケルは俺の手を取り部屋から連れ出した。
なんだなんだ? どういうことだ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話が見えないんだが」
俺の後ろから学生3人とサルバがついてきている。
だが追いつくことはなく、歩いているはずのラケルはすごいスピードで俺を引きずりどこかに連れて行こうとしている。
「これから広い場所にいく。でないと魔紙が広げられないのでな!」
「ま、魔紙?」
俺は聞いたことのない単語を言われてつい聞き返した。
するとラケルは興奮気味に教えてくれた。
「魔紙というのは様々な使い方ができる特殊な紙だが、写すことに特化している。これを使って君の言う第10相の魔法の魔法陣を写し取るのだ」
「え、でもさっきの話じゃ連結魔法での再現はできないって」
レオンが言うには第8相の魔法使いはラケルとイリス姫しかいないって話じゃなかったのか?
俺がそう疑問を投げかけるとラケルは食い気味に答えた。
「それは第8相が使える人間を対象とした場合だ。ならば王国軍魔法部隊に多くいる第7相が使える魔法使い向けにすればいいだけのこと!」
「そ、そんなことできるのか!?」
「連結魔法用のスクロールには再現元の魔法を分解し単純化したものが記されている。つまり1つで難解なものならば複数に分割し、かつ明解なものにしてやればいいのだ! 過去2相しか跨ぐことしかできていなかったが、それは2相以上位相を跨ぐと分解と単純化の作業自体が難解になってしまうからだ! それに今回の場合恐らく2000人ほど再現に必要だろうな!」
「に、2000!?」
俺は再現にそんなに人数が必要とは思っていなかったので驚きのあまり声が裏返ってしまった。
そしてラケルはズリズリと俺の引きずったまま校庭に出ると、俺を放り出した。
「ウゲッ!?」
「ああ、上からはやれ費用がかかるだ人員の確保が難しいだと言われてきたが……まさかこうして機会が巡ってこようとは。ついに連結魔法による3相跳躍の構築式が書ける……ありがとうリオ、これで私の夢の一端が叶えられるというものだ!」
ああ、なるほど……
これがレオンたちが言ってた暴走ってやつか。
いい具合にぶっ飛んでんな、おい。
俺が立ち上がり服についた汚れを払い落としていると、校庭で作業していた学生たちが野次馬のように集まってくる。
だがラケルはそんなことお構いなしと言った様子で魔紙を広げた。
魔紙は大体10m四方の正方形をしており、ラケルは馴れた手つきで広げた魔紙のよれや皺を取り除いていく。
そしてその中央に立つと俺に向かって叫ぶ。
「さあリオ! 君の再現したい魔法の陣を展開し、私のいる位置で魔紙に押し付けるんだ!」
「ああ、わかったよ……」
俺はその傍若無人っぷりに苛立ちと呆れを感じていたが、これであの魔法が再現できるなら安いもんだと思い言われた通り魔紙の中央に立ち両手を広げる。
右手に赤い魔法陣を、左手に青い魔法陣を展開しそれを魔紙にぶつけるように押し付けた。
すると俺の手にあった魔法陣は消え代わりに魔紙に赤と青、2つの魔法陣が拡大された状態で輝きながら浮かび上がった。
それを見届けた頃に俺のことを追いかけてきた4人も校庭にやって来たのが見えた。
そして、魔紙に移された魔法陣の輝きが収まるとラケルは魔法を唱え始めた。
「フォールド!」
半透明な魔法陣が展開されると魔紙は俺のことを地面に降り出しながら綺麗に畳まれていった。
「グアッ!? ま、またか……」
「よろしい! 準備は整った。では行こうか!」
「へぁ!? こ、今度はどこに?」
「多目的ホールだ! 私の研究室では作業するには狭すぎる、ほら行くぞ!」
俺は放り出された状態のまま首根っこを捕まれラケルにまたも引きずられていった。
連れて行かれる途中、サルバやレオンたちの横を通ったのだが全員ラケルを止める様子はなく、サルバは合掌し、レオンや会長さんたちは申し訳無さそうな表情で目をそらした。
「お前らぁぁぁああああ!!」
俺の叫びは誰に届くわけでもなく、空に消えていった。