罪源開放
魔剣竜ダインスレイフの攻撃を受けてしまった俺達は、お世辞にも少ないとはいえないダメージを受けてしまった。
ルシアは二割程度、俺は半分もHPを削られてしまっている。
やつを見ると自身の特殊能力によってHPを回復し、俺がさっき与えた傷も塞がっている。
おまけに、なぜだかこっちの魔法攻撃が通用しないと来たもんだ。
さっきのようにコンボでHPを削れればいいが、あの闇をまた纏われると厄介だ。
俺はダメージを食らった時に痛みを感じながらもやつの纏っている闇の特徴を確認していた。
あの闇はおそらくDOT、触れているだけで高速で継続ダメージが入る類のものだ。
最初のダメージが入ったあと、連続で4回ほどダメージが入ったのがHPゲージの減り方からわかった。
そして〈AULA〉と同じなら、やつのHP吸収は与えたダメージに比例するものではなく、与えたダメージの回数に応じて一定量回復するものだ。
俺の記憶では1回につき1%HPが回復する。
俺が5回、ルシアも同じ5回だと計算するとそれだけでやつは最大HPの10%も回復したことになる。
やつがまた闇を纏う前にどうにかしなくては。
対して俺の与えられる最大ダメージのコンボはやつのHPをせいぜい20%削るのが関の山。
ルシアのスキルを使っても削りきれるかどうか……
こういう時に適任のやつがいないのは本当に痛い。
(クソッ! なんでこんなに召喚獣がいないんだよ……)
俺はこういうレイドボスの時によく使っていた召喚獣のことを思い出していたが、今はいないのだから考えるだけ無駄と切り捨てて今できることを考え始めた。
ルシアのスキルか……
俺はルシアに使用を禁じているスキルのことを考えた。
いや、駄目だ。
いくら上空にいるからとはいえ下の街に影響がないとはいえない。
こいつを倒せても街に被害が出ていたら離れた意味がない。
俺はダインスレイフの周りを飛翔していると、最初に放った魔法、ジャッジメントが当たった箇所だけヒビが入っているのが目に入った。
そして、〈AULA〉のダインスレイフとの大きな違いに俺は気が付いた。
ルシアのスキルや装備のことを確認しながら思考を巡らせる。
なるべくやつを一撃で倒せる方法……
ああ、そうだ……これだ。
俺はメニュー画面でルシアのとある装備品の性能を確認し、これなら行けると確信する。
そして、俺はルシアに思いついた作戦を指示した。
「ルシア、俺がバフをかけたら……」
「……わかった、リオ。すぐに戻るからね」
「ああ、頼むぜ」
俺とルシアはダインスレイフの目の前に躍り出た。
するとやつは闇を纏うための準備をし始めた。
俺は肩に乗っているレーミーの額の宝石が輝きを取り戻しつつあることを確認すると、作戦のために攻撃を開始する。
「マナソード! クルーエルダーツ!」
ブレスの球を回避してやつの顔面が見える場所まで急ぎ飛翔する俺たち。
俺はウィンクルムに魔力を宿すと、それを奴の右目に狙いを定め投げつけた。
「ギャァァァァアアアア!?」
俺の放った一撃は見事に命中し、奴の右目には深々とウィンクルムが突き刺さり、涙の代わりに血を流し始めた。
そして刺さった部分にマナサインが付与されたことを確認した。
「よっしゃ、いくぞルシア! エネルゲイア! オンスロート! ブリッツクリーク!」
俺はルシアに三種類の強化魔法をかけるとやつの目についたマナサイン目掛けてバーストリープで跳んでいった。
それと同時にルシアは今以上に空高く舞い上がる。
俺はダインスレイフの目玉まで高速で移動すると、突き刺さっているウィンクルムを握り顔面に張り付いた。
そして俺は左手に青と黒の魔法陣を展開する。
「お前は俺の魔法を無効化できてたわけじゃない、〈AULA〉と違って装甲を身に纏っているだけだ。だったら……それをぶっ壊してやらあ! デッドリーポイズン!」
「キュッキュキュー!」
魔法陣から連続で放たれる無数の猛毒液。
それはダインスレイフの顔面に当たるとすぐに浸透していき、頭から体、腕、翼、最後には尾の先端まで紫色に染まっていく。
そして――
ピキ……ピキピキ……バァァァンッ!!
ダインスレイフの黒かった体はひび割れ、弾け、中から鮮血のように赤い体が姿を表した。
〔あったよリオ! 黄色く光る宝石!〕
ダインスレイフの装甲が弾け飛ぶと同時にルシアから入ってくる念話。
そう、〈AULA〉でのダインスレイフは二対の翼の付け根に黄色く光る宝石、弱点があるはずなのだ。
俺はやつの周りを飛び回っている時にそれがないのを確認し、体にヒビが入っているのを見て、こいつは装甲を纏っていると理解した。
「今だルシア!」
「キュッキュッ!」
俺はすかさずルシアに合図を出す。
するとルシアは上空で人の姿に戻り、ブラキウムイラを構える。
「リオのために、私はお前を倒してみせる……全身全霊、フルパワー!」
その言葉と同時にルシアの体から膨大な量の赤い魔力が放出される。
そして、ダインスレイフ目掛けて突っ込みながらブラキウムイラの本当の姿を開放する。
「罪源開放、我が罪は全ての絶望を打ち砕くために!」
ルシアがそう唱えるとブラキウムイラに赤い稲妻が走り斧刃、刺先、鉤爪、柄の先端から巨大なルビーの刃を展開した。
その姿はもはやハルバードではなく巨大な鎌のようだ。
「はぁぁぁあああ! デスパレートファング!」
ルビーの刃はロージアンで合成獣を倒したと時のルシアの牙のように輝きを放ち始めた。
ルシアはダインスレイフの弱点に全速力で突撃し、その刃を深々と突き立てる。
あまりの衝撃に、突撃された部分の高度が下がり海老反りになるダインスレイフ。
「グギャァァァァァアアアアアア!!??」
「――チェストォォオオッ!」
掛け声とともにルシアが魔力を込めるとその刃は黄色い宝石を粉々に破壊し、ルシアはダインスレイフの体を貫いて反対側から飛び出てきた。
俺はダインスレイフのHPを確認すると、見事に0と表示されていた。
「うぉぉああ!?」
ダインスレイフが死んだことにより、浮遊する力を失った体は急激に高度を落としていた。
俺はウィンクルムを引き抜くと、空に向かって思い切り跳んだ。
「ああぁぁぁああああ!? ルシアァァアア、頼むぅぅぅ!!」
「キュキュゥゥゥウウウ!!」
俺が宙に舞って大声で叫ぶと、肩に乗せたレーミーは滝のように涙を流し真上に流れていっている。
すると、遠くにいるルシアの体が光ったのが見えた。
「間に合った! セーフ」
次の瞬間には獣の姿に戻ったルシアが俺とレーミーを背に乗せて飛んでいた。
あ、危なかった……
俺が跳んだときにはすでに地面が見えており、パラシュートなしでのスカイダイビングをよくできたものだと自分でも驚いていた。
俺はルシアの背中から落ちていくダインスレイフを見た。
ルシアに貫かれたところから落ちていく魔剣竜。
その体は地面に到着することはなく、空に溶けるように光の粒子となって消えていってしまった。
とりあえず、終わったな。
俺はそれを見るとようやく安心して、体の力が少し抜けるのを感じた。
◆◇◆◇◆◇
王都ウェストルとハイラテラ平原を隔てる巨大な城壁。
その上に、端の切れた黒いローブを身に纏った女性が立っていた。
その女性は空から輝きの大地目掛けて落ちてくる魔剣竜をフードの間から眺め、悔しそうな表情を浮かべていた。
「こんなところにいたら誰かに見つかってしまうよ?」
すると空を眺めていた女性の背後から声をかけてくる人物がいた。
それは冒険者ギルドの制服に身を包んだ女性、ヘブリッチでリオやルシアの能力値を測定した際に居合わせた受付の女性だった。
「……姉さん、そっちは終わったの?」
「うん、無事に終わったよ。しかしスゴイね、あの英雄様は」
ローブの女性にウィンクをし、いたずらっぽく笑う受付嬢。
その笑顔を見たローブの女性はかぶっていたフードを脱ぎ、顔を出した。
地面に着きそうなほど長い黒髪、鋭い金と銀のオッドアイ、端整な顔立ちの女性は苛立ちを憶えながら自ら姉さんと言った受付嬢に静かに言う。
「はぁ……任務が終わったのならその姿、やめたら? それにその喋り方、イライラする」
「えぇ~、たまにはお姉ちゃんの可愛い姿を見てくれてもいじゃ~ん。そ・れ・に、イライラしてるのはホントにこの姿のせいかな~?」
「そういうところがイライラするの。早く元に戻って」
オッドアイの女性が強い口調で言うと、受付嬢も流石にからかい過ぎたと思ったのか下をチロッと出してふざけたように謝った。
すると受付嬢はオッドアイの女性の肩に腕を絡ませ、飲み会で騒ぐ飲兵衛のように言った。
「まあまあ、そんなにカリカリしないで。お互いに今回の任務は無事成功したんだし、帰ったらパァ~っとしようよ、パァ~っと」
「……見てたのね、一体どこで」
すると受付嬢はオッドアイの女性から離れ、綺麗にクルッと一回転して見せるとウィンクしながら口元に指を添え、男を誘惑するかのようなポーズで言った。
「ふふっ、それはヒ・ミ・ツ、謎が多い女の方が魅力的でしょ。……それにしても、王子を再起不能にするだけでよかったのにあんなのまで出しちゃって、倒されちゃって残念だったねぇ」
受付嬢はわざとらしく今気づいたように言うと、オッドアイの女性は目を瞑り言った。
「あんな紛い物の竜いくらでも作れる。今回は新しく施した追加装甲と技のバリエーションを見るだけでよかったから十分よ」
オッドアイの女性がそう言いい目を開けると、いつの間にか受付嬢が自分の顔に着きそうなほど顔を近づけており、それに少しだけたじろいだ女性を見て受付が笑いながら言った
「アッハハ! 嘘ついてもダメだよ。ホントはあの英雄のこと倒したかったんでしょ」
「……」
受付嬢がそう言うと目をそらし黙る女性。
それに対し、受付は再び顔を近づけて言った。
その顔は先ほどまでふざけていた受付嬢の顔からは想像できないほど無表情だった。
「自分の魔法を破られたからってそんな感情的になっちゃダメだよ。もっと冷静に、心を凪のように鎮めなきゃ……でないと、すぐ死んじゃうよ」
オッドアイの女性はその声を聞き静かに頷く。
それを見ると受付嬢は女性から離れ、先ほどまでの明るい表情に戻った。
「それじゃ帰ろうか。もうここに用はないし、今のうちに離れないと戦争に巻き込まれちゃうからね」
「ええ、わかったわ姉さん」
女性が落ち込み気味に返事をすると受付嬢は励ますように背中を叩いて言う。
「んもぅ、可愛いんだから。さっきのは強く言い過ぎたよ、ごめんね」
「そう思うなら今すぐその喋り方をやめて」
「えぇ~!?」
オッドアイの女性が自分の目の前に半透明の魔法陣を展開すると、二人は魔法陣に入り姿を消した。




