ワープゲート
俺たちはヘブリッチを囲むようにそびえ立つ城壁から出るため検問所に向けて歩を進めていた。
メンバーは俺、ソフィア、エマ、そして急遽加わったサルバの計4人。
あとそれとエマの騎竜であるハール、そしてルシアだ。
道中エマに聞いたのだが、ロージアンで一緒だったアイアスや兵士たちは元々へブリッチの所属だったらしく、王都より帝国軍に近い場所にあるヘブリッチから離れることができないそうだ。
王都への道は護衛として俺やエマがいるので問題ないとアイアスが判断したらしい。
期待されるのは嬉しいが、護衛とはなかなか難しい仕事を渡してくれるものだ。
俺がそんなことを思いながら歩いているとサルバが俺に質問をしてきた。
「なあリオ。なんだか俺、彼女に避けられてる気がするんだが気のせいだよな」
「自分の胸に手を当ててよーく考えてみたらどうだ?」
まさかこの文言を一日に二回も言うことになるとは思わなかったぞ。
俺がそう言うとサルバは本当に胸に手を当てて考え始めた。
おいおい、大丈夫かこいつ……
昨日の決闘での動きを見るに強いのはわかるんだが、いかんせんなんというかこう、頭が足りてないと言うか……
そういえば、世界最強を夢見てるんだったか。
なんか少年漫画の主人公みたいな奴だが、なんで目指してるんだ?
俺はそう思い考えるのを諦めた様子のサルバに聞いてみた。
「なあ、なんでお前は世界最強を目指してるんだ?」
「なんでって、男だったら一番を目指すもんだろう! それに強くなれば金も権力も手に入るし、なんと言っても女の子にモテまくるんだぞ!」
聞いた俺がバカだった。
前者は建前で本音は後者ってわけね、なんと欲望に忠実な男か。
サルバの言った言葉に俺の前を歩いていたソフィアは肩を小刻みに震わせ、エマはなんにも聞かなかったようにノーリアクションだった。
そして、俺を挟んでサルバとは逆側にいるルシアは、俺の腕にしがみつき体をピッタリとくっつけて、低い声で唸りながらまるで汚いものを見るような目でサルバを見ていた。
「グルルル……不潔……」
「……俺、なんか気に触ること言ったか?」
「はぁ、二度は言わんぞ」
こいつは……本当にアイアスと同じ神製合金の冒険者なのだろうか?
とそんなこと考えていると検問所に到着した。
俺たちは手続きを済まし城壁の外へ出ると、昨日も見たロージアンへと続く森が右手に広がっていた。
だが俺たちが進む方向はこちら側ではなく逆方向。
鬱蒼とした森林ではなく風の吹き抜ける草原。
ソフィアたちと合流する前に確認した最短ルートでは王都までしばらく草原地帯が続く。
だが、目的地まで70kmと距離がかなりある。
俺はソフィアたちにヘブリッチに来るまでのことを聞いてみた。
「なあ、ソフィア達はどのくらいかけてロージアンに来たんだ? もしかして歩きでここまで来たのか?」
「私達はハールに乗ってここまで来ました。本当は王都のワープゲートが使えればよかったのですが、戦争時に兵を送り込むために今は魔力を貯めているところなのです」
「へぇ! こっちにもワープゲートがあるのか」
俺は思わず驚いてしまった。
ワープゲートと言えば〈AULA〉でもあった都市間移動に使用される便利なものだ。
上空に昇って確認した時にへブリッチにもあるはずのワープゲート施設が見当たらなかったので、こちらの世界ではないものとばかり思っていたが、存在するのか。
だが、ソフィアの話を聞いているとどうやら俺の知っているワープゲートとは少し違うみたいだ。
「なんか俺の知ってるワープゲートとは少し違うみたいだな、へブリッチにはなかったし……魔力を貯めるっていうのはどういうことなんだ?」
「はい、ワープゲートは目的地へと続く扉を開く魔法ですが、大掛かりな設備が必要となりその起動と維持には膨大な魔力が必要なのです。各都市に設備を建設予定なのですが今はまだ王都にしか設備がなく、都市から王都へは飛ぶことができないのが現状です」
「なるほど」
兵隊を戦場へ送り込むために必要な魔力を今は溜め込んでいて、他には割けないってことか。
〈AULA〉の方の都市間ワープゲートは魔力量だとかそんなこと気にせずに使えていたが、どうやらこちらではそうもいかないようだ。
「私達は王都からへブリッチまで2日で到着しました。なので今から王都に向かえば明日の夕方には到着できるはずです」
「明日の夕方か……」
ソフィアから聞いた話では返答期限は10日、んで今日が4日目だ。
明日の夕方に到着すると戦争が始まるまであと4日ってとこか。
……まあ、準備する時間は多い方が良いな、それに護衛の仕事も減るし。
あれ使ってみるか、使えるかどうかも試したいし。
「ソフィア、試したいことがあるからちょっと待ってもらっていいか?」
「え、はい。一体何をするんですか?」
「んー? ワープゲートを開くんだよ」
「えっ!?」
まあ、その反応は予想してた。
聞いてるとこっちのワープゲートはまだ発展途上って感じだしな。
俺はメニュー画面を開き、インベントリから青い革表紙の分厚い魔導書を取り出した。
「俺がいた〈AULA〉にもワープゲートはあったんだよ、しかも都市間移動ができるやつがな。んで都市にいない奴、例えばフィールドとかダンジョンに行ってる奴も使えるようにって作られたのがこいつだ」
「へぇ……その本、魔導書ですか?」
「ああそうだ。都市のワープゲートはタダで使えるものだったんだけど、この魔導書は精製したマナ結晶を消費しないと起動できなくてな、ちゃんと使えるか確認したいから試してみてもいいか?」
「ええ、是非お願いします」
……つっても王都内に直接飛ぶと色々と騒がれて面倒そうだな。
俺は魔導書を開きゲームの時と同じように出現したワープゲート接続先一覧から王都ウェストル近郊を選択し、インベントリから取り出したビー玉のようなマナ結晶を魔導書にあてがいマナ結晶が光るのを確認するとその場の全員に言った。
「ゲートが開いたら俺が行き先を確認するから合図したら来てくれ。あとこのゲート30秒しか持たないからなるべく急いでな」
「わ、わかりました!」
「おい、リオ。それってもし通ってる最中にゲートが消えちまったらどうなるんだ」
サルバが俺に真剣そうな目で質問してきた。
ゲームの頃は問題なく移動できたがこっちだとわからないな……
でも、あいつに問題ないとか下手に言うとギリギリで入りそうだし、ここはひとつ脅しておくか。
「あーそうだなあ、どっか知らない場所に飛ばされるか、最悪の場合は体が部分的に別々の場所に飛ばされて死ぬかだなあ!」
「……マジか」
お、効いてる効いてる。
サルバは俺の言葉を聞いて口角をピクピクと上げて無理矢理笑おうとしているが、目が笑っていない。
俺はそんなサルバをよそに魔導書を閉じインベントリにしまうと、光りだしたマナ結晶を誰もいない方向へと放り投げた。
すると、マナ結晶は地面についた瞬間に砕け散り、その場に複雑な魔法陣を幾重にも展開する。
そして魔法陣の真上の空間が歪み、景色が渦を巻いたかと思うと中心から徐々に違う景色が覗き始め、騎竜であるハールが通っても問題ない大きさの円形に広がった。
見えているのは太陽の光を反射し美しく輝く草原と規模の大きな街、そして街の中心に佇む王城だった。
俺が試しに頭を突っ込んで行き先を確認すると、さっきゲート内に映っていた景色と同じ場所に繋がっていた
「大丈夫そうだな、通っていいぞ」
俺が頭を引っ込んでそう合図を出すと、まず最初にワープゲートをくぐったのは……サルバだった。
サルバは真顔のまま競歩のような姿勢でそそくさとゲートをくぐっていってしまった。
……ちょっと脅しすぎたか?
ともかく、他の2人も早く行ってもらわないと。
「2人とも先行ってくれ、俺は最後に行くよ」
「分かった、行きましょう姫様」
そう言うとエマはソフィアを連れてハールと共にゲートをくぐっていった。
俺はそれを見届けるとルシアと一緒にゲートをくぐり輝く草原に足を踏み入れた。
ゲートをくぐり抜けると同時に爽やかな風が通り抜けていくのを感じる。
俺は辺りを見回し、王都ウェストルの近郊であるハイラテラ平原、その中でも絶景スポットとして上位に入る輝きの草原であることを確認する。
俺が辺りを確認し終わるとワープゲートが徐々に小さくなっていき消滅した。
しかし、さすが〈AULA〉で住みたい場所ランキング2位。
風が気持ちいいなあ。
「ここに来ると帰ってきた感じがしますねエマ」
「ええ、本当に。この場所はいつも爽やかで心地がいいですね」
「はぁぁ……いい場所だなぁ……ここ」
エマとソフィアが和んでいる隣で大の字になり仰向けに寝っ転がっているサルバがいた。
おい、寝るんじゃねえぞ、お前。
「さあ、ゆっくりしてないで王都に向かいましょう」
「そうだな、移動時間も大幅に短縮できたしゆっくりするのは後にしよう」
ソフィアの言葉に俺が答えると、サルバも流石に体を起こし全員で王都に向けて移動を始めた。
◆◇◆◇◆◇
王城に入るため城下町を抜けようとすると、通り掛かる民家や店の殆どから人が出てきてソフィアのことを暖かく迎えてくれた。
出てきた人々の表情に緊張した様子はなく、とてももうすぐ戦争が始まる雰囲気には思えなかった。
「おかえりなさい、姫様」
「おう、姫様! またうちの店の飯食いに来てくれよな!」
「おお姫様、ほとぼりが冷めたらまた歌を聞かせておくれよ」
ソフィアに声をかけている人々は老若男女関係なく明るい表情をしている。
どこか無理をして表情を作っている風ではなく、心から笑っているように思える。
戦争なんて教科書でしか読んだことがないが、戦いの前というのはこういうのが普通なのか?
いや、それにしてももう少し避難や何かしらの準備をするのではないか?
洗濯物を干している女性や店の開店準備をしている若者、散歩をしている老人など余所者の俺が見てもわかるほど、あまりにも普通の生活を送っているように思える。
なんだか皆、戦争が生活に支障をきたす程のものでもない些事のように扱っているような光景だ。
俺は疑問を抱えながら人々に手を振るソフィアの後について行った。