作戦
俺とルシアは山頂から少し離れた山小屋に着くと爺さんをベッドに寝かせ、山小屋の中を軽く見て回った。
特にこれと言っておかしいと感じる部分はなく俺たちが山小屋を出ていこうとした時、ベッドの方から声がした。
どうやら爺さんが目を覚ましたらしい。
シラユキからの情報共有では、まだレーミーは帝国軍に見つかってはおらず。
博士のいる牢屋でじっとしている。
まだもう少しこっちに時間を割けそうだな。
俺とルシアは爺さんの元へと行き、軽く事情を聞くことにした。
「爺さん大丈夫か? どっかおかしなところはないか?」
「ああ……大丈夫だよ。……もしかしてお客さんかね? 悪いね、近頃妙に眠くていけない。こんなところで寝てしまうなんて、そろそろわしも年かのう」
爺さんの様子は先ほどまで俺たちを襲っていたものからは想像もつかないほど温厚そうなものだった。
どうやら、先ほどまでのことは憶えていないみたいだな。
俺は混乱させないためにもネガ状態の時のことは話さずに会話を続けた。
「俺たちがここに来た時、山小屋の外で倒れていたんでここまで運んだんですよ。なんかあったんですか?」
「ありゃ、それは本当かい。いやぁ、迷惑かけちまったみたいだね。スマンのぉ。……確か朝起きてから小屋の周りを掃除していたんだと思うが、そうかい倒れてたかい」
「ああ、最初見た時は死んでるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ。どっか体調が悪いなら医者のところに連れていきましょうか?」
俺は博士のこともあるので爺さんに小屋で少し待っていてくれないかと提案した。
すると爺さんは少し考えた後、快く承諾してくれた。
「そうかい? むぅ……最近ここにくる客もいなくなっちまったし、そうしようかね」
「わかりました。あ、少し待っててくれませんか? 俺の仲間が山頂でちょっと作業をしてるもんで、それが終わり次第一緒につれていくのでも構いませんかね?」
「ああ、構わないよ。それまではまたベッドで寝ていようかね。悪いが来たら起こしてくれんか」
「いいですよ。それまではゆっくり休んでいてください」
「悪いねぇ」
俺たちは爺さんと約束をすると、山頂で待たせている二人の元へと戻った。
サルバもすっかり元気になったらしく岩から立ち上がり、戻ってきた俺たちに手を振った。
「おう、戻ったか。もう一回城の中見てくるんだろ?」
「ああ、でもまた何か来るかもしれないから。護衛よろしくな」
「まかせとけ、正体と戦い方がわかればこっちのもんよ。……ただ、なんか来たらまた呼ぶからな」
「わかった。そんときは大声で知らせてくれ」
俺は強気に振る舞い、その後すぐビビり気味になったサルバに少し笑いながら言った。
俺は先ほど同じく手頃な場所に座りレーミーとの感覚共有を始めた。
「そんじゃ行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ、旦那様」
「なんかあっても私が守るからね、リオ」
「2人ともありがとう。……センスシェアリング・フルリンク! リモートトーク!」
再びレーミーの視界を借りる俺。
レーミーは脱ぎ捨てられた博士の服の中にはおらず、服を着た博士と対面していた。
「すまない博士、戻ったよ」
「おお、リオくん。どうやら君の言うとおりだったよ」
「ん、なんのことだ?」
「さきほどのアルクトスの発言。私はやつの言葉を聞いてからというもの、激しい怒りと同時に3人のことが心配で不安な気持ちが溢れそうになっている。少し違うとは思うが息子や私の周りにいる者たちには、これと同じ気持ちを味あわせていたのかもしてないな……」
俯き反省するような表情をする博士。
俺はその様子を見て既視感を憶えた。
あぁ、やっぱり親子なんだな。
俺は博士に気が少しは楽になるであろう声をかけた。
「たしかに、アディーたちが感じていたのはそれに似た気持ちだろうな。でも心配することないぞ。俺はあのアルクトスとかいう野郎が心底許せなくなった。あんなやつの思い通りにさせてたまるか」
「それは、つまり……」
博士は顔を上げ俺に希望を見出したような目を向けてくる。
俺は堂々と断言した。
「戦争になっても帝国軍をへブリッチになんか向かわせたりしない。アディーも、エマも、カシアさんも、将軍には指一本触れさせねぇ!」
博士はその言葉を聞くと今一度俯き震え始めた。
すると突然、レーミーのことを押しつぶすような勢いで抱きしめ始めた。
「リオくん……! ありがとう、ありがとう!」
博士は目から噴水のように涙を流しはじめ、その豪腕の締め付けを強くしていく。
さ、さすがにこれは……キツい……
俺は嬉しさも感じていたが、ダメージが入っているんじゃないかと思うくらい締め付けられているレーミーが心配になり博士に訴えた。
「は、博士……! そんなに締め付けるとレーミーが気を失っちまうよ!」
「……はっ!? す、すまない。つい感情が抑えられなくなってしまった」
「ふぅ……大丈夫かレーミー」
「キュキュッ」
レーミーは元気そうな声を俺に返してきた。
一応、レーミーのHPバーを確認する。
……うん、ダメージは入ってないな。
俺は博士が泣き止んだのを見ると話を続けた。
「博士、あんたも必ずここから出してやるからな」
「私を? いや、とても嬉しいのだが私よりも3人の方をだな」
博士は腕を組み疑問符を浮かべる。
「おいおい、さっき自分が心配されてるの自覚したんじゃなかったのかよ。俺はアディーとあんたを連れ戻すって約束してるんだよ」
「なに、アディーと!? しかし、一体どうやって逃げるのだ」
「問題はそこなんだよな……ったく、バリアの発生源もどうやって壊しゃいいかわかんねぇし、牢屋からあんたを出すのは簡単だが、城の外までどうやって無事に連れ出すか」
俺がそう言うとレーミーも前足を組み悩むようなポーズをとった。
すると博士が聞いてきた。
「バリアの発生源とはなんだ? もしやゴライアスはバリアを張っているのか」
「ああ、そうなんだ。どんな攻撃も侵入者も許さない、そんな強固なバリアを張ってんのさこの亀様は」
「ふぅむ……どんな侵入者も許さないとは帝国軍のモンスター共も含まれるのか?」
「ああ、そうだ。だが奴らの持ってるバッジがあれば自由に出入りできる。今俺たちはそれを持ってないから、こうしてレーミーをなんとか送り込んで話してるってわけだ」
その話を聞くと博士は少し考え込み、何かを思いついたように言ってきた。
「バリアの発生源が破壊できればよいのだな、ならば攻城兵器を用いればよいのではないか?」
「攻城兵器? ああ、確かにそれなら壊せるかもしれないけど、発生源があるのがここのもっと下の階層なんだ。そんなんどうやって持ち込む……か…………」
俺が黙ると博士とレーミーがどうしたのかと言いたげな表情を取り、俺の言葉を待っていた。
俺は博士の攻城兵器という言葉を聞き何か引っかかるものがあった。
思考を高速回転させ、メニュー画面から製作可能一覧を見る。
そして俺は、あの謎の生体器官を壊す方法を思いついた。
それどころか、これならば博士を助け出す事もできる。
俺は沈黙から抜け、急に大声で博士に言った。
「ありがとう博士! おかげでなんとかできそうな方法を思いついたぜ!」
「なに、本当か!?」
「ああ、これならいける気がする。説明するぞ……」
俺は博士に耳を貸すよう言い、ヒソヒソと考えた作戦を聞かせた。
すると博士は驚いた様子で聞き返してきた。
「そ、そんな事ができるのか!?」
「ああ、〈AULA〉でもこんなことしてるやつらがいて、俺も散々苦労したのを思い出したよ」
「なるほど、うむ。それならばいけそうだ。少々危険は伴うがそれにかけてみよう」
博士は何度も頷き俺の提案した作戦に賛成してくれた。
すると、気になったのか俺の口にした〈AULA〉という言葉について聞いてきた。
「そういえばその〈AULA〉というのは一体何なのだ? 初めて聞く単語だが」
「ん? ああ、そっか博士にはまだ言ってなかったな」
俺は一呼吸置いてから博士に自分のことを話し始めた。
「俺はアルテルに選ばれてこの世界に来た。あんたたちで言うところの英雄だよ」
それを聞くと博士はしばらく黙っていたが、突然に糸目をカッと見開き大きく口を開けると驚き聞き返してきた。
「な、なんと……それではつまり、リオくんは伝承にある異世界からの来訪者というわけか!?」
「ああ、そうだよ。ソフィアが王国を救うために命がけで俺のことを召喚したんだ。俺はこの世界を救うために来た。だから、安心して頼ってくれよな」
博士は興味津々といった様子でレーミーを覗き込んだ。
「なるほど……どうりでこのような芸当ができるわけだ。私はこれまでこのように召喚獣を通して会話をする術など見たことがない。だが、そうかなるほど」
博士は舐めるようにレーミーの全身を見始めた。
感覚共有によってレーミーが震えているのが伝わってくる。
さすが親子、気になることがあると暴走しがちなところまでそっくりか。
「あー博士? それじゃあさっき言った作戦のためにも俺は道具を用意して来るよ。準備ができたらまたレーミーを来させるから、そん時はよろしくな」
「ああ、わかった。……本当にありがとうリオくん。このお礼は帰ったら必ずしよう」
「あまり気にしてないけど、わかった。楽しみにしておくよ」
そう言うと俺はレーミーに檻を出るように指示した。
「そんじゃな、また来る時まで無事でいてくれよ」
「ああ、その点は心配せんでも大丈夫だ。なぜなら私は頑丈だからな!」
博士は筋肉を見せつけるポーズをとって大丈夫だと意思表示する。
うん、本当に大丈夫そうだな。
レーミーは前足を振ると俺の指示に従い誰にも見つからないように、城の最上階へと向かって行く
そうしてこの城に侵入した時に最初に来た大木の根元まで戻ってくると、シラユキの分身とも言える白い花が明滅しているのが見えた。
流石に残しておくのはまずいか。
俺はそう思いシラユキに言う。
「シラユキ、ご苦労さん。もう花を消しても大丈夫だ」
「はい。それでは」
その言葉と同時に光を失い枯れていく花。
枯れた花は地面に落ちると光の粒子となって消えていった。
よし、これでここにいた証拠はなくなったな。
俺はスキルを解除し、レーミーに帰還の指示を出す。
〔よし、レーミーもご苦労さん。アルバドムスに戻ってくれ〕
〔キュキュー〕
俺の合図とともに光の玉となってアルバドムス目掛けて飛んで帰ってくるレーミー。
やはりこの方法ならバリアには感知されないな。
俺はシラユキにも労いの言葉をかけるとアルバドムスに戻ってもらった。
さて、それじゃ爺さんを迎えに行って近くの医者がいるところまでに連れていきますか。
俺たちは警戒しながらもその場を後にした。




