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異世界英雄と22の召喚獣  作者: 十回十
Episode:0 AULA
3/40

白黒の神

「……い……く……、だ……ぶ……」


 誰かの声がする……

 なんだか周りがとても暗い……

 俺が視覚が暗さしか捉えないのが目を瞑っていると理解したとき再び声がした。


「えい……う……ん……いじょ……ぶ?」


 あぁ、そうだ。

 確かメールから出てきた黒い手に引きずり込まれて、気がついたら訳の分からない場所にいて、それから……

 目を閉じた状態で思考を巡らせると、後頭部に柔らかいものを感じた。


「英雄くん、大丈夫?」


 今度ははっきりと聞こえたその声の近さに驚き、俺は目を開いた。

 俺の目に飛び込んできたのは逆さの少女の顔。

 その顔には見覚えがあった、確か気を失う前に見た少女だ。

 頭頂部で白黒半々に色分けされた長い髪を垂らし、俺の顔を覗き込みながら左手で静かに髪をかきあげた。

 俺が目を覚ましたのに気がついたのか少女は満面の笑みを送ってきた。


「目が覚めたみたいだね、英雄くん。まだどこか痛いところはあるかな?」


 優しく俺に訪ね、瞬きをするたびに色が入れ替わる不思議な白と黒の瞳の少女に俺はどこか見惚れていた。


「ん、どうかしたかな?」

「あ、いや!? なんでもない……です……」


 俺は慌てて横に転がり少女から顔が見えないようにするが、自分が今の今まで膝枕をしてもらっていたことに気づき余計に恥ずかしくなってしまった。


「ハハッ、ちょっとイタズラが過ぎたかな。はじめまして、英雄くん。私はアルテルだよ。」


 顔を抑え地面で転げ回っていた俺に、溌剌とした笑顔で手を差し伸べながら少女は言った。

 その一挙手一投足が美しく感じ、どこか現実のものではないように感じてしまう。


「あ、俺は遊馬(あすま)理央(りお)……です」


 俺は差し出された手を若干キョドりながら取ると、ひんやりとした少女の手の感触を確かめながら立ち上がった。


「さっきはゴメンね、テーブルに頭ぶつけちゃったね」


 ウィンクをしながら手を合わせそう言うと、アルテルと名乗った少女は近くにあるカフェに設置されてそうなテーブルと2人分の椅子の方を見た。

 さっきはこれにぶつけたのか。

 俺がそう思い返していると記憶の中の矛盾に気付き、俺は周りを確認しはじめた。

 そこには虹色の空とだだっ広い草原があった。

 おかしい……

 気を失う前の俺は確かに辺りを確認したが、こんなものはなかったはずだ。

 そう思いながら自分の様子を確認すると、メールを読んでいたときは自分のキャラクターであるリオの姿だったのに、今は現実でよく着ている部屋着になっている事に気がついた。

 もしかしたらこの場所に来たときからそうだったのかもしれないが、変わっている事自体に驚いてしまった。


「理央くん。今キミはギアを通してこの場所を見ているんじゃなくて、現実世界のキミ自身がここにいるんだよ」

「えぇえっ!?」


 俺はその言葉を聞くと素っ頓狂な声を出してしまった。

 もう、いろんな事が起こりすぎて頭がどうにかなりそうだ……


「こっちおいで。少し落ち着いてお話ししよう」


 そんなこと考えているとアルテルは白と黒のゴシック調のドレスを揺らし、さきほど見ていた椅子を引いて俺に座るように勧めてきた。


「あ、ありがとう……ございます」


 俺が勧められたとおり椅子に座るとアルテルは対面に位置した椅子に座った。

 すると、アルテルはテーブルの中央あたりで手をヒラヒラと舞わした。

 俺は気になり見ていると手の平から光の粒子が落ち、それが一点に集まると高級そうなティーセットが出現した。


「えっ!?」


 俺は驚き短く声を上げてしまった。

 アルテルは俺の反応など気にせず、微笑を浮かべながらお茶をカップに注いでいく。


「さぁ、どうぞ。熱いから気をつけてね」


 俺は眼の前に置かれたお茶をまじまじと見て確認してしまった。

 カップからは湯気が昇り同時に華やかないい香りがしている。


「もしかして……このテーブルと椅子もあなたが、こんな風に?」


 俺がそう聞くとアルテルは静かに一口お茶を飲むと笑顔で答えた。


「そうだよ。でも理央くん、“あなた”なんて呼んでほしくないなぁ。それに敬語も使わないで、普通にアルテルって呼び捨てでいいんだよ? それが嫌なら、神さまとか」

「あ、じゃあ俺も理央でい……い……か、神さま!?」


 それを言われた瞬間メールに書いてあった文面が脳内によぎった。

 まさかな……確認するか。


「もしかして、メールに書いてあった“神さま”っていうのは」

「うん、そうだよ。私が神さまです」


 慎ましい胸を張り大きく頷く自分を神と豪語する少女アルテル。

 今しがた彼女が見せた不思議な力や言動からしてもきっと間違いはないのだろう。

 俺はアルテルが神ということを自分でも驚くほどあっさり受け入れてしまった。

 となると、気になるのはあの“選ばれました”という言葉だ。

 あとは――


「じゃあ遠慮なく。……メールにあった“選ばれました”っていうのはどういうことなんだ? それに、俺を引きずり込んだあの黒い手はいったい……」

「え!? あ~、あの手はね……」


 俺がそう聞くとテーブルの下からニョキッと生えるように黒い手が出てきた。

 挨拶をするように小さく振られた黒い手はゆっくりとアルテルの方に近づき、真横まで来ると急に上に伸び、その根っこ部分が見えた。


「は……え?」

「ゴメンね、理央くん。実はこれ神さまの手なんだ」


 根本が見えるように動いた黒い手は、なんとアルテルの右側、黒い方の髪につながっていのだ。

 いや、というよりはアルテルの髪が手を形作っている。

 それを確認すると、アルテルは立ち上がりもう片方の白い髪で白い手を作り、自らの前で合わせて申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当にゴメンね。やっと適合者を見つけられて、嬉しくてつい手が伸びちゃったんだ」


 俺が合わせられた髪の手に驚いてると、何か気になるワードをアルテルが言った気がした。

 適合者……?


「今、適合者って……」

「ん? あぁ、そうだ。ちゃんと説明しなくちゃね」


 アルテルは再び席につくとコホンと一つ咳払いをし、俺のことをまっすぐ見て話しはじめた。


「まずは理央くん。神さまの用意した異世界シュミレーションシステム〈AULA(アウラ)〉を長いこと遊んでくれてありがとう。そしておめでとう、キミは全プレイヤーの中で最も高い適合率であることが判明しました!」

「シミュレーションシステム? 適合率?」


 俺は頭の上に数え切れないほどの疑問符を浮かべ、きっとアンディやモカモカに見られていたら馬鹿にされるようなアホな顔をして聞き返した。

 俺はそこまですると、見たことのない消え方をした二人の友人のことを思い出した。


「あ、そういえばあの二人はどうなったんだ!?」

「大丈夫、アンディくんとモカモカちゃんは無事だよ。それは神さまが保証しよう」


 アルテルの言葉を聞き、まぁあの二人なら大丈夫だろうと俺は謎の安心感を得ていた。

 俺の少し安心した表情を見るとアルテルは微笑み話を続けた。


「まずは〈AULA〉について話そうか。理央くんが遊んでいたVRMMORPG〈AULA〉は神さまが設計して人間に作らせたものだ。その正体は……神さまが創った異世界フィーリアをモチーフに、フィーリアの未来予測結果を反映させたシミュレーションシステムだったのだ!」

「は、はぁ……」

「……理央くん、なんか反応が悪いね。神さまは少し悲しいよ」


 ドヤ顔でいかにもこれが真相だ! みたいなノリで言ってくるアルテルに俺は疲れた苦笑いで返事をしてしまった。


「いや、その、申し訳ない。なんか急に色々あったせいで疲れたというか、慣れてきたというか」

「あー、そっかー。でも大事な話だからしっかりと最後まで聞いててほしいな」


 アルテルは途端に悲しそうな表情で俺に言ってきた。

 あぁ、これは聞いとかないと後々面倒くさいやつだ。

 俺は確信し気を取り直してアルテルの話を最後までちゃんと聞くことにした。


「そもそも、何故〈AULA〉を作ったかというと、神さまの創った異世界フィーリアが破滅へと向かい始めたからなんだ。理央くんも〈AULA〉のメインストーリーは知ってるよね」

「あぁ確か、世界を破滅に向かわせる邪神ヴァルザの封印が弱まったせいで色んな悪影響が出始めて、邪神の復活を食い止めるため世界中を駆け巡るやつだろ?」

「そう、そのとおり! ……実は今、現実のフィーリアでは邪神の影響が想像以上に出てしまっているんだ」

「へぇ~、は!?」


 俺は目を見開いて大声を出してしまった。

 え、どういうこと?


「さっき、〈AULA〉はフィーリアの未来予測結果を反映させたものって言ったじゃないか。現実のフィーリアが予測したとおりの未来に進み始めてしまっているんだ」

「え、てことは、そのままゲームどおりにいったら……」

「うん、理央くんが考えている通り。邪神が復活してしまうんだ」


 アルテルは茶化した口調で話してはいるが、その顔は真面目そのものだ。

 相当追い詰められている状況なのだろう。

 2年前に実装された〈AULA〉シーズン3のメインストーリー。

 それは太古の昔に勇者によって封印された邪神が復活し、その邪神を討伐するというものだ。

 遊んでいた頃は、はじめて実装された100人用レイドボスということで、色んな人と協力して倒していたのを覚えている。


「でもアルテル。ゲームに反映した予測どおりなら、そんなに慌てる必要ないんじゃないか? だって邪神は倒されるじゃないか」


 邪神ヴァルザは2年前に実装されたレイドボスだ。

 討伐を成功させているプレイヤーは数えきれないほどいるし、当時は1時間かかった討伐も今の装備だったら少ない人数で10分程度で終わるだろう。

 そのフィーリアとやらにいる奴らに任せれば討伐くらい簡単に……

 そこまで考えて俺は気づいてしまった、かもしれない。

 俺は考えてしまったことをアルテルに確認しようとした。


「お、おい。まさか……」

「察しがいいね、理央くん。そう……」


 アルテルは俺の想像した通りの言葉を静かに紡いだ。


「フィーリアにはね、キミたち〈AULA〉のプレイヤーみたいに特別な力を持っていたり、何度死んでも復活するような人間はいないんだよ」


 俺はなるほどと納得してしまった。

 確かにプレイヤーは通常の人間、ゲームでいうNPCよりも圧倒的に強い存在であり、聞こえは悪いかもしれないが化け物のように何度でも復活する。

 アルテルの予測した未来は現実の異世界フィーリアを見たものであって、それを反映したゲームを遊んでいる俺たちプレイヤーのことは勘定に入っていないのだ。

 だが、それだとおかしいことがある。


「ちょっと待てよ、じゃあなんで邪神討伐後のストーリーがあるんだよ」


 シーズン4や5のメインストーリーには邪神討伐後のしばしの安息と新たな脅威が描かれてはいるが世界は存続している。

 でもそれを実現するためには、フィーリアの人間たちが邪神を討伐するという前提が必要である。

 アルテルが懸念するようにフィーリアが邪神復活によって崩壊してしまうなら、そこで未来予測は終わってしまうはずである。


「そ、それは……フィーリアの子たちが邪神を討伐した前提で予測したものだから」


 アルテルは人差し指の先端同士をツンツンと合わせ、むくれ顔で言った。

 俺は神さまに幻滅し、ため息をついてしまった。

 この神さまは……恐らくだがフィーリアの人間たちが邪神に勝つことを信じて、歪めた未来を前提にその先の未来を予測してしまったのだろう。

 アルテルは仕切り直すように咳払いをすると再び説明しはじめた。


「そこで神さまはなんとかフィーリアを存続させようとしたのだけれど……自分で生み出した世界に直接干渉して邪神をどうにかすることができなかったんだ。まぁ、キミたちで言うところの仕様ってやつだね」

「は、はぁ……」


 俺はものすごいスケールの話を聞かされ続けて、だんだん疲れてきていた。


「だから神さまは考えた。自分でどうにかできないなら他の誰かにやってもらおうとね。そのために《AULA》に予測した未来を反映させて、理央くんの世界の人たちがフィーリアに転移できるかの適合率を計ったんだ」

「もしかして、その誰かって……俺?」

「そのとおり!」


 よくわかったね、と言わんばかりに俺を指差しとびきりの笑顔で答えるアルテル。

 なんとも身勝手な話である、俺をフィーリアに転移させる?


「〈AULA〉には適合率が上がれば上がるほど遊びやすくなるシステムが搭載されているんだ。今のラスボス、終焉のモルテを討伐する終焉レイドをはじめてクリアした人達なら適合率が高い人達がいると思って、神さまが特別な力を込めて書いたメールを読んでもらって適合率の最終チェックをしたんだ」

「それで、俺がひっかかったと……でも、俺自身はそんなすごい力は持ってないぞ?」


 俺は両手を広げて何も持っていないことをジェスチャーで表現した。

 そう、ここにいる現実の俺自身は何も特別な力は持っていない。

 持っているとすればゲームの中のキャラクターだ。


「そうだね、理央くん自体はごくごく一般的な普通の人間だよ。だから……ちょっと立ってもらっていいかな」


 そう言うと、アルテルは席を立ち俺の横に歩いてきた。

 俺も椅子から立ち上がると設置されていたテーブルや椅子、ティーセットが光の粒子となって消えていった。

 テーブルなどが消えるのを確認するとアルテルはヒラヒラと手を舞わせた。

 すると、2mほどの縁取りも装飾もない巨大な黒い板が出現し、鏡のように俺の姿を映し出した。

 映っているのは確かに俺だ、それも現実の俺。

 見覚えのある部屋着、寝癖でボサボサの髪、そしてここ数日ありえないほどゲームをしていた関係でできた疲れた顔と大きな隈。

 我ながらひどい顔だ。

そう思っているとアルテルが鏡から少し離れるように言ってきた。


「確かに今の理央くんには無理だろうけど、こっちのリオくんならどうかな?」


 アルテルが黒い板に触れ、クルクルと板をその場で横回転させた。

 短く回転した板は黒から白に色が変わっており、そこに映っていたのは現実の俺ではなくゲームのキャラクター“リオ”が映っていた。

 漆黒の髪に中性的な顔立ち、力強い紫色の瞳に黒が基調の布防具で身を固めたキャラクター。

 俺は驚きいろいろな角度から白い板を覗き込む。

 すると、板に映ったリオも全く同じ動きをしている。

 自分の頬に触れてみたりポーズをとってみたりしてひとしきり映っているリオが俺を同じ動きをすることを確認すると、俺はアルテルに聞いた。


「……もしかして、俺をリオにしてフィーリアとかいうとこに転移させるってこと?」

「そう、そのとおり。適合率の高い理央くんなら大丈b――」

「断る」


 俺はアルテルの言葉を遮るように言い放った。

 アルテルは口から、え?と言葉を漏らし驚いたように目を丸くしている。


「どうして俺がそこまでしなきゃならないんだ。やったら何かしてくれるのか? それに、誰かに何かを頼むときはそれ相応の頼み方っていうのがあるだろう」

「あぅ……も、もちろんだよ! 終わったら元の姿に戻してあげるし、お礼として理央くんの望みをなんでも1つ叶えてあげよう……これで、どうかな?」


 アルテルはバツの悪そうな顔で俺に聞いてきた。

 こいつ、何も考えてなかったな。

 そう思いながら苦虫を噛み潰したような顔で黙りこくりもう一度断ってやろうとした時、切羽詰まった真面目な表情でアルテルが口を開いた。


「ま、待って! いや、待ってください! どれだけ突拍子のない話なのかも、どれだけキミに関係ない話なのかもわかってます。でももうこれしか方法がないんです! あの世界の住人は私にとってはみんな我が子も同然なんです」


 俺の表情を見て変化がないことに気がついたアルテルは、涙目になりながら深々と頭を下げ、俺に懇願してきた。


「お礼は何でもします、神としてキミの望みを全て叶えると約束します! だから……だから私の世界を……私の子たちを救ってください。どうか、お願いします!!」


 俺は大きなため息をひとつつき自分の人生を振り返っていた。

 小学生のときに大好きだった両親を交通事故で失い、母方の祖母に引き取られた。

 高校卒業してからの社会人生活では、常に高圧的で見下した態度を取る人や立場を利用してプライベートな時間まで人を振り回す上司にうんざりしていた。

 最近では、何でも話せる良き相談相手だった祖母が突然死して、近しい身内が誰もいなくなってしまった。

 現実の方では友人と呼べるような間柄の奴はいなかったし、正直現実の何が楽しいのかわからないと思っていたところだった。

 そして、俺は少し考えてアルテルのお願いに答えを出した。


「……現実に戻ってもいいことないし、〈AULA〉は好きだからモチーフになった世界に行けるってなら、まぁいっか」

「え、それじゃあ!」

「あぁ、引き受けてやるよ。そのかわり、さっきの約束絶対忘れるなよ」

「うん、ありがとう!」


 アルテルは涙目で屈託のない笑顔を俺に向けてきた。

 そんな笑顔をあまり向けないでほしい。

 こっちは消去法で決めただけなんだから。


「それじゃあ早速、理央くんを変身させちゃうよ。そこから動かないでね」

「お、おう」


 異世界への転移や邪神の討伐を引き受けはしたが、やはり自分が違うものに変わるのは少々恐ろしいものがある。

 アルテルが手を上げ合図を出すと、リオの映っている白い板が俺に向かって進んできた。

 俺はぶつかってくる白い板に反射的に身構えきつく目を閉じた。なにか前方から後方に向かっって身体がビリビリと熱くなる感覚があったが特段痛みは感じなかった。


「終わったよ、リオくん」


 恐る恐る目を開けると笑顔のアルテルが最初に目に入った。

 自分の身体を上から順に確認していくと、それはまさしく俺がリオを操作している時と同じく黒い服装に見覚えのある指輪などの装飾品が見えた。

 そして後ろに何かを感じ振り返ると、そこには俺の身体を通過したのであろう板が見えた。

 だが板は白ではなく黒に変わっており、さっきまでリオが映っていたところには寝不足顔の理央が映っていた。

 俺がそれを見ると板は静かに景色に溶けるように消えていった。


「本当に……変わったんだよな?」


 俺は今の自分の身体の動きや五感、自分の発している声などを確認したがおかしく感じる部分が全く無く思わず聞いてしまった。

 それどころか、さっきより身体が軽く体調が良くなっている気がしていた。


「ちゃんと変わってるよ。ほら、これで見てみて」


 そう言ってアルテルは縁取りに美しい装飾の施された姿見を出現させて俺をその前に立たせた。

 そこには自分が今まで〈AULA〉で使ってきたキャラクターである理央が映っていた。

 さきほど自分の視界だけでは確認できなかった顔を手で触りながら見ていると、首にゲーム内の装飾品であるチョーカーが手に触れた。

 俺は他の装飾品も確認すると〈AULA〉で装備していたアイテムがそのまま装備されていた。

 そして――


「ホントに俺のキャラなんだな」


 左手にある魔術の刻印が幾重にもなされた白く分厚い金属のブレスレット。

 俺のキャラをキャラたらしめる装備品、最上位の製作サブ武器『アルバドムス』。

 そこまで確認した俺は大事なものがないことに気がついた。


「おい、神さま。俺のメイン武器『ウィンクルム』はどこいった?」


 そう〈AULA〉ではいつも背中に背負っていたはずの最上位の製作メイン武器『ウィンクルム』がないのである。

 その質問に対してアルテルは、フッフッフと自慢したい盛りの子供のように笑った。


「リオくん、きみの装備したい武器を強く思い浮かべてごらん。そうすれば〈AULA〉の時と同じ装備場所に現れるよ」


 俺はアルテルに言われた通り、自分のいつも装備しているウィンクルムを強く思い浮かべた。

 すると、背中に光の粒子が集まり一瞬強く発光すると、鞘に収まった大剣が姿を表した。


「おお!」

「フッフッフ、スゴイでしょ! ちなみにそれはもっと強く思い浮かべれば今のより早く出てくるからね」


 おぉ自由にしまえたりもするのか、こりゃすげぇ。

 俺はウィンクルムを出したりしまったりして使用感を確認をしていた。


「あと、リオくんがゲームで持っていたアイテムや熟練度なんかもそのままだから活用してね」

「あぁ、わかった。そのほうが慣れてるし助かる」


 俺は姿見のない方を向き、ウィンクルムをブンブンと素振りしながら言った。

 それと同時に視界の端にあるHPとMPの表示や思考することで操作することができるメニューウィンドウ、インベントリや熟練度なんかをゲームの時と同じように確認した。


「よし、確認はこんなもんか。んで、俺はこれからどうすればいい?」

「んーと……もうとっくにお迎えがきてもいい頃なんだけどなー」

「お迎え?」


 俺がそう聞くと、近くの地面から空に向かって伸びる光の柱が出現した。


「あ、来た! あれだよ、リオくん。あれが私の世界、フィーリアにつながる転移門だ!」


 柱の近くまでアルテルと一緒に行くと、柱内部の地面は光のトンネルになっており、下に向かって伸びているようだった。

 け、結構深いな……


「あー、これに飛び込めばいいのか?」

「そう、そうすればフィーリアの方にある転移門へ行けるんだ」


 アルテルはそう言うと俺の両手を握り、拝むように話しはじめた。


「リオくん、きみは私の最後の希望だ。重ねて言うけど、どうかフィーリアを救ってください、お願いします」

「……わかった。お前の世界を救うと約束するよ。期待して待ってな」


 そう言うと俺はアルテルの手を握り返し、手を解くと光の柱に向かって走り出した。

 柱の中に飛び込んだ俺は横目で両手を合わせて祈るアルテルを最後に見て、光のトンネルの中を落ちていった。

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