謁見
王子の話をし終わると、涙の跡を笑顔で隠したソフィアとそれを見守るエマはまたあとで、と言葉を残し部屋を後にした。
2人が部屋を出てから少し経つと王家に仕える従者と思しき男性が謁見の準備が整ったと知らせを入れてくれた。
俺はそれを聞くと王の前で余計なことを言わないようにルシアをウィンクルムに戻るように伝える。
さすがに真面目な場面だということがわかったのか、ルシアは快諾し体を光の球体に変化させウィンクルムへと戻っていった。
ルシアが戻るのを見届け視線を移すと、さっきの会話での調子はどこへ行ったのか、銅像のように体を強張らしたサルバが見えた。
おいおい、そんなにビビんなよ……俺まで緊張しちまうだろう。
俺は気が紛れるようサルバに言葉をかけた。
「おいおい、それでも神製合金の冒険者かよ。……よしサルバ勝負をしよう、王の前でどっちが先にビビり散らすか、負けたら今日の昼飯奢れよ」
「な!? お、お前こんな状況でよくそんなこと言えるな!」
「なんだ、勝てる自信がないのか? だったら今日の昼はお前の奢りな。世界に10人しかいない逸材も、王の前では助けを求めるか弱い小動物だってことだな」
「なんだとお前……わかったよ、その勝負のってやろうじゃないか! あとでお前に破産するほど奢らせてやるからな!」
「へっ、望むところだ。そんじゃ……行くか」
「おう!」
俺たちは部屋を出て待っていた従者について行った。
◆◇◆◇◆◇
俺たちは玉座の間の真ん中へ連れてこられると、玉座を望む部屋の両脇に綺麗に並んだ兵士たちの視線を浴びることとなった。
その列の中でも玉座に近い位置に、先ほど別れたエマが凛とした姿をしているのが見えた。
俺は緊張するサルバをよそに、〈AULA〉で見覚えのある玉座の間とそっくり同じ構造であることに少し安堵を憶えていた。
ホールのような大きな部屋の奥の壁にはコルアンディの象徴である国旗が掲げられ、その真下には洗練された美しい装飾の施された玉座が設置されている。
俺はふと、エマのいる反対側の列、その玉座に一番近い位置にいる男に目がいった。
アイアスに負けず劣らずの大柄な男は、首から金色の認識票をぶら下げているのが見える。
あいつも神製合金……
世界に10人しかいないとサルバは言っていたが、案外世界は狭いな。
2日で3人も神製合金の認識票を持ってるやつを見かけたことになるぞ。
と俺がそんなことを思っていると、その場にいた兵士の1人が王の到来を知らせる。
「第19代目コルアンディ国王、アスター・ユル・シーレ・フォン・コルアンディ陛下のお見えである!」
掛け声とともにその場の兵士全員が姿勢を正し向き直ると、玉座の傍らから扉を開け数名の人物が入って来た。
それと同時に俺の隣りにいたサルバがその場で跪き、俺も慌ててそれに続いた。
俺は頭を少しだけ上げ、視界の端で玉座の方を見る。
先頭に立つのは威厳たっぷりの初老の男、あれが国王か。
そして、俺と同じ幻透鋼の認識票を身に着けたがたいのいい男が国王に続く。
そのあとには背の高い女性とソフィアが続き、王が玉座に着くと玉座の横で3人が立ち止まった。
王が俺たちのことを見ると俺も視線を下げた。
「そなたが瞬撃の名を持つ冒険者、サルバ・リリェホルムであるな。今回は我が国の一大事に駆け付けてくれたこと感謝する」
「我が身に余るもったいなきお言葉。このサルバ、王国のため帝国軍を討ち滅ぼして見せましょう」
「うむ。して、そなたが……」
「はい、ソフィア姫により異世界から召喚されました。リオと申します」
サルバは顔をあげ王に応えると、俺も同じように顔を上げ王に軽い自己紹介をした。
すると、王とその左側にいるソフィアの横にいる女性、おそらくあれが話にあった第一王女イリスだろう。
2人は俺のことを期待の目で見つめてくれているのがわかったが、王の右側に立つ男……ゼノン王子は鋭い目で俺のことを睨んできた。
「よくぞ召喚に応じてくれた、異世界の英雄リオよ。ソフィアから既に伝えられていると思うが、今王国は危機に瀕しているのだ。そなたには王国軍を率いて帝国との戦いに望んでほしい」
俺が王の言葉に応じようとしたその時、ゼノン王子が俺の言葉を遮るように口を開いた。
「父上、私は反対ですぞ! この者はおそらくソフィアが我々を騙すために用意した偽の英雄です、このような英雄を騙る者に王国軍の指揮を渡すなどあってはなりません! 今まで同様、此度の戦いも私とこの聖剣が王国を勝利へと導いてみせましょう」
ああ? 何言ってんだこいつ。
俺はゼノン王子を睨み返した。
英雄を騙るって、まあ確かに英雄と名乗った覚えはないが。
だが、ソフィアが家族を騙そうとしてるっていうのは聞き捨てならねぇな。
俺がそう思っているとアスター王がゼノン王子を問い質し始めた。
「ゼノンよ、何故そう思うのだ? いかにお前が第一王子とて、同じ王族に対するそのような発言、聞き捨てならんぞ」
「父上、近頃ソフィアは私が聖剣の力の代償として死ぬと言っているのです。ですが私はこの10年、何の支障もなく聖剣と共に戦い抜いてきました。歴史上、この聖剣は我々に勝利を与え続けてきたのです、そしてこれまで聖剣の影響で死んだ者は1人としておりません。皆寿命を全うし民を、国を守り続けてきました」
ゼノン王子はアスター王だけでなく、その場にいる全員に向けて演説のように語りだした。
「私はソフィアの、我が妹の優しさを十分に理解しているつもりです。此度の帝国からの侵略に対し、応援の提案をしたのはソフィアです。大軍勢との戦いに私の身を案じ、聖剣の影響で死んでしまうと私に嘘をつき、戦争に参加できぬよう500年間誰も成しえなかった異世界からの召喚をすると見せかけ、異世界の英雄を豪語する偽物を用意したのでしょう」
「……お前、偽物だったのか」
「ちげーよ、バカ。あんなのにのせられんな」
サルバが王子の目を気にしながらひそひそと俺に言ってきた。
そんな訳あるか、現にソフィアはアルテルに選ばれた俺を召喚してみせた。
あの王子、まさかソフィアが英雄を召喚できないと思いこんでるのか?
そう疑問に思っているとゼノン王子は話を続けた。
「大方、異国の冒険者を連れてきたのだろうが、残念だったなソフィアよ。私にはそのような嘘は通用しない! どこの馬の骨ともわからない輩に王国軍6万の命運を握らせる訳にはいかない。それにこのような国の大事、王家の者が指揮を取らないなどありえない!」
いや、嘘でも何でもない紛うことなき真実なんだけど。
まあ、どこの馬の骨ってところはもっともだが……
ゼノン王子の話を聞いたアスター王はソフィアに質問をした。
「ソフィアよ、彼は異世界から召喚したのではないのか?」
「いえ、お父様。彼は、リオは確かに私がトラウィス城で召喚した異世界からの来訪者です!」
「ふっ、我が妹よ。ロージアンでは今、数多くの異形種が確認されている。たとえ従者を引き連れていたとしても、回復魔法しか使えないお前が無事に帰って来れるはずが――」
「ああ、あのモンスターどもなら俺が片付けたよ」
俺は立ち上がり睨みを効かせたまま王子に意見した。
サルバが横からやめろと小声で制止してきたが、それは聞けない。
これ以上、あの誤解王子を喋らせたら何を言うかわからない。
さっさと本題に入ろう。
俺は腕を組み仁王立ちで言い放った。
「俺を召喚したあと、あんたらの言う異形種に襲われそうになっていたソフィアと、戦闘で致命傷とウェアハウンドの猛毒を受けていたエマを俺は助けた。そのあと、城の外にいたアイアスや兵士たちも俺と俺の召喚獣たちで助けた。本当かどうか知りたいならエマやアイアス、その場にいた兵士に聞くんだな」
「貴様、王の御前であるぞ! 何だその態度は!」
「何って……自分の妹を信じられないクソ野郎に説明してんだろ!」
王子が声を張り上げると、部屋中にビリビリと痛いほどの振動が伝わる。
俺も負けじと声を張り、自分でも驚くようなほどの部屋中を震わせる大声で叫ぶ。
「俺はソフィアから今さっき聖剣の話を聞いたばかりだ。本当に聖剣が所有者を殺すような物なのかは正直わからない。でもな、家族のために涙を流して助けを求めるやつの言葉を俺は疑ったりしない! ゼノン王子、お前を死なせないためにも、絶対に聖剣は使わせない!」
指を指し言い放った俺にゼノン王子は顔に青筋を立て、拳を握り今にも掴みかかってきそうだった。
王子と俺が激しい睨み合いをしていると、王がエマを呼んだ。
「親衛隊長エマよ。彼の言っていることは本当か?」
「はい、アスター陛下。確かに彼の言う通りソフィア姫の危機を救い、私を死の淵から掬い上げ、アイアス殿と大勢の兵士たちを助けたのは、彼と彼の従える召喚獣たちです。私は騎士の誇りにかけて、ソフィア姫とリオは嘘偽りない真実を語っていると言えます」
「まあ、あなたがそこまで言うなんて、珍しいわね」
エマが一歩前に出て王に進言すると、王の隣で笑顔を絶やさずにいたイリス姫が口を開いた。
それを聞いてゼノン王子がイリス姫の方を見ると、俺に怒りながら言ってきた。
「ソフィアの言うことは信じよう。だが、貴様が英雄というのは認められん!」
「なんだと?」
「ええい静まれ! そなたたちの言い分はよくわかった。だが今は少ない戦力で帝国との戦争に備える時、そのような意見の食い違いで連携が崩れることがあってはならない。ここは公平に試合で決着をつけよ。負けた者が勝った者の条件を受け入れる、そのようにせよ」
また俺と王子の言い争いになろうとした時、王がその場を収めた。
試合に負けたほうが勝った方の言うことを聞く。
わかりやすくていいじゃないか。
俺は納得して王の提案に賛成した。
「わかった。俺が勝ったらゼノン王子、お前には今後一切、聖剣を使わないことを約束してもらうからな」
「父上のお言葉とあれば従います。私が勝った時は貴様を国外追放にし、この国への入国を一切禁止しよう」
つまりコルアンディに近寄るなってことか、上等だ。
俺と王子はお互いにニヤリと笑いあった。
少々荒事になってしまったが、要は試合に勝てばいいのだ。
そうすれば、ソフィアと約束した王子が聖剣によって死ぬという最悪の結末は逃れられる。
俺はふとソフィアの方を見ると、彼女はとても不安そうな顔をしていた。
穏便に済ませられなくてゴメンなソフィア。
俺は心の中でソフィアに謝罪すると、隣で腰を抜かしているサルバを見て見ぬふりをして王子を見据えた。