確認
翌日、日の出とともに目が覚めると、俺の体を抱きまくらのようにして抱き、すやすやと寝ているルシアの綺麗な顔が一番最初に目に入ってきた。
どうやら俺の上に乗っかった状態で寝ているようで、体を起こそうとしても重さのせいでなかなか動くことができない。
「この……いい加減にしろ、オラァ!」
俺は思い切り力を入れて布団ごとルシアをベッドの外に吹き飛ばした。
異世界に来て二日目、朝から怒る羽目になってしまった。
◆◇◆◇◆◇
ルシアを叩き起こし大分早い朝食を済ました俺達は少し外を見に行こうと宿の外に出ていた。
「うぅ……ひどい……」
「どっちが酷いか自分の胸に手を当ててよーく思い出してみろ」
ルシアは頭にできた大きなたんこぶを手で擦っており、俺の怒りのほどが思い知れる。
頭を殴られるのと、体を分断すれすれまで締め上げられて気絶するのとじゃ天と地ほど酷さが違うが、今はこれで許してやった。
「ほら、変身して俺を乗っけて飛んでくれ。周りの地形を確認したいんだ」
「うぅ、あい……」
ルシアはそう言うと光りに包まれ、白銀の獣の姿となって俺を背に乗せた。
早朝の冷たい空気の中で暖かくて肌触りのいいこの毛並みは殺人的だな、そのまま顔を埋めて寝てしまいそうだ。
だがやるべきことがある、と睡眠欲を押さえ込み俺はルシアに飛び立つように指示を出す。
「行ってくれルシア」
俺の合図とともに絶叫マシンもびっくりな速度で上昇していくルシア。
そしてあたりの地形が見渡せる高度、ケントルム山を超えるくらいの高さまで到達すると、俺は上着のうちポケットから昨日の夜色々と書き込んでいた手帳をとり出した。
そして、〈AULA〉のマップ情報が書かれたページを開き、辺りの地形を確認した。
「OK、そのままここで止まっててくれな」
俺はそう言うとインベントリから単眼鏡を取り出し見えている地形と手帳に書いてある地形情報を照らし合わせはじめた。
真下にヘブリッチがあって、右手にケントルム山があるということは、左前方の方向には大分離れた場所だが王都ウェストルとその手前にハイラテラ平原が広がっているな。
俺は単眼鏡で王都を見ると、レンズ内に方角と距離が表示された。
南南西方向、距離70kmと表示されている。
手帳の方にも同じことが書いてあり、とりあえず王都やへブリッチの位置関係が〈AULA〉と同じであることを確認する。
「リオ、王都が見えるね」
「ああ、〈AULA〉の時と場所は変わってないらしい。これならあっちで色々と調べてた地形情報が活かせるな」
「問題は……」
「ああ、ルズコート平原だな」
そう言うと俺とルシア王都とは反対側を見てゆっくりと上昇した。
ルズコート平原はケンとルム山の北西側に連なるカナリッチ山脈の北側、つまり山脈を超えた先にあり、地下に巨大なダンジョン、ルズコート地下霊廟が広がる土地で、アンデット系のモンスターが数多く出没する割と危険なエリアだ。
ルシアが山脈の向こうまで見える高さまで上昇すると、そこには話にあった通りバカでかい城のようなモンスターが三体、等間隔で全方位からの攻撃に備えられるように陣を組んでいるのが見える。
あそこに30万の帝国軍がいるのか……
俺は三体のゴライアスを見て少し、身の毛がよだつような感じがした。
「どうする、もっと近くまで行ってあいつら確認する?」
「……いや、今は止めておこう。それよりも他の見える場所の確認がしたい」
「了解!」
俺はそのまま周りを確認し、手帳の情報が間違っていないことを確認した。
◆◇◆◇◆◇
30分ほどして確認作業が終わり宿の前に降り立つと、そこには想像していなかった珍客が来ていた。
「よお、どこ行ってたんだ英雄」
「お前は、なんでここにいるんだ……」
俺たちを迎えたのは、昨日俺が決闘したサルバだった。
確か昨日アマゾネス風の女性冒険者に連れ去られていったと思ったが、何故ここにいるのだろう。
「お前がコルアンディのお姫様と一緒にいるって聞いてな、それに今日王都に旅立つってのも聞いたから俺も一緒にと思ってな」
「は、はあ……ちなみに王都になんの用事があるのか聞いてもいいか?」
どう考えてもなんか企んでるだろこいつ、でも昨日のノリからするとただのバカの可能性もあるな……
一応聞いておこう。
俺はルシアから降りるとサルバに聞いてみた。
「よくぞ聞いてくれた! まず俺の夢を語らねばなるまい!」
「は?」
「俺の夢は世界最強の冒険者になることだ! そのために各国の難関クエストを山のようにこなし、最近やっと神製合金の認識票をもらえたのだ!」
「は、はあ。それとオレたちと一緒に王都に行くのとなんの関係が?」
俺は話が長そうになるのを察して思わず聞いてしまった。
まだ朝早いんだからそんなに大声で叫ぶように話すなよ……
「そこはわぁっと盛り上がるとこだろう! 世界最強!? とか、神製合金なんてスゴイ!! みたいな」
「いや、お前より先に神製合金の奴に会ってるし、むしろ初めて会った奴が神製合金だったからそれが基準になってると言うか」
「ふざけんな! 世界に何人の神製合金の冒険者がいるか知ってるか! 俺を含めて10人だぞ10人! そんなホイホイ基準にされてたまるか!」
あ、そうなんだ。
てっきりもっといるかと思ってたけど、これは認識を改めないといけないな。
ということはこいつは世界でも10本指に入るほどの強さってことか。
……そうだな、昨日のは一本先取式の言うなれば試合だ。
実戦ではどれぐらい強いかわからない……はず。
俺がサルバの言うことに納得していると、サルバは胸を張りドヤ顔をしていた。
「どうだスゴイだろう! だが、そんな俺でもまだ最強とは言えない。なぜならば……それはお前だ英雄!」
サルバは急に俺のことを指さし悔しげな表情で俺を睨んできた。
「幻透鋼の認識票がなければお前や王子と並び立つこともできない。そして幻透鋼を手に入れるためにはさらなる偉業が必要だ。だからお前について行ってでかいことを成し遂げようってわけだ!」
「な、なるほど」
ようするに世界最強を名乗るには幻透鋼を持ってないと見向きもされないから何かデカイことがしたいと。
わかった、こいつは何も企んでない、ただのバカだ。
ただ使える奴ではあるな。
俺について来て偉業をなしたいと言うのなら、一緒に帝国軍と戦ってもらおうではないか。
「お前のやりたいことはわかった。……そうだな、ソフィアたちに聞いてみて大丈夫そうならついて来てもいいんじゃないか」
「ふ、お前に言われるまでもない。ここにいたのは姫に直接話をするためだしな」
「そうかい」
「そういえば、昨日の美女は一緒じゃないのか? まさか彼女とは昨日だけの関係だったとかか?」
こいつは何を言い出すかと思ったら、そんな訳無いだろう。
……と思ったが、そうかこいつはルシアが召喚獣だということを知らないんだったな。
夢を壊すようで悪いが教えとくか。
「あー、言いにくいんだけどさ。ここにいるのがお前の言う昨日の美女だ」
俺はルシアを指しながらそう言った。
すると、サルバは俺に余裕の表情で返してきた。
「英雄、確か名前はリオだったか。そこにいるのはモンスターじゃないか。お前俺を試してるのか? 嘘にしてももっとわかりにくい嘘をだな」
「嘘じゃないよ」
そう言うと、モンスターの姿をとっていたルシアの体が光りだし、光が収まる頃には人間お姿のルシアが立っていた。
それを見たサルバは目を見開き顎が外れそうなほど大口を開けて驚いていたが、ハッと我に返りルシアの前に跪きルシアを見上げた。
「まさか! あのモンスターがアナタだったとは。おはようございます、これから一緒に朝食などいかがでしょう」
「もう朝ごはんは食べたし、姿が変わった程度で私だってわからない人は嫌いだよ」
「グハァッ!?」
ルシアが冷たい目でサルバを一蹴すると、サルバは胸に手を当てなにかに射抜かれたようなジェスチャーをした。
「では姫が来るまでの間、私と談話など致しませんか?」
「もう、鬱陶しいからヤダ」
「ではまた今度、楽しくお話いたしましょう」
「リオ、こいつぶっ飛ばしていい?」
俺がいいぞと言う前に宿の扉が開き、ソフィアとエマが中から出てきた。
「リオさん、それにルシアさんも。お二人ともお早いですね……そこの方は昨日の」
「憶えてくださっているとは光栄ですソフィア姫。昨日の冒険者ギルドではお見苦しいところをお見せしました。サルバ・リリェホルムです、改めてよろしくお願いいたします」
サルバがそう言うとエマが厳しい顔でサルバに近寄った。
「あなたは昨日リオとの決闘で負けていた冒険者ですね。何用ですか」
「はい。実は姫様たちに同行したいと思いまして」
「私達に?」
「その通りです……」
そう言うとサルバは俺たちに同行する理由をエマやソフィアに説明した。
するとエマはどうやらサルバの名前に心当たりがあるようだ。
「認識票を確認させていただいても?」
「ええ、どうぞ」
「ふむ……たしかに、これはサルバ殿の認識票ですね」
エマはサルバが本人であることを確認すると俺たちもこちらへ来るように言い、4人で集まって話をした。
「どうやら彼は瞬撃のサルバ本人で間違いないです。同行する理由も問題はないかと思いますがどうしましょうか」
「俺はいいと思うよ。世界に10人しかいない神製合金の冒険者なんだろあいつ。今は味方が一人でもほしい状況だし、あいつもデカイことがしたいそうだから帝国軍との戦闘に参加してもらえれば勝率も少しは上がるってもんだ」
「私も問題ないと思います。戦力としても彼は十分だと思いますし、それになにより彼は悪い人には見えません」
まあ、たしかにソフィアの言うとおりだと思う。
悪人にはどう見ても見えないわな、騙されやすそうだけど。
サルバの同行を認める3人だったが、ルシアだけは乗り気ではなかったようだ。
「うぅ……あいつ苦手だよ……なんかずっとこっち見てるし」
そう言われて横目で確認してみると、流石に気がついたのか俺がサルバを見ると瞬間的に目をそらした。
あー、なんか面倒くさいなあいつ。
「よし、わかった。ルシア、あいつがなんか変なことしてきたらぶっ飛ばしていいぞ。ただし、くれぐれも殺すなよ」
「うん! わかった」
ルシアの笑顔がこっちに来てから見たこともないほどにとても眩しく輝いている。
あいつのことよっぽどウザかったんだな。
俺たちはサルバと一緒に王都へ向かうことになった。