侵蝕体
部屋に流れる沈黙。
帝国軍が全て変化してしまった原因。
俺はそれを静かに話し始めた。
「ゴライアスにいる帝国軍はアルクトス将軍のせいで異形腫瘍体に変化してる」
俺はその場にいる全員に言った。
すると、アスター王は俺に詳細を聞いてきた。
「そ、それはどういうことだ? なぜ将軍が原因だと言えるのだ」
「それは……アルクトス将軍が侵蝕体だからだ」
「ディジーズ?」
俺がそう言うとサルバが首を傾げて聞いてきた。
まあ、それもそうだよな。
この世界の人達は異形腫瘍体のことも知らなかった。
だったら侵食体のことも知らなくて当然だ。
俺は〈AULA〉での侵食体の設定について説明し始めた。
「侵蝕体っていうのは……邪神ヴァルザの影響を色濃く受け、その力に肉体や精神が侵蝕されてしまっているやつらのことだ」
「な、邪神だと!?」
アスター王は驚愕と焦りに顔色を染め俺に怒鳴ってきた。
王の隣にいたイリス姫も驚きを隠せないようだ。
俺はサルバもそんな反応をしているんだろうなと思いながら隣を横目で見てみると、想像の3倍ほどオーバーリアクション気味に顔を歪めていた。
おい、そんなに目をひん剥いて鼻水を出してるとさすがに引くぞ。
一応はお前、イケメンの部類に入るはずなんだからさ……
俺がそう呆れているとイリス姫が聞いてきた。
「すみませんリオさん。邪神の影響を受けた将軍がなぜモンスターを異形にしてしまうのか、いまいち理解できないのですが」
「ああ、そうか。そこも話さないとな」
俺は自分のインベントリからこの世界に来てから集めた情報を書き記している手帳を取り出した。
これには〈AULA〉の設定が全て書かれている。
俺は伝える情報を間違えないよう手帳を確認しながら説明した。
「まず異形腫瘍体。あいつらは元々普通のモンスターだったのがあんな姿に変わってしまっている。それはなぜか……まぁ単刀直入に言ってしまうと、あれも邪神の力が影響している」
「邪神のせいだって?」
「ああ、そうだ」
俺の言葉を確認するように言ってきたサルバに頷き答える。
「生物の体内に入った邪神の力は、その体を力に適した姿に変えるために腫瘍を作る。その腫瘍は宿主の体を徐々に蝕んでいき、最終的には完全に邪神の力を受け入れることができるようになる。これが侵蝕体、将軍の今の状態だ。侵蝕体の特徴は周りの生物を異形腫瘍体に変えること、まあしち面倒で厄介なやつなんだよ」
「……なんと……そのような」
俺の説明を受けてアスター王は手を組み冷や汗をかいている。
すると、いつもの様子に戻ったサルバが俺に聞いてきた。
「……ん? おいリオ。なんか今言ってた徐々に蝕んでいくって、さっき聞いたネガに似てないか?」
……お前は、ほんとにいいところに気がつくな。
俺は先ほどのアホみたいな顔をしていた男の発言とは思えない鋭い質問に、関心していいのか呆れたほうがいいのかわからなくなりながらも答えた。
「お前はほんとに鋭いな、流石は神製合金の冒険者だよ」
「ふ、ふーん……当たり前だろ」
無駄にキメ顔で俺にそう言ってくるサルバ。
こいつは……
俺はそのキメ顔にイラッとし、もうこいつのことを褒めるのはやめようかなと思いながらも話を続けた。
「これは王様に聞こうと思ってたんだが、帝国軍が現れてから王国の中で変な人が暴れているとかそんな事件はなかったか?」
「む……いや、そのような事件は私の耳には届いていないな。もしかすると、町の自警団が解決しているかもしれないが」
「……そうか」
俺は少しばかり嫌な予感がしたが話を続けた。
「ネガっていうのは俺とサルバがさっき出くわした爺さんがなってた状態異常だ。この状態異常は侵蝕体に攻撃されないと発症しない。つまり……」
「つまりあの爺さんに将軍が何かをした……?」
俺の言葉を遮るようにサルバが言った。
さすがにこれは王様達も話を聞いてれば分かるだろう。
だが、俺はサルバの意見を肯定はしなかった。
「いや、それはわからない。そもそも将軍が城から離れるとは考えにくい」
俺は言葉に疑問符を浮かべるサルバに説明するように言った。
「侵蝕体は確かに生物を異形腫瘍体に変えるけど、そこまで広範囲のものじゃない。せいぜいゴライアスの城の一部分だ。恐らく将軍は王国に来てから城の中を転々としてたんだろう、やつは帝国軍の全部隊が異形腫瘍体になったと言ってたからな」
「なるほど、城を離れればそれだけ自軍の強化ができなくなるってわけか」
「そういうこと、それにカナリッチ山脈には常時監視役がいたんだろ。なあ王様?」
俺がそう聞くと、アスター王はハッとした様子で答えた。
「あ、ああそうだ。昨日話した通り、山脈の頂上にいる偵察兵が帝国軍のことを24時間体勢で監視している。万が一、将軍や帝国軍のモンスターが来るような事があればすぐさま魔法による通達が来るようになっている。偵察兵に持たせた魔法はたとえ彼らが死んでもこちらにその知らせが来るものとなっているが、現状は何の通達も来ていない」
通達が来てないってことは本当に将軍は城の中にいたってわけだな。
そうなるとあの爺さんがなんでネガになってたかが気になるところだが、今は一旦置いておこう。
俺は王様やイリス姫にネガのことを説明した。
すると2人は驚きのあまりしばらく言葉を失っていた。
まあやっぱりそんな反応になるよな。
でも、とりあえず将軍や帝国軍のモンスターについては伝えられたし、次の問題に移るとしますか。
俺は城で見つけたもう1つの問題点に話を変えることにした。
「俺が帝国軍の様子を見に行ってわかった将軍の様子と、帝国軍が異形腫瘍体になった理由はこんな感じだ。あと問題なのは、ゴライアスのバリアについてだな」
「ば、バリア? なんだそれは」
アスター王が俺に聞き返してきた。
あれ、王様はゴライアスのバリアについて知らないのか?
俺は念の為アスター王に聞いてみた。
「王様はゴライアスに関してどこまで知ってる?」
「私が知っているのは帝国の保有する大規模移動要塞モンスターであり、数多くの兵器を搭載している恐ろしい存在ということだが……今までゴライアスがバリアを持っているなぞ聞いたことがないな」
「あー……そうなのか……」
てことはこっちの世界には今までいなかった種類ってことかな。
そうなると厄介だな。
俺はアスター王に試しに聞いてみた。
「なあ王様。王国で所有してる爆轟マナ結晶ってどれくらいある? ……もしかして、そんなの無かったりする?」
「……生憎だがそのようなものは聞いたことがないな」
ですよねー!
そりゃそうだ、爆轟マナ結晶は〈AULA〉でバリア持ちゴライアスが登場してから実装されたもの。
こっちじゃまだバリア持ちがいないってんだから、まだ開発もされてないわな。
てことはそこから用意しないといけないわけか。
俺は自分でも分かるほど苦い顔をしながらアスター王に聞いた。
「あー……じゃあさ、烈火のマナキューブってあったりしない? もしかしてそれも無かったり?」
「それならば城の貯蔵庫に豊富にある。戦争時に使用する可能性があるのでな」
あー、よかった……
俺はすぐさま事情を説明する。
「ゴライアスのバリアは攻撃どころか侵入者も許さない堅固な作りになってるんだ。このまま戦争になったらこっちの攻撃が全く通らないで一方的に殲滅される恐れがある」
「な、なに!? そんなものどうしろというのだ!」
「まあ落ち着いてくれ。さっき俺はゴライアスの城の中に特殊な方法で潜入することができた。その時にケペック博士が囚われているのを見つけたんだ」
「博士が!?」
そう言うと反応したのはイリス姫だった。
俺は話を続ける。
「ああ、元気に牢屋の中で研究をしてたよ。んで、博士とゴライアスのバリアを破る作戦を立てたんだ」
「博士も一緒に。それは期待できそうだ」
「作戦がうまくいけばバリアを壊すどころかゴライアス自体にダメージを与えることができる」
「それは本当か!」
アスター王は暗闇の中で光を見つけたかのように希望の眼差しを俺に向けてきた。
な、なんかちょっと怖いな。
まあでもこういう反応が普通だろう。
俺は頷いて答えた。
「そのためにも烈火のマナキューブが大量に必要なんだ。あと必要なのは錬金精錬炉とマナ圧縮装置だな」
するとアスター王は口元に手を当て思い出すように答えた。
「ふむ……確かその設備はカーディッチにあるはず。イリスよ、確認してくれ」
「はい、お父様」
そう言うとイリス姫は部屋を出て行った。
俺たちがそれを見届けるとアスター王が一安心した様子で聞いてきた。
「それで、烈火のマナキューブはどれくらい必要なのだ?」
「そうだな、爆轟マナ結晶を必要分作るための素材と考えると……ざっと3000個くらいかな」
「さ、3000個!?」
アスター王は机を手で叩き立ち上がって俺を凝視してきた。
あれ、もしかしてそこまで数無かったかな。
俺が不安を感じて固まっているとアスター王が口を開いた。
「いや、致し方あるまい。帝国軍に勝つため……城に貯蔵してある約8割、持っていくといい。英雄リオ、私は君を信じよう……!」
マジか。
〈AULA〉の時は3000個なんてたかがその程度と笑うような数だったが……
そうか、こっちではそんなに数がないんだな。
あぁ、これは憶えとかないとな。
今後また何か素材アイテムが必要になった時〈AULA〉と同じ感じで考えてはいけない。
俺はそう思うとアスター王の言葉に威勢よく返した。
「任せてくれ。そんなにたくさん貰うんだ、必ずゴライアスのバリアは壊してみせるさ!」
「ああ、頼んだぞ」
俺とアスター王がそんなやり取りをしているとドアをノックする音が部屋に響いた。
どうやらイリス姫が帰ってきたようだ。
部屋に入ったイリス姫は俺とサルバに並んで立ち、報告をし始めた。
「失礼します。お父様、確認が取れました。錬金精錬炉とマナ圧縮装置は王立カーディッチ魔法学院に設置してあります。最近まで研究に使用していたとのことでしたので、正常に動作しているようです」
「おお、そうか。ありがとうイリスよ」
イリス姫は笑みを浮かべ頭を下げるとアスター王の隣へ移動した。
「よろしい、それでは君たちに設備の使用を許可しよう。学院にはこちらから連絡をしておく、人手が欲しい場合はそこの研究員を使ってくれ」
「了解! そんじゃありがたく使わせてもらうぜ」
「我々にできるのはこれくらいしかないが、どうかこの国を救ってくれ……」
「任せてくださいって、俺とリオなら必ずやれますよ!」
「お願いしますね。烈火のマナキューブがある場所までは私が案内します」
俺たちに頭を下げてくるアスター王とイリス姫。
これは失敗できないな。
作戦は絶対に成功させてみせる。
俺とサルバはイリス姫の案内のもと部屋を後にし、烈火のマナキューブを貰いに行った。




