能力差
受付の女性が俺の能力測定の結果を認識票に記録し終えたのを見届けると、驚いた顔で固まっているジャンとソフィアに話しかけた。
「そんなに驚いた顔して二人とも大丈夫か? ソフィアも女の子が大口開けて固まっているのはどうかと思うぞ」
「す、すみません。じゃなくてリオさん! なんですかさっきの能力値や攻撃力の数値は!?」
「え? ……あぁそっか、フィーリアには覚醒者はいないって言ってたっけ。ごめんごめん、それじゃあんな数値見たことないか」
そういえば5人の英雄に関しての情報が少ないって言ってたな、だとすると過去の英雄達の能力値とかも記録がないのか、それなら驚くのも仕方ない。
俺が映し出されている数値について話そうとすると、俺よりも先にジャンが口を開いた。
「私はこの仕事に就いて23年になりますが、これまで見てきた優秀な冒険者でも480ほどが最高数値でした。まさか800を超える能力値が見れることになるとは……」
「あー、えっとな。覚醒者になるとレベル100以上のステータスや能力値が当たり前になってくるんだ。しかも俺は覚醒者レベル10、換算するとレベル200かそれ以上の能力があるってわけだ」
「れ、レベル200」
ソフィアがその話を聞き呆れ気味に俺に言ってくる。
「俺の能力値だと〈AULA〉の中では上位に入ると思うけど、それでも俺より筋力や知能が高い奴らなんてわんさかいたぞ」
「わんさかいた……それは本当なのですか?」
「ああ、本当だよ」
ソフィアが疑うような目でそう返してきたが、俺は嘘は言っていない。
〈AULA〉でのプレイヤーレベル100の能力値は高くてもが500を少し超えるくらいだが、覚醒者レベル10になると低くても750、アリーナランキング最上位の奴らは能力値のどれか1つ、ないし2つが1000を超えるくらいだ。
もっともアリーナなんていうのはいわば廃人の巣窟、そこの奴らの数値を比較対象にするのもどうかと思うが、そういう奴らがいるというのも事実だ。
平均数値的には俺とあまり変わらないだろうけど、それでも1000を超えてる奴らは強い。
プレイヤー数に関しても俺が最後に確認したアリーナのソロランキングは300位、パーティランキングは100位くらいまでのプレイヤーがほぼ全員、能力値の一部が1000を超えていた。
〈AULA〉で強い奴らは能力値1000超えが基本ということを思い返していると、俺は能力値が1000を超えている奴がそこにいることを思い出し当人の方を見た。
すると、彼女はとてもつまらなさそうに部屋の入り口付近で口を尖らせて天井や窓の外を見ていた。
あいつ自分に話が振られないから拗ねてやがるな。
俺は水晶の輝きが消え、ジャンが認識票の入った箱を魔法陣から取り出すのを見ると頼み事をしてみた。
「ジャンさん。俺の認識票はもう作れたのかい?」
「はい。驚くべき測定結果ではありましたが水晶玉が映し出した情報は無事、認識票に記録完了いたしました」
「あーじゃあさ、ついでにこいつの能力測定もしてくれないか? 俺も自分の召喚獣が今どれくらい強いのか確認したいんだ」
「はあ、よろしいですが……」
ジャンは俺の召喚獣という言葉に疑問を抱いたのか、怪訝そうな顔をしていたが了承してくれた。
俺は後ろで拗ねているルシアをこっちに来るよう呼ぶ。
「んー、なんか呼んだリオ?」
「お前の能力測定もしてみたいなと思ってな」
「測定? まあいいけど」
俺が案内すると疑問符を浮かべながら水晶に近づくルシア。
こいつ、俺の測定見てなかったな……
俺はそう思いながらソフィアに近づき言った。
「さっき言ってた俺より強いやつの1人がそこにいるから、測定結果よく見ててみな」
ソフィアがまさかそんなと言いたげな顔をすると、水晶玉によってルシアの能力測定結果が空中に映し出された。
・パーソナル
名前:ルシア 種族:魔族 年齢:387 ランク:S+ レベル:200 所属:契約者・リオ
・能力値
筋力1104 知能819 耐久力966 精神力822 敏捷961 回復831
・ステータス
HP193,937 MP164,283
近接攻撃力1021 魔法攻撃力674 物理防御力1254 魔法抵抗力1254
回避率25.7%、最高速度6.5m/s 詠唱速度100%、再使用時間100%
属性耐性値:火40 水40 風40 地40 光40 闇40 重力40 雷40 氷40
エレメントスコア:3600
よかった。〈AULA〉の時と同じ数値だ。
俺はルシアの能力値を見てホッと胸をなでおろし安心した。
ただでさえ召喚獣が少ない状況なのだ、これで能力値やパラメータにまで何か変化があったらたまったものではない。
俺がそう思っていると、ルシアを除く他の3人はまたも驚いた顔で固まってしまった。
◆◇◆◇◆◇
「もう……あまり驚かせないでください」
「悪かったって、でも俺より強い奴がいるってのはわかってくれただろ?」
「まあ、そうですね。少なくともリオさんよりルシアさんのほうが強いのはわかりました」
「イエイ!」
能力測定の部屋から出てすぐの廊下で話していると、ルシアが俺のことを煽るように笑顔でピースしてきた。
お前なぁ……そこまで育てたのは俺なんだけどなぁ……
俺はまあいいかという感じで、先程ジャンから渡された認識票を首から下げ邪魔にならないように服の中へとしまった。
部屋を出た俺たち3人が階段を降り一階の酒場を通り抜けようとしたその時、俺たちに声をかけてくるやつがいた。
「おお姫様。それにリオもいるじゃないか」
「アイアス、なんでここに?」
声がしたほうを見ると、そこには他の冒険者に紛れて酒を飲んでいる私服姿のアイアスがいた。
「あれ、アイアスって軍人なんじゃ。どうしてこんなところにいるんだ?」
「ハッハッハッ! 確かに俺は王国の軍人ではあるが、昔は冒険者だったんだよ」
アイアスはそう言うと服の下から認識票をちょいと出して俺に見せてくれた。
金色の板が光の入り具合で虹色に輝いている、あれが神製合金の認識票か。
俺がそう思っているとアイアスが席に座るように催促してきた。
「まあ立ち話もなんだ、こっちに座りな。姫様もどうぞこちらに」
「ええ、お邪魔しますね」
ソフィアがそう答えると、俺も軽く返事をして3人でアイアスのいるテーブルに押しかけた。
「姫様も何か飲みますか? 2人もどうだい?」
「いや、俺は水でいいよ」
「私もリオと同じで」
俺とルシアがそう答えると、ソフィアは悔しそうな不機嫌顔で答えた。
「まだお酒飲めないの知ってるくせに……水でお願いします」
「ガッハッハ! 姫様もあと1年経てばなんの問題もなく飲めます、それまでしばらくの辛坊ですぞ」
「……え、ソフィアって今いくつなんだ?」
「私は今15です。コルアンディでの成人年齢は16歳なので、それまでお酒は飲めないのです」
アイアスが大声で注文をしているのをよそにソフィアは頬を膨らまして苛立ちを露わにした。
すると、周りの冒険者がソフィアに話しかけてきた。
「おお姫さん、ここに来るのは久しぶりだな」
「この前の遺跡探索のときみたいに何かあったらアタシたちに言うんだよ、力になってやるからな」
「はい、あの時はお世話になりました。また何かあったらお願いしますね」
さっきまでのむくれ顔はどこへやら、ソフィアは嬉しそうに冒険者と話している。
言葉遣いなど気にせずこの国のお姫様に話しかけている冒険者達を見て、俺は酒を飲んでいるアイアスに聞いた。
「なあアイアス、ソフィアってここに来ること結構多いのか? なんか結構気さくに話しかけられてるけど」
「プハァ~! そうだなぁ、姫様はへブリッチによく来るし冒険者ギルドにも結構顔を出しているぞ。昔から姫様は遺跡調査とか発掘によく付いて来ていたからな。しかしまだ子供なのに古代の召喚術式を起動して成功させるとは、姫様の英雄好きもここまでいくとたいしたもんだ! ガッハッハ!」
「こ、こらアイアス! 変なこと言わないでよ」
ソフィアが恥ずかしそうに顔を赤くして楽しそうにアイアスに怒る。
すると、アイアスが笑いながら話を逸らした。
「そういえば、姫様達はここに何しに来たんで? 俺は昔なじみの顔を拝みに来たんですが生憎といないようで、こうして1人で寂しく飲んでいたわけですが」
「リオさんの認識票を受け取りに来たのです」
「なんですって! それはもしや幻透鋼の認識票ですかい!?」
アイアスがそれを言うと周りが少しだけ静かになった。
「ああ、これだよ」
俺が少しだけ自慢げに首から下げていた認識票をつまんで見せると、アイアスは認識票をじっくり見ながら言った。
「おお、王子ので見慣れているつもりだったが間近で見ると本当に綺麗なもんだな」
……ん? 王子?
俺はアイアスの言葉が気になり詳しく聞こうとした。
だが、俺が質問するよりも先に回りの冒険者たちが俺に挨拶をしてきた。
「あんたが姫様の言ってた英雄か! ヘススだ、よろしくな」
「結構可愛い顔してるじゃないか。リディヤだ、わからないことがあったらなんでもお姉さんに聞きな」
「お初にお目にかかる。拙者ノブと申す、以後お見知りおきを」
「あ、ああ。よろしく……」
一気に自己紹介をしてくる大勢の冒険者達に押され気味になりながらも対応していると、ソフィアが助け舟を出してくれた。
「皆さん! リオさんはロージアンでの戦闘で疲れているのです! あまり困らせないでください!」
ありがとう、ソフィア!
正直なところ疲れは感じていないのだが、ここはそういうことにしておこう。
ソフィアに言われ冒険者達がもといた席に戻ると、ヒソヒソとロージアンでの戦いについて話しているようだった。
それを見たアイアスは急に立ち上がり大声で酒場全体に響き渡るように話しはじめた。
「仕方がない! この俺がロージアンで起きたことについて話してやろうではないか! お前らよく聞けよ、我らが姫様の召喚した英雄の活躍を!!」
アイアスはロージアンでの戦闘について大分誇張しながら俺の勇姿を称えるがごとく話をした。
それはもう、語り継がれる伝説のワンシーンに立ち会わせたかのように嬉々として。
ルシアはそれはもうニッコニコで鼻歌交じりになりながら話を聞いていたが、俺は元の世界ではあまりされたことのない評価や称賛に、嬉しいやら恥ずかしいやら色々な感情が混ざりながら、熱くなった顔を覚ますように水を飲んでいた。