決闘
アイアスがロージアンでの戦いについて話し終わる頃には、俺に対する注目度が跳ね上がっていた。
さっきのように大勢が一気に押し寄せてくることは無かったが、それでも友好関係を築こうと何人かの冒険者が俺のところに話をしに来ていた。
俺は異形腫瘍体との戦闘やアディーとの会話では感じなかった疲労感というものをこの世界に来て初めて感じていた。
「……あ~、終わったかな」
「リオさん、お疲れ様です。だいぶ質問攻めにされてましたね」
「あはは……流石に疲れたぜ……」
俺は気力のない返事をすると、ソフィアの隣りに座っているルシアの方を見てみた。
すると、頬杖をついてあからさまに不機嫌そうな顔をしている。
「ぶー、全然かまってくれない」
俺が他の奴に独占されていたのが気に食わないのかルシアは拗ねていた。
なんか、拗ねてるところばっかり見てる気がするな。
「ガッハッハ!! リオよ、あまり女性を不機嫌にするのはよろしくないぞ。あとが恐ろしいからな!」
アイアスは経験したことがあるような感じで俺にそう言った。
まあ、確かにそうだな。
「あー、あとで沢山かまってやるから機嫌直してくれよルシア」
「ふん、知らなーい」
「はあ、おいおい」
かまってやると聞いた途端、子供のように拗ねて顔を背けるルシアに俺は呆れながら返した。
そんなことをしながらエマのことを待っていると、またもや冒険者の若い男が俺に挨拶をしに来た。
腰の左右に銃を携えたその男は他の冒険者とは違う部分があった。
他の冒険者たちは皆、鉄か魔法銀の認識票を身に付けていたが、その男が首から下げていた認識票はアイアスと同じ神製合金だった。
「おお、お前が……噂は本当だったんだな」
「噂? 一体どんな噂なんだ」
「近いうちコルアンディに幻透鋼持ちが現れるって噂……さ……」
男はかぶっていたウエスタンハットを直しそう言うと、テーブルについている俺以外の面子を確認しルシアを見た途端、目を大きく見開き固まってしまった。
「ん? なに?」
「……美しい」
「「は?」」
俺もルシアも男の言葉を聞き間違えか何かと思い聞き返すように言った。
すると男は跪きルシアの手を取ると優しい口調で話しかけた。
「なんと美しい、あなたのように美しい女性を私は見たことがありません。もしよろしければこのあと食事でもいかがでしょう」
「んな!?」
この男、初対面のルシアをデートに誘ってやがる。
俺は目の前で突発的に始まったナンパに驚き変な声を出してしまった。
そしてルシアはというと、ものすごくどうでもいいみたいな顔をして冷たい目を向けていた。
だが、突然何か閃いたような顔をするとニヤニヤと俺の方を一瞬チラ見して男に言った。
「私は強い人が好きなの。もし食事に誘いたいならそこにいるリオに勝ってからにしてくれる?」
「はぁぁぁああああああ!?」
俺は思いっきり叫んでしまった。
こいつ急に何言ってんだ! なんだ俺に仕返しでもしてるつもりか?
それを聞いた男はムクリと立ち上がり俺に視線を向けてきた。
「あなたがそういうのなら仕方がない。それにちょうどいい、俺も英雄がどれほどの強さなのか実際に確かめてみたいとと思っていたところだ」
お前も何言ってんだよこのスカシ野郎!
俺はアイアスに男を説得するように頼もうとしたが、大酒をかっ食らったアイアスはベロベロに酔っ払っており煽るように叫んだ。
「お! リオ! 決闘するのか、こいつは見ものだ!」
「ちょ、ちょっとアイアス飲みすぎですよ! 煽るようなこと言わないで」
まったくもってそのとおりである。
だが、周りにいいた冒険者も話を聞きつけ俺たちを囲むように集まってきた。
「お、何だ喧嘩か? 楽しそうじゃねーか!」
「リオ! 売られた喧嘩だ、しっかり買いな!」
テメーらまで何言ってんだよぉぉおお!!
俺はルシアを睨むと、ルシアは口笛を吹きながら俺から目をそらした。
あの野郎、あとで説教が必要だな。
「どうする英雄。まさか怖気づいたわけじゃないだろうな」
「誰が……わかったよ! その勝負受けてやろうじゃねーか、オラァア!!」
俺がそう啖呵を切るとソフィアは頭を抱え、酒場の盛り上がりは最高潮に達した。
◆◇◆◇◆◇
結局、その場のノリと勢いで神製合金の男と決闘することになってしまった俺は啖呵を切ったことを今になって後悔していた。
なぜ後悔することになったかと言うと、決闘の内容が単純な殴り合いではなく武器を使った戦闘になったからだった。
〈AULA〉では決闘、つまりタイマンのPvPはアンディに連れられたりして数えるのも面倒くさくなるほどこなしてきたが、あくまでそれはシステム上での決闘である。
アリーナや戦争、PK以外でのPvP、決闘は両者お互いに合意のもと執り行われるいわば模擬試合のようなもので、相手にどれだけダメージを与えてもHPが必ず1残る仕様になっていたのだ。
しかしここは異世界、ゲームとは違う。
ダメージを与えてもHPが1残るなんて生易しい現象は起こらないだろう。
決闘の方法は男の進言でどちらかが先に一撃入れた方の勝ち。
場所は店の中庭、日頃から冒険者たちが腕比べに使用するのであろう訓練場のようになっている場所で行なうことになった。
酒場にいた冒険者をギャラリーに中庭に出た俺と男は互いに向かい合い距離を取った。
「名乗っておこう、俺はサルバ・リリェホルム。瞬撃の二つ名を持つ者であり、これから彼女を貰い受ける者だ。覚えておくといい」
「リオだ、覚えなくていいぞ」
俺はウィンクルムを抜き構えるが、サルバは身構えるばかりで武器を出さないでいる。
周りは急に静かになり審判役になった冒険者の開始合図を今か今かと待った。
俺はその間にサルバを注視し簡易情報が見えるようにする。
サルバ・リリェホルム
レベル:100 職業:双銃士
HP17,116/17,116 MP20,534/20,534
エレメントスコア:1900
あぁ……やっぱりHP低いよなぁ、さすがに召喚獣を出すわけにもいかないしどうしたもんか……
俺が懸念しているのは相手、サルバを殺してしまわないかということだ。
召喚された英雄が冒険者を殺したなんて噂にでもされたらたまったもんじゃない。
そういうマイナスイメージを与える情報は絶対今後の行動に何かしらの悪影響を与える。
俺は元の世界での知識からそれだけは避けたいと思った。
「それじゃいくぜぇ! よ~い、はじめぇ!!」
審判役の間延びした声が決闘の始まりを告げる。
すると、サルバは合図とともに目にも留まらぬ素早さで右の腰につけたホルスターからリボルバー銃を引き抜き発射した。
バン! と銃声が鳴り響くと俺はすかさずウィンクルムを振り弾丸を弾いた。
なるほど、奴が先に攻撃を入れたほうが勝ちと提案してきた理由がわかった。
とんでもない速さのクイックドロウだ。
しかもウィンクルムで弾いた弾丸は2つ。
銃声が1つしかしなかったが、それほど速い連射ってわけか。
ギャラリーが今の一連の流れに興奮し歓声を上げる中、撃ったあと移動を始めたサルバを俺は見据え、奴との位置関係が対角線上になるように走る。
奴を正面に捉えてないと放たれた弾丸がさばききれない。
そう思った俺にサルバが話しかけてきた。
「流石英雄と言っておこう! 俺と決闘した奴はほとんど最初の一発で負けている!」
「一発? テメー二発撃ってきたじゃねーか!」
「ハハハ! それに気づくとは! いいぞ、久しぶりに楽しくなってきた!」
サルバはそう言うと素早い動作で弾を再装填し俺に連続射撃を行ってきた。
奴の再装填の感覚から、どうやら装填数が8発の銃を使っているらしいことがわかった。
俺はそれをすべて弾き、奴の様子を窺う。
さっき簡易情報で出てきたエレメントスコアは1900、奴が身に付けている装備は外見から革防具ということがわかる。
エレメントスコアとは、防具全体の9つの属性耐性値の合計を10倍にした数値と武器に付与された属性値の合計から算出される数値のことだ。
つまり、武器の属性値が150、防具全体の属性耐性値合計が50の場合エレメントスコアは650ということになる
さらに奴の身に付けている革防具の特徴は物理防御と魔法防御がバランスよく振り分けられた防具であるという点。
そしてもうひとつ、防具に備わっている属性耐性値がすべて同じという点だ。
俺の布防具のように特殊付与で無理やり耐性値を上げない限りその数値はすべて同じ。
防具は高い属性耐性値があるものは、その属性に応じた光をほのかに発する特徴がある。
だが奴の防具は光を発していない、これは属性耐性値がすべて同じという証拠だ。
奴のレベルが100ということを考えると、防具の属性耐性値は10から15の間と考えられる。
となると防具だけのエレメントスコアは900から1350、情報で出てきた1900には届かない。
ということは奴の武器には何かしら属性が付与されているということだ。
「今度はこっちの番だな!」
俺はサルバが再装填に入ったのを確認すると立ち止まり、属性攻撃に警戒しながらも左手から魔法弾を連射した。
放ったのは結約剣士の特技、マナシュート。
この技はMPを消費しない技で、俺の覚えている技の中でも一番弱い技だ。
下手に魔法を使ってサルバを消し飛ばすわけにもいかない、だがこの技ならそんなことはないはずだ。
サルバは俺の左手から機銃のように放たれる無数の魔法弾をなんとかかわし、再装填を終える。
「ウッへ―!? なんだ、お前剣士じゃなかったのかよ、この嘘つき野郎が!」
「剣しか使わないなんて言ってないし、俺は嘘つきでもねぇ!」
俺はそのまま固定砲台のようにその場に留まり魔法弾の雨をサルバに浴びせる。
MPを消費しないということは、やろうと思えば無限に撃ち続けることができるということだ。
サルバは魔法弾の雨が地面に煙を上げる中を死に物狂いでかいくぐり、先ほどからすると攻撃のペースが大分落ちてしまったがそれでも俺に弾丸を撃ってきた。
俺は弾丸を体捌きでかわし、かわしきれないものはマナシュートを止めてウィンクルムで弾いた。
ウィンクルムを使って何かアクションを起こす場合、どうしてもマナシュートを止めなければならないのだ。
すると、サルバの持っている銃に刻まれた刻印が緑色に輝き、異様に速い弾丸を連続で放ってきた。
俺はマナショットを放ち続けながらアクロバティックな動きでで弾丸を全てでかわした。
「っと! ハハッ! 速いだけじゃ俺には当てられないぜ!」
「それはどうかな?」
サルバはそう言って弾倉に残された1発を俺に向かって撃ってきた。
俺は一瞬、なんだ? と疑問符を浮かべたがその疑問はサルバの言葉で解決した。
「ハッハッハ! 全方位からの同時攻撃だ! かわせるもんならかわしてみな!」
「っ!?」
かわしたはずの弾丸は風の魔力を帯びており、その全てが物理的にありえない曲がり方をして前後左右から俺の元へと向かってきている。
俺はサルバを見ると奴が微かに黄色に光る左側の銃に手をかけているのが見えた。
なるほど、攻撃を大きくかわして体制を立て直してる隙にクイックドロウをお見舞いするって寸法か。
何がかわしてみなだ、そんなことしたら奴の格好の餌食じゃないか!
弾丸が徐々に俺に近づいてくるのを風切り音で察しながら俺はサルバを睨んだ。