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異世界英雄と22の召喚獣  作者: 十回十
Episode:0 AULA
2/40

招待状

――『人生は己を探す旅である』――

 そんな感じの格言があった気がする。

 俺、遊馬(あすま)理央(りお)は頭上に広がる虹色の空と、ありえないほど広大な草原の中でポツンと立ち尽くし、そんな事を考えていた。

 俺は今、自分の状況を理解できないでいる。

 どうしてこんな場所にいるのか、どうやって来たのか、そもそもここはどこなのか、その全てがわからないのだ。

 これは世に言う迷子、遭難……いや、もしかしたらそれ以上の状況かもしれない。

 目の前に広がる非常識な光景が俺をそう思わせてくる。


「ここは……どこだ……?」


 俺は思わず声が漏れ、現状に悪態をつくことでもできず、ただただ呆けていた。

 そこでふと、さっきまでオンラインゲームで遊んでいたことを思い出し、辺りをよく見てみる。

 雲ひとつないどころか太陽すら見つからない虹色の空。

 どこまで見渡しても遮蔽物のない広大な草原。

 俺はここまできてやっと視界のどこにも人影がなく、自分の呼吸や声以外に音が聞こえてこないことに気がついた。

 自分の置かれた状況を確認すると、急に心臓の音が大きく聞こえはじめ、胸の奥底から不安と恐怖がこみ上げてきた。

 俺は少しでも目の前の現実から思考を遠ざけるため、遊んでいたゲームのことを思い出す。

 美しく繊細に作られたマップ……

 そうだ、これがあのゲームならマップは全て網羅し、見たことのない場所なんて無い。

 俺はそう思い再び辺りを見回す。

 だが……


「こんな場所、見たことねぇ……」


 俺はすぐに分かってしまった。

 何度記憶を辿ってみても見覚えがない。

 ゲームのバグなどでグラフィックの裏側を何回も見たことはあるが、眼の前に広がる光景に思い当たる節はなかった。


「な、なんなんだよ……これ……」


 突然訳の分からない状況に陥り、震える声を漏らす俺の目に映るもの、それは……

 不安を感じるほど恐ろしくも美しく澄み渡った虹色の空。

 思わず孤独を感じてしまうほどの見渡す限りどこまでも続く広大な草原。

 そして――


「おめでとう英雄くん、キミは神さまに選ばれました!」


 俺の顔を逆さまに覗き込み、満面の笑みで話しかけてくる白と黒の瞳をした少女だった。


「ッ!」


 俺は突然、視界の外から現れた少女にワンテンポ遅れて驚き、後ずさりながら悲鳴を上げそうになってしまう。

 その時、少女の言葉に妙な既視感を感じた。

 だが俺はそんな既視感を確かめる間もなく、足をもつれさせ後ろ手に転んでしまう。


「んがッ!?」


 さっき自分の周りには草原以外なにもないことを確認したはずだ。

 なのに、俺は何か堅いものに後頭部を強くぶつけ、その痛みから変な声を出してしまう。

 その時、ふと視界の端に少女が心配そうな顔でなにか言っているが見える。

 だがその言葉を理解する前に体が浮遊感に襲われ、視界が霞んでいき、体が地面に着く頃には気を失ってしまった。

 気を失う瞬間、俺の目に写ったのは……

 綺麗な白と黒のドレスを身に纏い、宙に浮かんでいる少女の姿だった。



◆◇◆◇◆◇



フルダイブ型VRMMORPG〈AULA(アウラ)〉。


 西暦2054年7月10日。

 ヘッドギア型の機械を使いプレイヤーがゲーム世界に入り込み、現実と変わらない感覚で遊ぶ。

 今までSFでしか描かれなかったフルダイブ型VRゲームが登場してから3年が経過したある日、そのゲームは発売された。

〈AULA〉は日本のARSMAGNA(アルスマグナ)というメーカーが開発し、他の大手メーカーが発売したタイトルである。


 〈AULA〉が登場するまでに出ていたVRゲームは、プレイヤー達が期待していた完成度を大きく下回っていたものだった。

 グラフィックは従来のモニターゲームと同等かそれ以下のクオリティ。

 プレイ中の違和感や、体調不良を誘発する五感整合システムの稚拙さゆえの問題点。

 体調不良を訴えた者の中には病院に救急搬送された者もおり、ゲーム会社を訴える裁判や謝罪会見などが連日報道され社会現象にもなった。

 VRゲームは真のクソゲー。

 ゲーマー達の間ではそう噂され、VRの2文字を見るだけで批判の声を上げる者達もいた。


 そんな中サービス開始が決定した〈AULA〉は、世間からは数ある試験的な商品のうちのひとつだろうという認識だった。

 だが発売に先立ったインタビューにおいて、ARSMAGNA社長が言い放った言葉が印象的、かつ胡散臭いものだったので当時話題となっていた。


「我々はついに世界の再現に成功した」


 ネットではこの発言に対して様々な否定的な意見が多く見受けられたが、会社の代表がそこまで豪語する完成度に期待する声も少なからずあった。

 そして来たる7月10日。

 〈AULA〉は他のフルダイブ型VRゲームとほぼ同じ価格帯で発売され、購入者に衝撃を与えた。

 

 キャラクターの作成が終わると最初に転送される町「ティリック」。

 そこに広がっていたのは現実としか思えない世界だった。

 

 建材や地面など、目に入る物すべてが触れずとも容易にその感触を想像できるほどのグラフィック。

 町中の喧騒や野生生物の鳴き声、足音や物が風に揺れる音などが素晴らしく鮮明に伝わってくる音響。

 指の間をすり抜けていく風を感じ、露店の前を通れば食欲をそそる匂いが漂い、匂いの元を口に運べばしっかりとした旨味がある。

 ダメージを受けた時の痛みも多少違和感の覚える程度に収まっており、特に体調に異変を感じることもなく遊ぶことができる。


 まさに第2の現実とも言える世界にプレイヤーは歓喜した。

 瞬く間に〈AULA〉は人気を博し、日本だけでなく世界のゲーム売り上げランキングに登りつめるまでとなった。

 こうしてフルダイブ型VRMMORPG〈AULA〉の登場はその名の通りVRゲームの輝かしい時代を呼び込んだのであった。



◆◇◆◇◆◇



 〈AULA〉のサービス開始から時は経ち、5周年記念当日に行われる大型アップデートを目前にした7月8日。

 ウォンディア大陸、リィス皇国内の桜の名所「春陽の丘」。

 小高い丘にそびえる巨大な桜、光風の禊樹(みそぎ)

 その丘を囲むように沢山の桜が植わり、丘の上は和風建築が建ち並ぶ港町ルリコンが眼下に一望できる絶景スポットとなっている。

 そんな禊樹の下、疲労からだらしなく口を開けたままの俺は仰向けに寝転がり、桜吹雪が舞う空をボーッと眺めていた


「ふぁ……」


 俺は空を眺めているとひとつ大きなあくびをした。

 思わず出てしまったあくびから大分疲れていることが実感できるが、その分達成したことの大きさに俺は喜びを噛み締めていた。

 するとそこに――


「おぉ、ここにいたのか。探したぞリオ」

「もう、やっと見つけたよ」


 聞き覚えのある声で名前を呼ばれた俺は、眠そうな目をこすり怪訝そうに声の主の方を見る。

 見えたのはゆっくり近づいてくるふたつの影。

 ひとつは手を小さく振るゴツいフルプレートの鎧を着た大柄な男、もうひとつは露出の多いカウガールのような格好をしたエルフの女だった。


「なんだ……おまえらか。アンディ、モカモカ……」

「なんだとはつれないな、久しぶりに会ったってのに」

「そうだよ。いくら長い付き合いでも、その言いかたは傷いちゃうよ」


 見た目の厳つさからは想像ができない軽い声の男はアンディ。

 こいつはPvP戦場やアリーナに入り浸っている殿堂入りバトルチャンピオン。

 金の目と髪に落ち着いた声のどう見ても痴女なエルフはモカモカ。

 彼女は高難易度ダンジョンや大型レイド戦の攻略を主な活動目的にしているギルド〈Walkthroughウォークスルー〉のギルドマスターだ。

 2人とも〈AULA〉サービス開始時から面識のある、いわゆる腐れ縁なプレイヤーだ。


「わりぃわりぃ……2人で会いに来るなんて珍しいな、なんかあったのか?」


 俺は軽く謝罪すると要件を聞いた。

 いつもは何かあるとメールで待ち合わせをするのだが、2人の言動を察するに俺のことをわざわざ探していたようだ。


「なんかって……お前メール見てないだろ」

「ん? ……うわぁ」


 言われてゲーム内のメールボックスを確認すると、思わず嫌な顔をしてしまった。

 そこには50件を超える2人からの未読メールがあった。

 内容を確認すると、アンディからは5周年記念のアップデート後に技の性能確認がしたいからPvPに付き合えという要請。

 モカモカからはアップデート後の新しいレイド戦に一緒に行かないかというお誘いだった。


「あぁ……すまねぇ今見たわ。……てか送りすぎだろ、何だよこれストーカーか?」


 2人からのメールを確認すると、最初の方に送られてきたものは何ら変哲のない用件を告げる文章だった。

 だが古い順に読んでいくとだんだん極端に文章が減っていき、なぜか語尾に必ず“モイ”が入っていたり、無駄に★や♪が入っていたりと酷いものである。


「リオが何日もメール無視するからだよ。個人チャットにも反応してくれなかったし」


 モカモカはわざとらしく頬を膨らませそっぽを向きながらそう言った。

 俺が渋々最初のメールの日付を確認すると、そこには6月28日と表示されていた。

 ざっと計算すると俺は大体10日前から2人のメールを無視し続けていたことになる。

 そういえばチャットも作業に集中するためにパーティメンバー以外を非表示にしていた気がする……


「あー……これは…………サーセンっしたぁ!!」


 寝た状態からの華麗なジャンピング土下座を決めると、俺は脊椎反射で適当に思いつく言葉を羅列して平謝りをかました。

 だが謝りながらふと俺は疑問に思ったことがあり、すぐに頭を上げ二人に確認してみた。


「それにしても、音信不通状態の俺をよく見つけられたな」


 〈AULA〉はサービス開始からの5年間で様々なマップが追加され、その広さはウソかホントか地球と同等程度にまで拡張されたという話だ。

 そんな広大なマップを情報もなしに探すのは無謀の極みである。


「まさかお前ら、マジでストーキングを――」

「バカ野郎。さっき全チャで喚いてたやつがお前の名前を出してたんだよ。しかもご丁寧に位置座標までな」


 そう言ってアンディは、立ち上がりあからさまなドン引きポーズをしている俺にワールドチャットのログを見せてくれた。

 そこには†カオスキング†というプレイヤーが、報復したいから協力してくれる人募集、という旨の文章をずらずらと書き連ねていた。


「このチャットのおかげで、リオの居場所が分かったんだよ」

「しかし、お前何やらかしたんだ? チートだかなんだかって書いてあるが」


 面倒くさがりながら俺のこと書いていたやつのログをよく見ると、たしかに俺がチートを使って大量PKをしたと書いてある。

 チートなんてそんな違反行為した覚えはないが……。


「……あ~、あれかな?」

「なに、なにしたの? お兄さんに言ってみなさい」

「あ~多分、俺の召喚獣のスキルで消し飛ばしたやつじゃないかな」


 俺がどうでもよさそうにそう言うと、一人は納得したように鎧の顎に手を当て、もう一人は呆れたような顔をしてハハハと笑っていた。


「大体想像してた通りだな。んで、どうしてまたそんなことしたの?」


 大きな鎧が目前まで近づき俺の顔を覗き込む。ヘルメットの穴から線のように細めた憎たらしい目が見える。


「最近やってた作業がようやく終わって休みたいなと思ってここまで来たら、他の花見してた連中にFPKのやつらが、ここは俺らの所有地だから花見したきゃ場所代払え。とか言って絡んでてな」

「ほほ~う。ここらは所有宣言できないスポットのはずなのに、アホな連中もいたもんだな」


 アンディは俺の話を面白そうに聞き、モカモカは部外者のような顔で空を眺めていた。

 今俺達がいるスポット「春陽の丘」は所有宣言することのできない共用スポットなのである。

 そして話に出てきたFPKフリープレイヤーキラーとは、保護区域以外なら場所を選ばず誰にでも自由に戦闘を仕掛けることができる状態である。


「んで、うるさかったからFPKの奴らを止めに入ったんだよ」

「ふむふむ」

「あ~、なんかその後は聞かなくてもわかる気がするな~」


 モカモカはそこまで聞いて俺のことを諦めたような目で見はじめた。

 俺はヤメロその目、と声に出さないように心の中で言うと話を続けた。


「そしたらアイツら逆上して全員で襲って来やがったから…」

「カッとなって、つい殺っちゃったと」


 アンディは茶化すように言うとやれやれとジェスチャーでモカモカの方を向いた。

 彼女の方はその話を聞いてハハッと笑うと、少し安堵の表情を浮かべ俺に確認をしてきた。


「絡まれてた人達は大丈夫? あと、リオは先に手を出していない?」

「あぁ、先に手は出してない。全員俺よりレベル低かったし。絡まれてた方は腰抜かしてたけど、近くの花見できる保護区域まで連れてったから大丈夫だと思うぞ」

「ならOK。この件は運営に迷惑行為で通報しとこ」


 俺がその時の状況を伝えると、モカモカは少し考えて提案してきた。


「絡まれてた人達に協力してもらってFPKの連中まとめて通報しちゃおう。共用スポットの私物化なんて明らかな違反行為だし、その人達と連絡取れる?」

「あぁ、フレンド登録したからな。すぐに連絡するよ」


 俺は手早くメールを作成するとさっき登録したばかりの数名に送信した。


「それにしてもリオ、アタシ達の連絡を無視してやってた作業って何?」

「あ、それ俺も聞きたい。ていうか説明を要求する」


 2人が頭の上にアホみたいに疑問符を浮かべているのを見ると、俺はニヤニヤしながら説明しはじめた。


「次の5周年記念大型アップデート〈進化の鼓動〉で告知された新しい武器は知ってるよな?」

「あぁ、確か今の最上位製作武器をさらに進化させるやつだろ? でもあれ、進化元の武器作るのもスゴイ面倒くさかった気がするぞ」

「最近来たレイド報酬の武器がかなり強いからね。持ってるやつは余程の物好きだよ」


 2人の言う通り制作武器を作るためには様々なレアドロップアイテムが必要でかなり面倒くさいし、そんなことしなくてもより強い武器が同じ時期に実装されたレイド戦で手に入る。


「悪かったな、余程の物好きで」


 俺はハハハと笑っているモカモカを見ながら言った。

 そう……俺の武器はメイン、サブ共に最上位の製作武器なのである。


「進化には3つの派生があると告知されている。運営が言うにはそれぞれ職業の個性を伸ばす性能になっているらしい」

「あ~、確かにそんな感じのこと配信で言ってたね」


 モカモカが思い出したように言った。

 アップデート前の公式配信で運営側から確かにそのように発表されたのだ。


「アタシは次来るレイド報酬の武器のほうが気になっちゃうな~。そっちは性能も出てるし、リオの使える武器も性能出てたよね?」

「あぁ、だが俺はそっちは使わん。てか……なんだあの性能! 登録できる召喚獣がランクA+までで合計2体って、ナメてんのか!」

「あー、そういやそんな性能だったな。今のお前からしたら真逆の武器だな」


 俺は誰に言うわけでもないが怒鳴りながら不満をぶちまけた。

 今度来るレイドの武器では俺の好きな戦い方ができないからだ。

 俺は荒げた息を整えて気を取り直し話を続けた。


「そこで俺は運営の言う職業の個性を伸ばす武器というのを信じて、進化元の武器を制作していたのだ」

「……ん? お前、もう持ってなかったっけ?」


 アンディが言うとモカモカも同じことを言いたそうな顔をしている。

 そして、2人は何かを察したのか変人を見るような目で俺を見てきた。


「お前ら変な目でこっち見るなよ、ヤメロよ! そうだよ、派生分も欲しかったからもう2セット作ってたんだよ!!」

「はぁ……馬鹿だな」

「ハァ……おバカ」


 2人の馬鹿という言葉に俺はムキになり、疲れているのも忘れて情報開示されていたレイドの武器に対する愚痴をこぼした。


「あぁ……わかった。わかったから、ヨシヨシ」

「おのれ……せめてあと2体……ランクもSまでできるようにしろよ……」

「いや、お前らしいよ。そのこだわりは誇っていいと思うぞ」


 モカモカが半泣きの俺の頭を撫でてなだめていると、その隣でアンディが仁王立ちして宣言するように俺のことを励ましてくれてた。


「しかし、よく作れたな。10日そこらじゃ集められないだろ?」

「あぁ、有給もらえるだけもらってずっとインしてる。おかげでなんとかアップデートに間に合ったわ」

「え、寝てないの!?」


 モカモカが半分驚き半分心配そうな顔で俺を見た。

 俺はそんなモカモカを安心させるようにサムズアップしながら言い放った。


「大丈夫だ、インしたまま寝てたから」

「……それおかしくない? 確かギアには睡眠中の脳波を検知してゲームから勝手にログアウトする機能があるはずだけど」

「…………へ?」


 3人とも真顔で固まり時が止まったかのような沈黙が流れた。

 そういえば、ゲームをするために装着しているギアには確かにそのような機能があることを俺も今思い出した。

 あれ、俺ってもしかして寝てな――


「ま、まあ。きっと覚えてないだけで寝てるよな、な!」

「あ、あぁ……」


 なんとも歯切れの悪い返事になってしまったが、眼の前を桜の花びらが4、5枚落ちていったタイミングでアンディが言葉をかけてくれたので、停止しかけた思考を元に戻すことができた……グッジョブ、アンディ。


「……まあいいや、そんだけ愚痴れるなら大丈夫でしょ。でもよかった、リオが噂のメールを貰ったんじゃないかと思って、アンディと心配してたんだよ」

「そうそう。お前、運営からメール来てないか?」

「メール? ちょっと待て、えーと……」


 そう言われて未読のメール一覧を見てみると、確かに「運営からのお知らせ」という題名でメールが来ていた。

 俺はそれを見た瞬間、いつもの癖でメールを開いた。


「あぁ、来てるな。運営からのお知らせメール。でもこれがどうしたんだ?」

「マジで!? ちょ、ちょっと待て、それ開くなよ!」


 そんなこと言ったってもう開いちまったよ。

 待てと言ったアンディをよそにそんなことを思っていると、2人がメールのことについて説明しはじめた。


「最近、運営から文字化けだらけのメールが送られてきて、それを読んだプレイヤーが突然体調不良になったり、ゲームを引退してしまうっていう噂が流れていてね」

「で、被害に遭ってるのが終焉レイドを最初にクリアした奴らだって話で、確かお前もそうだったろ?」

「あぁ、そうだよ」


 終焉レイドとは、最新のメインストーリーに出てくるいわゆるラスボスである終焉のモルテと戦うレイド戦のことである。

 俺は最初に開催された終焉レイド攻略に参加して、運良く倒すことができた。


「そんでモカモカと、お前のとこにもメールが行っててそのせいで連絡がつかないんじゃないかって話してたんだよ」

「まぁ結局、メールは見てなかったみたいだけどね」


 俺はそれを聞くと開いてしまった運営からのメールがなんだか気になってしまい、チラッと本文を横目で見た。

 するとそこにはなにか短い文章が書かれており、よく見ると文字化けなどはない普通の文字が並んでいた。

 おめ…で…とう……?


「おめでとう英雄くん、キミは神さまに選ばれました。……?」

「え、なに。とうとう頭がおかしくなった?」

「って、ちっげーよ! このメールにそう書いてあるんだよ」


 俺がそう言うと二人は声を上げて驚き野次馬のごとく運営からのメールを覗き込む。

すると、2人の動きが急に止まり静かになった。


「普通に読めるし噂のメールじゃなかったみたいだな。しかし、なんなんだこのメール。何かイベントの告知か? ……おい、2人ともどうした?」


 微動だにしない2人が気になって声を掛けると、固まったキャラクターが眼の前で光の粒子になり勢いよく霧散した。

 とっさに手で視界を遮った俺は慌てて周りを見渡すが2人はどこにもおらず、フレンドリストを確認するとログアウト状態になっていた。


「は!? な、なんなんだよいったい……」


 俺は5年間〈AULA〉をやってきて、あんな風にキャラクターが消えるなんて今まで見たことがなかった。

 もしかしてと思い再び運営からのメールに目を向ける。

 しかしあるのは「おめでとう英雄くん、キミは神さまに選ばれました」という文章だけ。

 まさかこのメールがそうなのか……?

 色々な考えを巡らせていると、俺はとある事に気がついた。

 先程までは普通の文章だったのに、いつの間にか文章の最後の句読点が塗りつぶされ黒い点になっている。

 しかも、隣の文字の半分ほどにまで大きくなっている。


「なんだ……これ……」


 周りの時間が本当に止まったかのように無音になり、俺はメールに現れた穴のような点から目が離せないでいた。

 すると突然、沈黙を破るように巨大な黒い手のようなものがグワッと点から飛び出してきた。

 出てきた黒い手は俺の上半身をガッシリと掴み、俺を引きずり込もうとしてくる。


「なっ!?」


 俺は踏ん張り逃れるように身体を反らしたが、抵抗虚しく持ち上げられ点の中へと持っていかれてしまい、俺の意識はそこで途切れた。

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