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異世界英雄と22の召喚獣  作者: 十回十
Episode:1 黎明のコルアンディ
22/40

黒い混乱

 闘技場内が英雄リオとゼノン王子の戦いで熱気を帯びていく。

 これまであまり見ることのなかった王子が苦戦するという珍しい姿が理由だろう。

 観客は様々な反応を見せている。

 王子に激励を送る者、英雄に激怒する者……

 一番多いのは励ます声だった。

 そして、その声の中には英雄に対するものも少なからずあった。

 英雄は先ほど王子に攻撃をいなされてから、魔法や大剣による攻撃の苛烈さが増していた。

 回避をしながらの斬撃や魔法陣から紅蓮の炎や強烈な津波を出現させ、王子に攻撃させる隙を与えなかった。

 王族を含む観客も二人の戦いに釘付けと言った状態で、司会も嬉々として実況をしている。

 そんな中、観客席の一番外側、席への通路になっている場所で黒いフード付きのローブを着た者が冷ややかな目で王子を見つめていた。

 誰も自分を見ていないことを確認すると魔法陣を手のひらに出現させた。

 黒と青と黄色、三色の魔法陣を内包した複雑な魔法陣を展開し、それを地面に落とした。

 こぼれ落ちる雫のように落ちる魔法陣は、着地すると同時に地面に染み込んでいった。

 黒いシミとなった魔法陣は地面を伝い、二人の戦っている場所へと向かっていった。



◆◇◆◇◆◇



 俺は王子の耐久力と戦意に驚嘆していた。

 俺の攻撃をかわすことができないと悟った王子は、最小限のダメージで済むようにガードや受け流しでしのいでいたのだ。

 この短時間でこれだけの戦力差を見せつけられたら〈AULA〉のプレイヤーなら逃走するか負けを認める。

 だがこの男は逃げることはせず、むしろ攻撃をくらいながらも俺にじわじわと距離を詰めてきている。

 そして、俺が攻撃を連発しているせいもあり反撃する隙もなく防戦一方に見えるが、時折攻撃をつなぐ間にやつの鋭い視線が刺さるのがわかった。

 あれはチャンスを逃すまいと一瞬の隙を狙ってる目だ。

 俺は折れない闘志と不屈の心を持った相手ともっと戦っていたいと思ってしまっていた。

 だが、そろそろ切り出すべきだな。

 攻撃を連続で受けていた王子のHPは既に3割を切っていた。

 俺は王子に話しかけた。


「なあ、ゼノン王子よ。そろそろ負けを認めたらどうだ? 俺とお前じゃ戦力差がありすぎるだろ。それに、お前のHPはかなり少ないじゃないか。おとなしく聖剣を使わないと約束を……」


 俺が試合放棄を勧めると、王子は俺を睨みつけ腹の奥底から唸るように言った。


「黙れ……貴様の実力は認めよう。だがな、この戦い負けるわけにはいかんのだ! 俺は軍を率いて帝国と戦う! そうしなければ俺は……信頼だけでなく、自分の夢や居場所すら見失ってしまうのだ!」


 俺はその言葉を聞いて一瞬動きが鈍った。

 王子がその隙を見逃すはずがなく、俺に一気に距離を詰めてきた。


「ハアアァァアアアアッ!!」


 俺に大剣を振りかぶる王子、俺は王子の行動にとっさに回避ではなく防御の姿勢を取ってしまう。

 王子の大剣がウィンクルムとぶつかろうとする瞬間。

 お互いの足元で何かが弾け、その衝撃で俺と王子の間に距離ができる。


「な、なんだ!?」

「これは……」


 俺と王子が自分を飛ばした物があるはずの場所を見ると、そこには黒、青、黄の三色の魔法陣が等間隔に並び三角形を作っていた。

 そしてその魔法陣を内包するように黒い陣が浮かび上がり1つの魔法陣として完成した。

 するとその魔法陣はどんどん広がっていき、闘技場を覆うほどに大きくなった。


「なんだなんだ?」

「おい! これも貴様の魔法か?」

「ちげーよ! 俺はこんな魔法使えない!」


 俺と王子がそう言い合っていると、魔法陣は光を放ちはじめた。

 魔法陣の光とともに、先ほどまで快晴だったはずの空が曇天となり、分厚い雲から雨が降り注いできた。

 しかもただの雨ではなく、黒い雨が闘技場中に降り注ぐ。


「何だこの雨……」


 俺がそう呟くと、黒い雨は次第に地面に水たまりを作っていく。

 すると……

 水たまりは風船のように膨れ上がっていき、最後には人の形を型取り体中に目玉のついたモンスターとなった。

 そして、そのモンスターたちは俺と王子に一斉に襲いかかってきた。


「うおっ!? 何だこいつら!」


 俺はモンスターをウィンクルムで薙ぎ払い、上下真っ二つに切り裂いた。

 だが、斬った感触があまりしない。

 どちらかと言うと溶けかかったバターにナイフを入れているような感触だ。


「この感触は……!」

「なんだ英雄! 何か知ってるのか!」


 俺と同じようにモンスターを斬り伏せている王子が問いかけてくる。

 俺は〈AULA〉で似たような感触のモンスターがいた事を思い出す。


「こいつらは……デモンゴーレムだ!」


 俺がそう言うと同時に、切り裂いたデモンゴーレムの上半身と下半身がそれぞれ再生し、一体だったデモンゴーレムは二体に増えていた。

 王子の方はやたらめったら大剣で切り裂いていたため、デモンゴーレムの数が三倍近くまで膨れ上がってしまっている。


「うぉぉおお! どけぇぇええ!!」


 王子は増殖したデモンゴーレムを見て再び切り伏せる。

 デモンゴーレムは物理攻撃でも一応倒せるが、それは一撃でHPを全て無くすことができる攻撃に限る。

 王子の攻撃は残念ながらそこまでのダメージを与えられておらず、デモンゴーレムの数をいたずらに増やすだけになっている。


「駄目だゼノン! こいつらは生半可なダメージじゃ再生して増える! 魔法を使え!」


 俺はゾンビのように再度襲ってきたデモンゴーレムをかわし、王子の方に左手に赤の魔法陣を展開する。


「バーンナウト!」


 魔法陣から放たれる紅蓮の業火。

 王子を襲っていたデモンゴーレムは炎に飲まれ、蒸発するように消滅していく。


「うぉぉらぁぁああ!!」


 俺は魔法陣を展開したまま体を回し、薙ぎ払うようにデモンゴーレムを消滅させていく。

 が、しかし……


「な、なんだと!?」


 俺がバーンナウトで倒したその次の瞬間には、倒したのと同じかそれ以上のデモンゴーレムが俺目掛けて走ってきた。

 なんでだ! 今倒したばっかりだろ!

 俺は空を見上げて気づいた、未だに降っている黒い雨がどんどんデモンゴーレムを生成し続けているのだと追いうことに。

 このままではきりがない。

 先にこの雨をどうにかしなくては。

 俺がそう考えている矢先、1つの悲鳴が俺の思考を止めた。


「きゃあああああああ!?」


 それは闘技場の観客席の方からだった。

 屋根のない闘技場の観客席にも黒い雨は降り注いでおり、戦えない一般人の方でもデモンゴーレムが湧いていた。

 俺はそれを見ると魔法を止めて観客席を見渡した。

 そして、闘技場中が悲鳴と怒号に包まれると、聞き覚えのある声が悲鳴と鳴って耳に届いた。


「きゃぁぁあああああ!? こっちに来ないで!」

「姫様! くそっ、こいつら倒しても増えていく……!?」


 それは司会の隣で試合を見ていたソフィアの声だった。

 ソフィアの周りではエマとイリス姫が兵士とともにデモンゴーレムと戦っている。

 だが、デモンゴーレムは倒しても倒しても再生増殖し、魔法も使ってもいるようだがダメージが足りず倒しきれていないようだった。

 

「ソフィア! 姉上! ええい、邪魔だモンスターども!!」


 王子は大剣でデモンゴーレムたちを払い除け、武器を投げ捨てた。

 すると、両手を胸の前に出し、祈るように唱え始めた。


「我が声に応えよ、今こそ目覚めの時だ! 聖剣フィーニス!」

「なっ!? バカ、やめろ!」


 俺がその声に気づき静止するが、王子の両手には一点の曇りもない真っ白な剣が握られていた。

 そして剣先から天高く光の帯が伸びるとソフィアたちの方へと光を倒した。


「お前、何やってるんだ!」


 俺がソフィアたちごと光に飲み込まれたのを見え王子に怒鳴ると、王子は叫びながら観客席を沿うように光の剣で薙ぎ払った。


「はぁぁああああっ!!」


 聖剣の光は闘技場を一周すると収まり、光が通った場所はデモンゴーレムだけが消滅し無事な姿のソフィアや観客たちがいた。

 俺は思わずホッと息をついたが、王子の方から苦しそうな声が聞こえすぐさま振り向き応じの元へと駆け寄った。

 王子は聖剣を握りしめたまま膝をついていた。


「おい! 大丈夫か!?」

「はぁ……はぁ……な、何だ、これは……力が……入らない」


 俺はデモンゴーレムを再びバーンナウトで薙ぎ払いながら王子に話しかける。


「ソフィアやイリスが言ってただろ! お前の体はもう聖剣に耐えられないんだよ! たった一回使っただけでもそんなになっちまうほど、お前の体はボロボロなんだ!」

「俺が……耐えられ……ない……だと……」


 今にも倒れそうな王子を右手で支えると、俺は声をかけ続けた。


「別に誰もお前を除け者になんかしていない! ソフィアたちは二ヶ月前に聖剣の影響でお前が血まみれになったときから、ずっと心配してるんだ! お前は憶えてないらしいがな!」

「みんなが……俺を……」


 王子は涙を浮かべながら力なく聖剣を落とすと、聖剣は光の粒になって消えた。

 そして、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。


「おい! こんなしょうもない連中を相手に死ぬんじゃねぇぞ! お前は国を、民を、家族を守るんだろ! ソフィアたちの悲しむ顔が見たいってのか!」


 倒れた王子は戦闘音で消えてしまいそうな、かすれた小さな声で俺に反論してきた。


「ふざ……け……るな……お……れは……」


 よかった、まだ息があるな。

 だが、危ない状態なのは変わりない。

 早くこいつらを倒しきらないと。


「イチかバチかだ、クソ野郎!」


 俺は王子を右肩に抱えると、その状態でバーンナウトを止め左手に水色の魔法陣を展開した。

 召喚獣を召喚するためには魔法の使用をやめなければいけない、しかも召喚中は無防備になる。

 だったら一瞬でもこいつらの足を止められれば……!

 俺は全方位から襲い来るデモンゴーレムを止めるため魔法を放つ。



「ダメージ入らないでくれよ……はぁぁああ! グレイシャルピリオド!!」


左手の魔法陣に集まっていく寒気。

 そしてそれを地面に叩きつけると、俺を中心に周りのデモンゴーレムが凍てつく。

 俺はそれと同時に王子の簡易情報を確認する。


ゼノン・ティール・ゾンバルト・フォン・コルアンディ

レベル:100 職業:重剣士

HP2,009/31,357 MP3,064/20,901

エレメントスコア:1800


 よし、グレイシャルピリオドのダメージは入ってないな!

 自身を中心とした全体攻撃魔法。

 王子にもダメージはいるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、無事に行ったようだ。

 俺はすぐさま召喚獣を召喚するため詠唱を始める。


「アドベント、ストームドラベルク・ラルフ! ルーラーオブトレジャー・パンドラ! ホースエクィテス・クロロス! アルルーンメイジ・シラユキ!」


 俺の左手から4つの魔法陣が浮かび上がりそれぞれ召喚獣が飛び出してきた。

 さあ、こっからは逆転劇だ。

 誰がこんなこと仕掛けたかはわからないが、絶対許さねえ。

 俺は怒りを胸に空を見上げた。

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