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異世界英雄と22の召喚獣  作者: 十回十
Episode:1 黎明のコルアンディ
29/40

ケペック博士

 レーミーを向かわせた先は城の下層。

 先ほどまでいた謎の生体器官があるひとつ上の階層だ。

 最下層とは打って変わって警備の監視や巡回がやけに多い。

 俺はレーミーに通路の端にある溝を行くように指示し、誰にも気づかれずに進むことができた。。

 だいぶ汚れちまってるな、帰ってきたら全身洗ってやろう。


〔レーミー、次の角を右に曲がってくれ。そうすれば反応のある場所に近づくはずだ〕

〔キュッキュッ!〕


 かなり反応のある場所まで近づいてきた。

 レーミーがT字路を右に曲がるとそこは巨大なホールのようになっており、監獄のように檻の並ぶ牢獄だった。

 ものすごい檻の数だ。

 ホールは3階まであり、それぞれの階に檻がこれでもかと並べられている。

 ざっと見ただけでも100は超えているだろう。

 気付いた反応はこのホールのどこか。

 俺の予想は確信に変わっていた。

 こんな場所から反応があるってことは、間違いないケペック前所長がいるな。

 俺はレーミーに見つからないよう細心の注意をするように伝え、反応が指し示す3階の檻に向かわせた。

 レーミーが指示した檻の前まで来ると、確かにその中には誰か大柄な人が捕まっていた。錆だらけの鉄の檻の中で、1人床に座り込み何かを壁に書きなぐっている男。

 檻に背を向けているので顔が見えないが、俺はその後ろ姿に見覚えがあった。

 常人よりふた周りほど大きい体躯、筋肉によって形が変わるほどパツパツに張っている汚れたカウボーイ服。

 そして何より後ろから見てもわかる横に伸びた髭、脇だけ生えた髪に光る頭。

 間違いない。

 彼はエアハート魔法技術研究所の前所長、ケペック博士だ。

 俺が博士に近づくよう指示すると、レーミーは檻の隙間を抜け博士の前まで行った。


「む? なんだ君は。……まさか、君はスピリットカーバンクルか!? なぜこのような場所に……まさか、ゴライアスはメディウム大陸からウォンディア大陸まで移動してしまったのか!?」

「キュ……キュキュ……」


 驚いた様子でレーミーを抱え上げ、顔を近づけて本当に物が見えているどうか怪しい糸目で覗いてきた。

 感覚共有によって俺の視界に現れるおっさんのドアップ顔と、鼻から入ってくる汗混じりのむさ苦しい男臭。


「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッ!? 近いんだよ! 離れろゴラァ!」


 俺は思わず口に出して言ってしまった。

 すると、驚いたサルバと悲しそうなルシアの声が聞こえてくる。


「な、なんだ!? どうした!」

「え……り、リオ……私なんかしたかな……」

「え!? あ、違う! お前のことを言ったんじゃないルシア! 今ケペック博士を見つけたんだよ。博士がレーミーに顔を近づけてくるから驚いただけだ! お前は何もしてないし別に怒ってもいないからな、気にしないでくれゴメン!」

「うん……じゃあ、そばにいてもいいよね?」

「もちろんだ、むしろいてくれ」


 ルシアがそばにいてくれるだけでおっさん成分が中和される気がする。

 ふと背中に柔らかいものが当たる感触がし、女性特有の甘い香りが漂ってくる。

 今、俺の目はレーミーの視界と構造情報で埋め尽くされており俺本体の周りを確認することができないが、後ろからルシアが抱きついているのがわかる。

 俺はこの時ほどルシアが女性で良かったと思ったことはなかった。


「それじゃ今からケペック博士と話をするから、こっちとの会話ができなくなると思う。何かあったら教えてくれ、頼んだぞ」

「あいよ……まったく羨ましいやつだなお前は」

「今俺はパツパツカウボーイ服のムキムキマッチョおっさんとルシアに挟まれている。お前も味わうか?」

「どっちの成分が比率的に多い?」

「おっさん8、ルシア2」

「……パスで」


 俺がサルバにそう言うとルシアが最初よりもきつく抱きしめ、先ほどよりも香りが強くなり、耳元に吐息がかかるくらいまで顔を近づけてくれたおかげで比率が五分五分までいった。

 だが俺はサルバにはその事は言わずにケペック博士との会話に進むためスキルを発動した。


「リモートトーク」


 俺がそう言うとレーミーの体が光ったせいか、ケペック博士が驚き手を離した。


「あーあー、聞こえますか?」

「おお、スピリットカーバンクルが喋った!? これは興味深い」

「シッ! 静かに。警備に見つかる」

「おっと、これは失礼」


 俺は檻の外をたまに通る巡回に気付かれないようになるべく小声で喋った。


「俺はリオ。この召喚獣、スピリットカーバンクルのレーミーを使役している者だ」

「おお、君は召喚獣だったのか。それにしても召喚獣を介して会話を? 興味深いな」

「まあ、そこらへんはここから出たらいくらでも話すから。一応確認のため聞くけど、あんたはアルドヘルム・エアハートの父親、ケペック・エアハートで合ってるか?」

「おお、私を知っているのか。そうだ、私はケペック。少し前までエアハート魔法技術研究所で所長をしていた者だ」


 ビンゴ! 思ったとおりだ。

 俺はとりあえず今檻の外で何が起きているか状況を説明した。

 すると博士は地べたに座り込み、レーミーを見下ろすと納得するように頷き言ってきた。


「なるほどな、ゴライアスが3匹も。それに戦争とな」

「ああ、俺はあんたの息子と約束したんだ。それであんたを探しだしたってわけ」

「ふむ、我が息子ながら心配性だな。私は元気で研究をしているというのに」

「……え、研究?」


 俺がそう言うと博士は顔を上げさっきまで書きなぐっていた難しそうな数式を見た。

 レーミーもそちらを向くと博士は静かに言った。


「ああ、そうだ。私は長年ヘルファイアゲートとフリジットステークの研究をしているのだが。今回、帝国軍に捕まったことでわかったことがあったのだ」

「へぇ……ってそうだ。博士はなんで帝国軍に捕まったんだ? そこらへんのこと教えて欲しいんだけど」

「うむ、ではそれも踏まえて話そう」


 博士は思い出すように顎に手を当て話し始めた。


「二週間ほど前、私は他の研究員の目を盗み単身ヘルファイアゲートへと来ていた。もちろん調査のためだ。そこで私はヘルファイアゲートから出現するゴライアスを見たのだ」

「いや、待てよ。なんで他のやつを連れて行かないんだよ。そのせいでみんな心配してるんじゃないか」


 俺はヘルファイアゲートのことについてとても気になったが、それよりも前に博士の行動を咎めた。

 すると博士は眉をひそめて答えた。


「致し方あるまい。他の者を連れて行くと危険だの何だのと調査対象のある場所へ行けず、全く研究が進まないのだ。研究者たるもの危険と隣り合わせが常であろう。だからこそ、1人で動いていたほうが研究が捗る」

「……あんた、せめて息子の言うことくらい聞いてやってもいいじゃないか。アディーは単純に父親であるあんたのことが心配なんだよ」

「であればそれこそ心配無用。生まれたときから私のことを見ているのであれば、何も心配謎する必要など無いはずだ。現にこの通り、今も無事に生きておる」


 この状況を無事と言うかこの筋肉は。

 博士は腕を曲げ力こぶを見せつけるとそう言ってきた。

 これは想像以上の研究バカだな。

 俺は博士に意見した。


「小さい頃から見てるからこそアディーは心配してるんだろ! 今無事でいるとかそういう結果論を言ってるんじゃない。誰だって大切な家族が危険なことしてたら心配するだろうが! あんたは自分ひとりで生きてるつもりかもしれないけどな、息子がいて同じ志を持つ仲間がいるだろうが。もしあんた死んだ時、一番悲しむのは誰か、涙を流す人がどれだけいるか考えたらどうだ!」


 俺が牢屋の中ということも忘れ怒鳴ると博士は何か懐かしむように答えた。


「……別れた妻にも同じようなことを言われたな……やはり皆悲しむのだろうか?」

「ああ、もちろんだ。特にアディーの気持ちは痛いほどよく分かる。大事な人がいなくなるってのはな、悲しいだけじゃないんだよ。自分の中の何かが欠けちまうんだ。胸が痛くて苦しくて、それでも受け入れなきゃいけなくて、死んだら会えるのかと思っちまうくらい辛いんだよ!」


 俺は昔を思い出しながら話していた。

 旅行に向かう車の中、巻き込まれた事故のせいで俺は両親を亡くした。

 大事な人が、大好きな人がいなくなるってのは死ぬよりも辛い。

 俺はレーミーも驚くような剣幕で声を上げ、博士に訴えた。

 すると博士はそれを聞き、落ち込んだように言った。


「そうか……少し考えておこう」

「俺も熱くなりすぎた、すまない。話を戻してくれないか」

「ああ、そうしよう」


 俺と博士は気を取り直し、牢屋の外を見て誰も来ていないことを確認すると捕まった時の話をし始めた。


「私がヘルファイアゲートからゴライアスが出現するのを発見すると、すぐさま帝国兵と思われるモンスター達に囲まれたのだ。私は必死に抵抗したが、ヒュプノシスの魔法をかけられてしまってな、気が付いたらここにいた」


 ヒュプノシス、相手を睡眠状態にする風属性の魔法だな。

 火属性魔法が主な帝国の中に風属性魔法を使えるやつがいるのか。

 俺はそのことが気になったが博士の話の続きを聞くことにした。


「この牢の中にいると警備や巡回の者たちがしている色々な話を小耳に挟むことができてな。その中でわかったのだが、どうやらヘルファイアゲートはワープゲートと同じ性質を持っているようなのだ」

「なんだって? じゃあ、ヘルファイアゲートを使えばどこにでも行けるっていうことか?」


 俺がそう聞くと博士がゆっくり首を横に振って答えた。


「いや、そうではない。どうもヘルファイアゲートはワープゲートとは違い、同じような空間の歪みがある場所にしか繋ぐことができないようだ。そして、行き先の指定ができないとも話していた」

「空間の歪み? てかじゃあ、どうやって帝国軍はコルアンディに来たんだよ。なんか方法があるのか?」


 行き先がランダムのワープゲートを使って侵略なんて、そんなの無謀すぎるだろ。

 そうなったら何かしらの方法で行き先を指定する方法があるとしか思えない。

 俺がそう聞くと、博士は急に糸のような目をカッと見開き熱弁し始めた。


「そう、それだ! それこそ新たにわかったことなのだ! ヘルファイアゲートの行き先を指定するためには、アルクトスの持つ指輪が必要だということがわかったのだ!」

「ゆ、指輪?」

「正確には指輪に取り付けられている魔石が必要なのだが、これがあればヘルファイアゲートを使い世界中の空間の歪みに転移することが可能になるのだ!」


 博士は立ち上がり上着を脱ぎ捨て地面に放ると、鍛え抜かれた上半身を露わにし、筋肉を見せつけるポーズを取りながら無駄に暑苦しく語っている。

 なぜそんなポージングを決める……

 俺は激しく疑問を感じ、そのむさ苦しさと発散される筋肉の熱をルシアの感触で中和していた。

 博士が次のポーズを取ろうとした時、牢屋の外からこちらに近づいてくる足音に俺は気が付いた。


〔レーミー、どこかに隠れろ!〕

〔キュッ!?〕


 レーミーが慌てて博士の脱ぎ捨てた服の中に隠れると、すぐ檻の向こうに誰かが姿を表した。

 重厚な鎧に頭から4本の角を生やした男。

 ケペック博士の牢屋に訪れたのはさっき単眼鏡で見たアルクトス将軍その人だった。

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